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米国の債務上限論争が続く中、市場のボラティリティ上昇が見込まれる

米国の債務上限論争が続く中、市場のボラティリティ上昇が見込まれる
〔要旨〕
  • 協議の再開:日曜夜にバイデン大統領がG7サミットから帰国し、月曜朝にマッカーシー下院議長との協議を再開
  • 乱高下する可能性:今後、詳細が判明し、Xデーが近づくにつれ、市場が乱高下する可能性
  • 3つのシナリオ:議論を呼ぶ合衆国憲法の解釈に関する土壇場での妥結を含め、債務上限論争を収束させるための3つのシナリオについて論じた

 

債務上限論争を収束させる3つのシナリオ
世界のニュース
今後の展望

 

米国政府が支払い義務を果たすための資金が底をつくと予想されるXデーに近づくにつれ、米国の債務上限交渉が投資家の関心を集めています。現在、Xデーは6月1日と推定されています。

先週末、株式市場は債務上限をめぐって、自己満足から熱狂へと移り変わりました。両党が合意に近づいているとの報道が株価を押し上げたのです。私自身は、バイデン政権と下院共和党との間に大きな隔たりがあるように思えたため、これには懐疑的でした。確かに、民主党と共和党は、新型コロナウイルス流行時に実施された緊急経済対策の未使用資金を回収することに合意しました。また民主党は、福祉関連給付の受給要件に就労を含めることについて、「ある程度の要件は受け入れる」と立場を軟化させたのも事実です。しかしそれは、合意しやすい分野での合意に過ぎませんでした。はるかに大きな問題は裁量的支出の削減で、民主党と共和党の間には大きな隔たりがあります。

両党は、社会保障とメディケアについては削減や上限を適用せず、他の裁量的支出にのみ焦点を当てることに合意しました。4月に可決された共和党の法案は、裁量的支出を2022年度の水準まで削減し、支出の伸びを今後10年間、毎年1%に制限するとしています。ホワイトハウスは、2023年度の支出水準を2024年度も維持することを提案していますが、この削減分は、部分的に国防関連の裁量的支出の削減により賄う考えです。私が懐疑的なのは、共和党が10年間の裁量的支出削減を求める一方で、民主党は2年間の上限規制を求めており、交渉姿勢に大きな隔たりがあるためです。
従ってここ数日、歳出に関する厳しい決定が打ち出される中、交渉当事者の両党がより悲観的になっているのは、無理もないことのように思われます。私がみるところ、より現実味を帯びてきており、このことは今後数日間、市場がさらに乱高下しうることを示唆しています。

さて、今後はどうなるでしょうか?

 

債務上限論争を収束させる3つのシナリオ

妥結。最も可能性の高いシナリオは、両党が妥結することです。過去の債務上限交渉で見られたように、おそらく最後の最後になるまでそれは実現しないでしょう。またそれは容易ではありません。マッカーシー下院議長は、議案採決の投票まで72時間の検討時間を設けなければならないことから、Xデーの期限に間に合わせるためには、24日水曜までに、交渉済みの法案を下院規則委員会が受理しなければならないと述べています。27日土曜の採決後、上院で通常の手続き通り進めば、法案の処理には4日間ほどかかるでしょう。上院がより短い時間で法案処理を行う道もありますが、それは隘路(あいろ)を通る戦略であり、信頼性の面で劣ります。

マッカーシーは、下院議長に選出されるのに十分な票を獲得するため、議員1人でも下院議長の「不信任」決議案を提出できる権利を復活させていました。そうした投票でマッカーシーが下院議長を解任されることはほぼないでしょうが、「解任動議」投票後の冷却期間(動議を行わず話し合う期間)がないため、翌日改めて不信任案が提出される可能性があり、交渉プロセスの頭痛の種が一つ増えることとなりました。こうした動議が出されれば、言うまでもなく大きな混乱が生じるでしょう。

委員会審査省略動議。第2のシナリオは、民主党が、債務上限引き上げのために委員会審査省略動議を行うことです。しかしこれは簡単ではありません。委員会審査省略動議とは、委員会の承認を得ずに、法案を直接本会議での採決に持ち込むための議会手続きです。これにより、下院議長や法案審議を行った委員会が反対しても、下院は法案採決を行わなければいけなくなります。5月17日、下院の民主党指導部は、債務上限引き上げのための法案を、委員会から本会議に移すための委員会審査省略動議を提出し、これに210人の民主党下院議員が署名しました。しかし議場での採決強行には218人の署名が必要であり、共和党議員の一部の署名も必要となりますが、現状では共和党議員は皆、マッカーシー下院議長と足並みを揃えています。また仮に民主党が採決を強行できたとしても、それは最も早くて6月12日、つまり推定されるXデーからほぼ2週間後になるとみられます。

合衆国憲法修正第14条。第3のシナリオは、バイデン政権がこれまで躊躇してきた、憲法修正第14条の発動です。憲法修正第14条は、「法律で認められた合衆国の公的債務の有効性は、疑われてはならない」と定めており、米国政府が支払い義務を果たすべきとしていると広く解釈されています。つまりホワイトハウスと財務省は、債務上限がどうであれ、過去の債務の履行のために新たに国債を発行し続けることができるということです。しかし憲法では、予算編成の権限は行政府ではなく議会に割り当てられています。よって憲法修正第14条を利用して国債発行を続ければ、確実に共和党から訴えられ、そうなれば長期の法定闘争に引きずり込まれる可能性があります。従ってバイデン政権は、米国が債務上限を引き上げずにXデーを迎えない限り、これを活用して債務危機を解決しようとは考えていないようです。憲法修正14条のもう一つの解釈は、デフォルトを排除するものであり、憲法の一部である以上、予算法より優位に立つというものです。そして、これと財政の安定維持の必要性を考え合わせると、財務省は債務返済を優先しなければならないという解釈です。
 

世界のニュース

米国の債務上限に関する議論が市場関係者の関心を惹きつける一方、世界では注目すべき動きが多く見られました:

  • 中国。中国の4月の経済指標は予想を下回る結果となりました。例えば、中国の小売売上高は前年同月比18.4%増と、コンセンサス予想を大きく下回りました1 。また製造業関連の活動も期待外れでしたが、これは世界経済の減速を反映していると思われます。中国経済はサービス活動の面で大きく成長し続けているようですが、全般的に予想されたほど強くはないようです。私は、中国の経済活動の再開は非常に長いスパンで展開するとみており、今はただ一服しているにすぎないと考えています。
  • カナダ。カナダの4月の消費者物価指数(CPI)は予想を上回り、3月から小幅に上昇しました。望ましくない方向への動きではありますが、これはカナダ銀行(中央銀行)の利上げにより住宅ローン金利が上昇し、住居費が増加したことが一因と考えられます。私は、1回の統計データによって筋書きが変わるわけではないと信じています。カナダはディスインフレ傾向にありますが、これは不完全でむらがあります。今回の数値によって、カナダ銀行が政策金利引き上げの条件付き一時停止を放棄する理由にはならないと考えています。
  • 日本。日本も直近のCPIで大幅なインフレとなりました。しかし2023年1-3月期の国内総生産(GDP)が予想を大きく上回る結果となり、日本も力強い成長を遂げていることは喜ばしいニュースです。ただし、いつ日銀がよりハト派的でなくなるか、という疑問は残ります。
     

今後の展望

投資への示唆という点では、株式市場と債券市場から相反する反応が得られています。債券市場では、テクニカルデフォルトのリスクを織り込み、6月上旬に満期を迎える国債の利回りが大幅に上昇しています。対して株式市場ははるかに楽観的で、そのようなリスクは織り込んでいないようです。VIX指数さえも比較的低くなっています。私の見解では、債券市場はより悲観的な方向に寄りがちな一方で、株式市場は抑えきれず楽観的になりやすい傾向にあります。

私は、今のところ債券市場の方がリスクのより正確な指標だと思いますし、短期的なテクニカルデフォルトは実際にあり得ると考えています。株式市場は、合意がないままXデーに近づくにつれ、より大きなリスクを反映する可能性があります。しかし私は、テクニカルデフォルトが起きた場合でも、それが最終的な合意を導き、膠着状態を解消する契機となるため、ごく短期間で終わる可能性が高いと考えています。

従って私は、債務上限の行き詰まりが何らかの形で解消されているだろうと自信を持って言える6月中旬を、楽しみにしています。この春の債務上限問題は、財政的なアレルギーシーズンと考えるべきなのかもしれません。良くなる前に悪化してしまっても、花粉の数が減って平常に戻るまで乗り切ればいいのです。私たちはみな、6月中旬までには一息つくことができるでしょうが、それまでは市場環境がますます不安定になる可能性が高いでしょう。

このドラマが一段落すると、中央銀行が注目されるようになると思います。私は、米連邦準備制度理事会(FRB)とカナダ銀行が、政策金利引き上げの条件付き一時停止を維持し、他の欧米先進国の中央銀行がそれぞれの引き締めサイクルの終了に近づくと楽観的にみています。市場は今は非常に悲観的な見方をしていますが、まもなく景気回復を織り込み始めると考えています。

(執筆協力:ジェニファー・フリットン)

 

1.出所:中国国家統計局、2023年5月16日

 

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MC2023-075