グローバル市場:9月に注目すべき7つのポイント
〔要旨〕
欧州の天然ガス事情:ロシアの行動により、欧州は1973年のアラブ諸国、1979年のイランによる石油禁輸に匹敵する規模の供給ショックに見舞われる可能性
欧州中央銀行:ユーロ圏経済はぜい弱であり、欧州中央銀行(ECB)のタカ派的スタンスは世界の金融市場に大きな影響を及ぼしている
中国の厳格な新型コロナ対策:現時点では、政策当局が経済面への配慮と新型コロナウイルスの制御のあいだでバランスを取ろうとしているため、経済活動への影響は2022年前半よりもはるかに小さいと見込まれる
1. 天然ガスの供給遮断に対する欧州の対応
2. 欧州中央銀行の会合
3. 英国の新首相就任と英ポンド
4. 中国の景気刺激策
5. 日本円
6. カナダ銀行(中央銀行)の決定
7. 銅価格
ここ数日、さまざまな出来事が発生しており、今週注目すべき最も重要なポイントを絞りこむのは難しい状況です。そのような中、本リポートでは、私が今後最も注視しようと考えている点を取り上げます。
1. 天然ガスの供給遮断に対する欧州の対応
欧州連合(EU)加盟国は、冬を前にして、11月1日までに天然ガスの貯蔵率80%以上を達成するというEUの目標に向けて、懸命にエネルギー備蓄を進めようと努力してきました 1 。しかし先週、ロシアが保守点検のために稼働を一時停止していたパイプライン、ノルドストリーム1の再開見送りを発表したため、さまざまな計画に狂いが生じそうです。ロシアはロシア・ウクライナ紛争の制裁措置が解除されない限りガス供給を再開しないとしており、欧州は(ウクライナ支援継続の計画が大きく変わらない限り)ロシアからのガス供給なしで冬を越さなければならなくなります。EUの主要国の一部では予定よりかなり前倒しで備蓄増強が進んだため、8月末時点でEUの貯蔵率は80%に達したものの、それで賄われるのは冬に利用が集中する年間平均使用量の約20%にすぎません 2 。今冬が例年に比べて寒くなった場合には、今回のロシアの行動により、欧州は1973年のアラブ諸国、1979年のイランの石油禁輸措置に匹敵する供給ショックに見舞われる可能性があります。
ブレグジット(英国の欧州連合からの離脱)を経てもなお、英国は他の欧州諸国と同様の状況にあります。英国には事実上貯蔵設備がなく、ノルウェーからの天然ガスや米国、中東・北アフリカからの液化天然ガス(LNG)の中継地としてEUのパイプライン網に組み込まれているためです。
このため、ロシアの天然ガスを代替するエネルギーに焦点が移っています。朗報は、今冬にドイツで2つのLNG基地の建設完了が見込まれることです。この2施設は、ノルドストリーム1のパイプラインから供給される直近の流量の約60%を供給することができると推定されていますが、その流量自体は本来の流量の約20%でした 3 。また、ノルウェーからの天然ガス輸入拡大の余地もあります。さらにドイツはつい先日、現状下でのエネルギー供給支援のため、2023年も原子力発電所を稼働させると発表しました。
しかし代替エネルギーによっても、ロシアの天然ガス供給遮断による圧迫がいくらか軽減されるに過ぎません。また、今回の危機は、さらなる政治的分裂を引き起こし、欧州による現行のウクライナ支援に疑問が投げかけられる可能性があります。9月3日には、プラハに約7万人のデモ隊が集まり、高騰するエネルギー価格への抗議と、ロシア・ウクライナ紛争をめぐる対ロシア制裁の中止を要求しました 4 。
2. 欧州中央銀行(ECB)理事会
8月中旬以降、オーバーナイト・インデックス・スワップ(OIS)市場は、欧州中央銀行(ECB)の金融政策スタンスがよりタカ派的していることを織り込んでいます。OIS市場は、2022年と2023年前半のECB政策金利の累積引き上げ幅が、8月初時点の予想よりも1.25%上回るとみています 5 。OIS市場は利上げを過大評価する傾向がありますが、この大きな動きは市場予想の大幅な変化を反映しています。8月下旬のジャクソンホール会議におけるシュナーベルECB専務理事の発言をはじめ、多くのECB関係者がタカ派的な発言を行ったことが市場の予想を動かしたと考えられます。
ECBのタカ派的なスタンスは、世界の金融市場に大きな影響を及ぼしました。ユーロ圏の債券利回りの上昇(債券価格は下落)を招いただけでなく、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長によるタカ派的な発言も相まって、米国の10年債利回りの上昇にもつながったたことはほぼ間違いないでしょう。主要中央銀行がタカ派的な姿勢を固めたことで、世界のテクノロジー株に下落圧力がかかることになりました。
この点は重要です。2008年と2011年の2回、ECBはエネルギー価格主導によるヘッドライン・インフレ率の上昇を理由に利上げを行いましたが、これは主要中央銀行による過去最も弊害の大きい政策ミスの1つと言えるでしょう。1回目はユーロ圏の金融危機を引き起こし、2回目はこの危機を悪化させ、金融システムとユーロを吹き飛ばすところだった、と私は考えます。ECBが目標とするインフレ指標は、消費者物価指数(HICP)のヘッドライン・インフレ率ですが、ドラギECB総裁からコア・インフレ率に注目するようになった理由の少なくともその一端は、コア・インフレ率が示す内容からは2008年や2011年の利上げは示唆されなかったことにありました。
今日、コア・インフレ率は急上昇しており、ECB内のハト派の支えにはなりません。当然ながら、ECB内のタカ派は、高水準かつ上昇を続けるインフレとタイトな労働市場を理由に、0.75%の利上げを主張しています。しかし、ユーロ圏経済は非常にぜい弱です。S&Pグローバルは最近、ユーロ圏経済、特に在庫の積み上がりに警鐘を鳴らしました。「ユーロ圏の製造業は窮地に立たされており、8月には生産高がさらに急減した。これで3カ月連続の生産高減少となり、7-9月期のGDP(域内総生産)減少の可能性が高まった。先行指標によると、悪化は今後数カ月でさらに強まる可能性があり、景気後退のリスクが高まっている。売上高の減少により、多くの工場が減産を余儀なくされているだけでなく、倉庫には、過去25年の調査でも例のない水準で売れ残りの在庫が積み上がっている。同様に、生産量の急激かつ想定外の減少により、原材料の在庫も積み上がっている。したがって、需要の低迷と高水準の在庫を削減するための努力が相まって、今後数カ月間、生産は減少するだろう 6 」。言うまでもなく、私たちは今週のECBの決定を固唾(かたず)を飲んで見守ることになります。
3. 英国の新首相就任と英ポンド
英国の新首相リズ・トラスは、過去から政治思想が変化しており、首相候補となってからもいくつかの問題で立場を変えていることから、比較的高い不確実性があるとみています。特にトラス政権によるイングランド銀行への対応に関しては、中央銀行の任務を見直し、変更する可能性があると発言しており、不透明感がただよっています。また、ブレグジット貿易協定における北アイルランド議定書に基づく緊急措置を発動することで、EUと対立する可能性も懸念されています。
しかしながら、直近で伝え聞くところ、市場にとってそれなりに心強い情報もあります。トラス新首相はイングランド銀行の独立性を信じており、政府はエネルギー価格の上昇による消費者と中小企業への痛手を軽減するため、1700億米ドルの財政刺激策を準備しているとのことです。これは、支援よりも減税を優先するというこれまでの発言とは対照的です(ただし、減税も引き続き行われる可能性があります)。2022年に入ってから英ポンドは大幅に下落していますが、これは大半の主要先進国および新興国通貨に対する米ドルの強さが背景にあります。トラス新政権の政策がより明確になることで、英ポンドの下落がいくらか回復するかもしれません。
ただし、このような強力な財政支援は、生活費の危機的な上昇を考えると必要かもしれませんが、非常にタイトな労働市場(英国の失業率は一けた前半、エネルギー危機、ブレグジット、労働力不足による供給面での課題、すでに二けたまで上昇したインフレ、財政肥大・経常収支赤字拡大)のもとで実施されることになります。この大幅な財政刺激策を行うことで、これを行わない場合よりもイングランド銀行が金融引き締めを強めなければならなくなる可能性があり、インフレ目標に向けて物価上昇を抑えることが困難になる可能性があります。その結果、英ポンドと英国内資産が他の主要市場を引き続きアンダーパフォームする可能性があります。
4. 中国の景気刺激策
中国では直近の新型コロナウイルスの感染の波により、成都や深圳などの都市では、一種の都市封鎖を含む厳格な警戒措置が取られています。政策当局がウイルス対策と経済面への配慮のバランスを取ろうとしているため、今のところ経済活動への影響は、2022年前半に見られたものよりもはるかに小さいようです。
再び景気悪化のリスクが高まる一方で、より大規模な景気刺激策も実施されています。党大会が近づくにつれ、さらなる景気刺激策が発表される可能性があり、それが中国株式市場の上昇につながると予想しています。
5. 日本円
日本円が約25年ぶりに1米ドル=140円を割り込みました 7 。これは主に米ドル高の影響です。しかし、世界の中央銀行が金融引き締めに転じる中(オーストラリア準備銀行は0.5%の利上げを行ったばかりです 8 )、日本銀行は利上げを見送る姿勢を崩していません。金融機関の円レート見通しは、円安方向へのさらなる動きが予想されるため、下方修正されつつあります。日本銀行が政策転換を示唆した場合のみ、この状況は反転する可能性がありそうですが、黒田総裁のこれまでの発言からすると、その可能性は小さいように思われます。加えて、通貨安が日本経済にもたらすメリットは確かに存在します。
6. カナダ銀行(中央銀行)の決定
カナダ銀行(中央銀行)は今週、市場にサプライズとなった1.0%の利上げを決定した7月以降、初めて会合を開きます 9 。高水準のインフレにもかかわらずカナダ経済は極めて堅調で、ユーロ圏や英国経済よりもはるかにぜい弱性が低く、大幅な利上げは十分に許容されると私はみています。市場予想では0.75%の利上げが予想されていますが、カナダの状況やマックレム総裁の利上げ「前倒し」の意向を考慮すると、これは適切と思われます 9 。しかし、2カ月で1.75%の利上げはかなりの大きさであり、前倒しで対応を進めることが今回の目的である以上、カナダ中銀がその後の会合でより積極的でない方向に「それとなく転換する」のではないかと考えずにはいられません。この会合から、特にデータにより重きを置いていることへのカナダ中銀の姿勢に関してヒントを得られるでしょう。
7. 銅価格
最後に「ドクター・カッパー(銅価格)」は過去の経験から、景気の減速、後退、拡大の先行指標として比較的信頼できるものだと考えます。銅価格は、中国の需要減退と世界的な金融引き締めの圧力により、2021年3月のピーク時から下落を続けています。銅価格が下落を続ければ、世界的な景気後退が近づいていることを示唆している可能性があります(ただし、商品価格の下落はインフレ圧力を緩和するため、現在の環境ではプラスに働く可能性があることは留意すべき点です)。景気減速の規模を知る手がかりとして、物価動向を注意深く見守りたいと思います。
執筆協力:エマ・マクヒュー、木下智夫、アーナブ・ダス、デイヴィッド・チャオ
- 出所:ロイター、2022年9月3日
- 出所:S&P Global、“EU gas storage reaches November target early as Gazprom cuts flows”、2022年8月31日
- 出所:Eurasia Group、2022年8月25日
- 出所:The Guardian、“Thousands gather at ‘Czech Republic First’ rally over energy crisis”、2022年9月4日
- 出所: ブルームバーグ、2022年9月2日
- 出所:S&P Global、“S&P Global Eurozone Manufacturing PMI”、2022年9月1日
- 出所:Japan Forward、“Japanese Yen Drops Below 140 to the US Dollar for First Time in 24 Years”、2022年9月6日
- 出所:CNBC、“China stocks close 1% higher; Australian central bank hikes rates by half a point”、2022年9月6日
- 出所:カナダ銀行、“Bank of Canada increases policy interest rate by 100 basis points, continues quantitative tightening”、2022年7月13日
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MC2022-130