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市場への圧力を強めるインフレと地政学リスク

市場への圧力を強めるインフレと地政学リスク
〔要旨〕
FRB関係者の発言に翻弄(ほんろう)される市場関係者:米連邦準備理事会(FRB)が2022年にどれだけ金融引き締めを行うかについての見方が大きく変化したことで株価が大幅に下落
地政学的緊張が高まる:ホワイトハウスによるロシアのウクライナ侵攻が差し迫っているとの発表で、地政学的圧力が強まる
新型コロナウイルスの感染者減少が明るい材料に:新型コロナウイルスとの闘いの勝利が、世界経済へのインフレ圧力の緩和を支える要因となるだろう
 
インフレ圧力の影響

①市場予想を上回る米消費者物価指数、②セントルイス連銀のブラード総裁による利上げ計画の前倒しの必要性に関する発言—を受け、米国株式市場は先週後半に大きく下落

地政学的圧力の影響

ロシアのウクライナ侵攻が間近に迫っているとのホワイトハウスの見解により、石油などのエネルギー価格や食品価格が大きく上昇し、インフレ圧力が一層強まる可能性も

新型コロナウイルスの感染者減少は明るい兆候に

新型コロナウイルスの感染者数の減少傾向は、インフレ圧力を沈静化させる要因になるだろう

今週の注目イベント

インフレ指標の発表や各中央銀行のイベントに注目

大幅に低下したニューヨーク連銀の消費者インフレ期待

米国の消費者は物価上昇が長期化しないとの見通しを持っていることが示唆された結果に

 

先週の世界動向を的確に捉えている1980年代のビリー・ジョエルの曲があります。それは「プレッシャー」で、リズムがかなり激しく、重苦しいものです。ビリー・ジョエルは数秒ごとに大声で「プレッシャー!」と叫びますが、それが主題を反復しているように聞こえます。瞑想(めいそう)したり、プレッシャーを緩和したりしようとするときに「プレッシャー」を聞くことはお勧めしません。そして、言うまでもなく、この曲は先週ずっと、私の頭の中で流れ続けていました。

 

インフレ圧力の影響
①市場予想を上回る米消費者物価指数、②セントルイス連銀のブラード総裁による利上げ計画の前倒しの必要性に関する発言—を受け、米国株式市場は先週後半に大きく下落

先週、待望の1月の米消費者物価指数(CPI)が公表されました。結果は前年同月比7.5%となり、市場予想の7.3%を上回りました 1 。先週本リポートで記載したように、私は、インフレ率が予想内の限り、市場は7%台のインフレ率を許容できたはずだと考えます。しかし、1月の数値は予想を上回り、米国株式市場は取引開始前で下落しました。「インフレ率は40年以来の高い伸びに」といった見出しも、株価の下落に拍車をかけました。

最初の急落の直後、株価はインフレデータを一掃し、市場開始から数分で反発するなど、驚くべき回復力を示しました。しかし、この反発は長くは続きませんでした。数時間以内に、FRB関係者の発言により株価は下落に転じ、米10年国債利回りは上昇(債券価格は下落)しました。セントルイス連邦準備銀行のブラード総裁は、インフレ率の上昇を受け、FRBは利上げ計画を前倒しさせる必要があるとの見解を示しました。ブラード総裁は、「7月1日までに政策金利を合計1.00%引き上げることが望ましい」と述べました 2 。ブラード総裁の発言から、7月1日までに3回、米連邦公開市場委員会(FOMC)が開催されることを考えると、2022年4-6月期のある時点で0.5%の利上げが必要になることが計算できます。当然のことながら、3月に0.5%の利上げが実施されるとの予想が急上昇しました。そして、ブラード総裁が定例会合以外で「即座に」利上げを行う可能性を完全に排除しなかったことで、市場では懸念が強まりました。先週、本リポートで書いた市場関係者の「あえぎ声」は避けられないことが分かりました。

当然のことながら、このブラード総裁の発言により、市場関係者は2022年にFRBがどの程度金融引き締めを行うのかとの想像が膨らみ、金融市場はその圧力に耐えることができませんでした。木曜日(10日)午後、米国株式市場は大きく下落し、金曜日には欧州株式市場がそれに続きました。FRBの金融引き締めはインフレ圧力を引き起こす多くの要因を解決することができず、現在の景気サイクルを終わらせる可能性があるとの見解により、市場ではリスク回避姿勢が強まりました。

 

地政学的圧力の影響
ロシアのウクライナ侵攻が間近に迫っているとのホワイトハウスの見解により、石油などのエネルギー価格や食品価格が大きく上昇し、インフレ圧力が一層強まる可能性も

金曜日(11日)の午後、ホワイトハウスがロシアのウクライナ侵攻が差し迫っていると発表し、株価は大幅に下落しました。通常、地政学上の問題は金融市場の短期的な価格変動(ボラティリティ)以上の大きな影響をもたらしませんが、インフレが中央銀行に行動を促す中では地政学的問題がコモディティ価格に影響を与える可能性があることから話は別です。

ロシアがウクライナに侵攻した場合、米国と同盟国は地上戦に参加しない代わりにロシアに厳しい経済制裁を課すと一般的に考えられており、私たちもその考えに同意します。明るいニュースは、戦争が回避される可能性が高いということです。一方で、悪材料として、ロシアが石油やその他コモディティの主要産出国であることがあげられます。したがって、米国や他の先進国が最も避けたいことがインフレ圧力の高まりであるにもかかわらず、経済制裁により物価が上昇する可能性があります。最も直接的な影響を受けるのは、ロシアのエネルギーに大きく依存している欧州連合(EU)ですが、他の地域でもエネルギー価格が上昇することになるでしょう。

加えて、ロシアとウクライナは主要な小麦輸出国であり、ウクライナはトウモロコシも輸出していることから(ウクライナは「欧州の穀倉地帯」と呼ばれていました)、食品価格も上昇する可能性があります。また、ロシアは世界最大のパラジウム輸出国でもあるため、パラジウムが触媒コンバーターに使用されていることを考えると、自動車のサプライチェーンがさらに混乱する可能性があります。そしてそれは、トヨタ自動車と本田技研工業が直近の決算発表で、自動車産業における半導体の不足がすぐには解決しないとの見解を示したことを考えると、すぐには収束しないと見込まれる自動車のサプライチェーンの混乱が増すだけでしょう。

また、新型コロナウイルスに関連した規制に反対する「フリーダム・コンボイ」の抗議者と、米国とカナダ国境にかかるアンバサダー・ブリッジの封鎖を忘れてはいけません。これにより、サプライチェーンが混乱し、コストが上昇する可能性があります。昨日、アンバサダー・ブリッジの通行が再開されましたが、デモはまだ終わっていません。実際、抗議活動はベルギーやフランスといった他の先進国など、世界中に広がっています。

言い換えれば、地政学的イベントは、中央銀行が実際には解決できないインフレ圧力をさらに悪化させる可能性があり、それぞれの経済に損害を与えるかもしれないのです。

 

新型コロナウイルスの感染者減少は明るい兆候に
新型コロナウイルスの感染者数の減少傾向は、インフレ圧力を沈静化させる要因になるだろう

世界経済が直面しているインフレ圧力の大部分を緩和する可能性のある要因が存在します。それは、新型コロナウイルスとの闘いに勝利することです。感染者の減少により、経済は通常の機能を再開し、人々は職場に戻り、サプライチェーンの混乱は解消され、支出は財からサービスに向かうことができます。

世界保健機関(WHO)は先週、新型コロナウイルスの感染者が前週と比較して全世界で17%減少し、米国では50%減少したと発表しました 3 。私が望んでいたように、新型コロナウイルスの変異株であるオミクロン株が、はるかに毒性の強いデルタ株と置き換わりました。現在、世界ではオミクロン株による感染者がほぼすべてを占めています。ドイツでは、オミクロン株の感染者が新規感染者数の92.53%を占め、日本では95.31%を占めています。そして、ブラジル、米国、英国では、オミクロン株が99%以上を占めています 4 。万事うまくいけば、新型コロナウイルスに関する未来は明るいように見えます。これは、インフレとの闘いにおいて、中央銀行ができることよりもはるかに効果を発揮するはずです。

 

今週の注目イベント
インフレ指標の発表や各中央銀行のイベントに注目

今週は、インフレと中央銀行の行動に関連するいくつかのイベントを注視します。

• 中央銀行の行動:欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁とセントルイス連銀のブラード総裁が2月14日に講演を予定しています。また、1月のFOMCの議事要旨が公表されますが、これによってFOMCでの思考プロセスを確認することができます。

• インフレ指標:①米国の生産者物価指数、②英国の消費者物価指数、③カナダの消費者物価指数―に注目します。

 

大幅に低下したニューヨーク連銀の消費者インフレ期待
米国の消費者は物価上昇が長期化しないとの見通しを持っていることが示唆された結果に

本稿執筆中(2月14日)、ニューヨーク連銀の消費者期待インフレ調査について、前向きな結果が公表されました。消費者によるインフレ期待は引き続き極めて高水準なものの、ピークに達したようです。2021年11月と12月に6%となっていた1年先の期待インフレ率の中央値は、1月は5.8%に低下しました 5 。3年先の期待インフレ率の改善はさらに顕著で、12月の4%から1月には3.5%に低下しました(同指数は2021年9月と10月に4.2%と高水準を記録しました) 5

 

  1. 出所:米国労働省労働統計局、2022年2月10日
  2. 出所:ブルームバーグニュース、“Fed’s Bullard backs supersized hike, seeks full point by July 1”、2022年2月10日
  3. 出所:世界保健機関、2022年2月8日
  4. 出所:Our World in Data、2022年2月7日
  5. 出所:ニューヨーク連銀消費者調査、2022年2月14日

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MC2022-020