グローバル金融市場:地政学的な変化とFRBの金融政策の転換への期待
〔要旨〕
英国の新首相就任:困難な仕事となるものの、新首相のもと、英国新政権は市場の信任を得ることになるのではないか
決算発表がはじまる:決算シーズンは今のところ堅調だが、まだ序盤に過ぎず、今後は厳しい結果も予想される
誤った楽観主義?:米連邦準備理事会(FRB)による金融政策の転換への期待から株式市場は上昇。ただし、楽観的な見方へのデータの裏付けはなし
決算発表から得られた情報
米連邦準備理事会(FRB)の次の動きは?
現実を直視する
今後の展望
ここ数週間お話ししてきたように、グローバル市場では、いくつかの重要な点について依然として待機状態が続いています。しかし、この1週間で答えが出た質問もいくつかあります。
特に直近7日間には、以下のような各国の動きがみられました。
- 英国首相が辞任しました。財務相を交代させ、補正予算案を撤回したわずか数日後、トラス首相は辞任を表明しました。市場の注目はすぐに後任候補に移り、与党保守党の党首選において、リシ・スナク氏が勝利しました。まだ不透明な部分も多くありますが、新任されたばかりのハント財務相の留任は確実とみられています。市場はトラス氏の補正予算案に対して極端な反応を示しましたが、過去に自身も財務相を経験したスナク新首相が、複数の閣僚ポスト経験者のハント財務相と組むことで、新政権は今後、市場へのサプライズを回避していけるのではないかと、私自身は楽観的にみています。決して楽な任務ではありませんが、スナク新首相のもとで、新政権は市場の信任を得ていけるのではないでしょうか。
- イタリアで新首相が誕生しました。イタリアでジョルジャ・メローニ氏が新首相に就任し、その過程で、市場に安心感を与えるいくつかの材料がありました。ここ数日、メローニ氏はフランスのマクロン大統領と会談し、ドイツに対し、エネルギー補助金施策を促すことに同意する意向を表明しました。さらに重要なのは、彼女がここ数週間、かつて打ち出していた反欧州連合(EU)主義の姿勢を軟化させているように見えることです。メローニ氏は先週、イタリアの外交政策について、「私の立場は、これまでも、そしてこれからもはっきりしている。私は、明確で誤解の余地のない外交政策をもって、政府のかじをとっていくつもりだ。イタリアは、完全に欧州と大西洋同盟(北大西洋条約機構(NATO)を指す)の一員である。この基本に同意しない者は、政府の一員に加わることはできない。われわれの政権下で、イタリアは決して西側の弱者にはならない」との力強い発言をしました 1 。
- 中国共産党大会が閉幕しました。この重要な会議を終えて、判明したこととそうでないことがあります。
- 中国は、技術、工業化、製造業の高度化に重点を置く「中国式現代化」を引き続き目指すことが明確に示されました。これは長期的には中国経済にとってプラスになると私は考えています。
- 中国政府が「共同富裕」構想を継続することも宣言されました。これは、低所得層の家計所得を増やして中産階級を拡大することや、多様なチャネルを通じて金融資産からの家計所得を増やすことに、より強く焦点が当てられることを意味します。中国経済にとっては、これらの施策もプラスになると考えます。
- 共産党の最高指導部において、メンバーの交代がありました。どのような変更にも不確実性はつきものですが、この交代のニュースに市場は特に反応したようです。投資家がこの交代劇を消化するまで、短期的にボラティリティが高まると予想されます。
決算発表から得られた情報
決算シーズンはこれまでのところ堅調に推移しており、そのことが直近の市場による楽観的な見方につながっています。ただし、S&P500種指数の構成企業のうち、これまでに決算発表を終えたのは20%程度であり、決算シーズンはまだ早い段階にあります 2 。発表を終えた企業のうち、約70%が業績予想を上回りましたが(ただし、業績予想のほとんどは既に下方修正されていました)、それらの企業は特定の業種に集中していました 2 。
今後、予想を下回る決算発表を行う企業も出てくると思われることから、今決算シーズンは、銘柄やセクターが投資家によって選別されるシーズンとなりそうです。顧客やその他にコストを転嫁することが可能な業種・企業と、そうでない業種・企業が出てくるでしょう。
米連邦準備理事会(FRB)の次の動きは?
米国市場、そしてグローバル市場を大きく左右するのは、依然として、米連邦準備理事会(FRB)およびFRBの次の動きについての予想です。
先週末にかけて、FRBがまもなく金融政策の軸足を移すとの判断から、株式市場は上昇しました。サンフランシスコ連邦準備銀行のデイリー総裁は21日に以下のように発言し、この見方を後押ししました。デイリー総裁は、「今すぐ利上げの手を緩めるのは非常に難しい...今はまだ、その状況に至っていない」と説明しました。しかしこれに続けて、「引き締め度合いの緩和について議論を開始し、計画を立て始めるべき時は今だ」とも述べました 3 。
現実を直視する
この株価上昇について、私は、どう受け止めていいかまだ頭を悩ませています。私自身、金融政策の転換を「歓迎する」という言い方ではやや足りないぐらい、かなりの間、政策転換を待ち望んでいました。しかし、上記のデイリー総裁の発言などから、すぐにはそうした軸足の転換が起こりそうもないと考えます。デイリー総裁の発言が示唆しているのは、「0.75%の利上げからは脱却したいが、そうするに足るデータの裏付けがない」ということであり、私たちがすでに理解していることと同じです。これは、9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨に見られた内容で、参加者の何名かが「特に現在の極めて不確実な世界経済・金融環境においては、経済の見通しに重大な悪影響を及ぼすリスクを軽減する目的で、追加的な政策的引き締めのペースを調整することが重要だろう」と指摘した明るい材料に通じるものがあります 4 。
データによる裏付けが必要とされるところですが、現実にはまだそうなっていません。それどころか、経済がまだ十分に冷えこんでいないことを示す兆候が出続けているのです。先週の決算発表では、さらに多くの大手航空会社が、今後も堅調な需要が続くとの見通しを公表し、大手銀行のCEOからは、「当行の米国個人顧客は、伸びは鈍化しているものの、いまだ強い消費水準を維持しており、預金額も依然として高い水準を維持している」との発言がありました 5 。だからといって、これまでの急激な利上げからみて、米国経済が急速に冷え込まないとは言いきれないのですが、そうしたことに、FRB関係者は最後まで気づかないのではないでしょうか。
私は、今回の利上げの最終到達地点がどこまで上昇しようと、その金利水準は長くは続かないだろうと考えています。特に政策金利が5%以上になれば、そこに達して間もなく、 FRBは利下げを開始しなければならないでしょう。それが、今回の利上げサイクルについて言える、一番前向きな点かもしれません。
短期的には、ディフェンシブな資産が、より高いパフォーマンスをあげるだろうと私は考えています。しかし、長期的な視野に立ち、十分な現金を保有している投資家は、株式、債券、オルタナティブ資産の全てについて、少なくともドルコスト平均法での投資について考え始めてもよい時期ではないかと私は思います。
今後のイベント
今週は、カナダ銀行と欧州中央銀行(ECB)からの発表が控えています。また、FRBとイングランド銀行が来週開催する金融政策決定会合において参照される各種データも公表される予定です。そしてもちろん、決算報告も注視したいと考えています。
今週の決算発表では、テクノロジー企業による発表が多く予定されています。コスト上昇と米ドル高が最大の逆風となりそうです。テクノロジー企業は、海外売上に大きく依存していることから、他のセクターよりも影響を受けやすいと私は考えます。しかし、私は、企業の業績見通し、つまり2022年10-12月期以降の企業活動に関してどのような情報が出るか、そこに最も注目したいと考えています。
- 出所:CNN、“Giorgia Meloni sworn in as Italy’s prime minister. Some fear the hard-right turn she’s promised to take”、2022年10月22日
- 出所:FactSet Earnings Insight、2022年10月24日
- 出所:ロイター、“Fed's Daly says it's time to start talking about slowing rate hikes”、2022年10月21日
- 出所:米連邦公開市場委員会(FOMC)2022年9月議事要旨、2022年10月12日
- 出所:ブライアン・モイニハン(バンク・オブ・アメリカ会長兼CEO)、バンク・オブ・アメリカ決算発表、2022年10月17日
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MC2022-158