FRBのタカ派はインフレとの闘いをやり過ぎてしまうのか?
〔要旨〕
- インフレはクールダウン傾向:米国経済、インフレともにクールダウン傾向にあることは明らかだが、FRBの積極的な引き締めによる影響の全容はいまだ見えていない
- グローバルな視点:ECBとイングランド銀行の最近の発言が示すように、タカ派的な発言を行っている中央銀行はFRBだけではない
- 増大するリスク:このような環境下で引き締めを続ける他の中央銀行も、それぞれの経済にリスクをもたらすだろう
インフレはクールダウン傾向だがタカ派は引き続き警戒
他の中央銀行もタカ派的なトーンに
積極的な引き締めがもたらす影響
投資家にとっての意味合い
光栄なことにカンファレンスでのプレゼンテーションをご依頼いただき、パンデミック以降で初めてアジアに出張をして、ちょうど帰国したところです。フライトの長さも、時間をつぶすのに機内映画がいかに重要かもすっかり忘れていました。あるフライトでは、スーパーヒーロー映画のセレクションが12本もありましたが、不眠症のおかげでそのうち5本も見ることができました。これまで子供たちと一緒に見ていたときにはそれほど注意を払っていませんでしたが、これらの映画には、強大な力を持つスーパーヒーローたちが、力の使い方を誤った場合、重大な影響をもたらしうるという普遍的なテーマがあることに気づきました。また、合理的で善意のスーパーヒーローたちの間でも意見の相違があり、自分が正しいと信じるのは、「実際に」正しいことよりもはるかに易しいというテーマにも気づきました。
これらのテーマが私に響いたのは、中央銀行のバンカーたちが、自身を現代のスーパーヒーロー、あるいは経済が求めるそれに最も近い存在として認識しているように思われるからかもしれません。確かに彼らは近年、世界金融危機やパンデミック、昨年秋の英国債利回り危機など、経済への重大な脅威を解決してきました。しかし、強力な政策手段を持つ機関である以上、広範囲かつ重大な影響をもたらす誤りを犯すリスクもはらんでいます。まさにその例が、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が、インフレは一過性のものだと主張し、2022年3月まで利上げを開始しなかったことでした。
もちろんその後、FRBは積極的な金融引き締め政策に乗り出しました。政策が経済に与える影響が完全に現れるのが待たれますが、私はFRBが、今後の方向性について誤りを犯すリスクが高まっているのではないかと考えています。
インフレはクールダウン傾向だがタカ派は引き続き警戒
米国経済、インフレともにクールダウン傾向にあることは明らかです。あらゆるインフレがFRBが望むほど速く低下しているわけではありませんが、好ましい方向には向かっています。FRBのインフレ懸念の焦点となっている、住宅を除いたコアサービスインフレでさえ、昨年9.2%のピークを迎えた後、現在は3カ月年率で4%と進展の兆しを見せています1 。また3月の米生産者物価指数(PPI)の内容も非常に前向きな結果となり、米消費者物価指数(CPI)がPPIに遅れて追随する傾向があることから、CPIのさらなる低下が見込まれうることを示唆しました。
しかしこれまでの積極的な引き締めの結果、FRBの対応が経済にどれだけのダメージを与えたかについては、金融政策の効果がラグを伴って現れることから、その多くはまだデータに出てきておらず、はっきりしていません。それでもなお、FRBによるタカ派的な発言は続いています:
- 先週、FRBのウォラー理事は、この一年インフレについてはほとんど進展がみられず、インフレ抑制のためにさらなる利上げが必要だと述べました。またインフレが「まだ非常に高く、私の仕事は終わっていない」と語りました2 。
- サンフランシスコ連銀のデイリー総裁は、「今回の引き締め政策の影響がまだ十分に浸透していないとはいえ、経済の力強さと高いインフレ率を見る限り、やるべきことはまだあると考えられる…それがどの程度かはいくつかの要因に左右されるが、いずれもそれを評価する上ではかなりの不確実性が伴う」と述べました3 。
- もっと気にかかるのは、3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨からの情報です。FOMCの参加者たちからは「インフレは依然として非常に高い」、「労働市場は依然としてあまりにもタイト」との見解が示されました4 。もし3月に銀行セクターのミニ危機が発生していなければ、FRBは0.5%の利上げを実施していた可能性が高そうです。
幸いなことに、FRBの審議に影響を与えることが期待される冷静な考え方もみられます。シカゴ連銀のグールズビー総裁は、銀行システムへのストレスを考慮し、FRBはこれ以上の利上げを慎重に進めるべきだと述べました。また、「このような金融ストレスのタイミングでは、適切な金融アプローチを行う上で慎重さと忍耐が求められる」と語りました5 。
他の中央銀行もタカ派的なトーンに
タカ派的な発言を行っている中央銀行はFRBだけではありません:
- 欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁はインフレに関する懸念を表明し続けており、先週、価格圧力がしばらくの間高止まりすると予想していると警告しました。そして現在ECBは、次回会合でのさらなる「大幅」利上げを検討しています。ECBは、バランスシートを急速に縮小する作業にも追われていることを念頭に置く必要があります。
- 先週、イングランド銀行のベイリー総裁は、ミニ銀行危機が利上げの道筋に影響を与えることはないと断言し、「私たちが行っていないこと、そして行うべきではないことは、金融不安を理由に、私たちが望ましいと考える金融政策の設定から外れることだ。そうしたことは起こってはいない」と述べました6 。
FRBがどれだけ引き締めを行ってきたか、そして購買担当者指数の低下に見られるように、すでに起きている著しい経済の弱体化を目の当たりにすると、私はFRBこそが、米国経済にとって最も危険をもたらす存在なのではないかと考えてしまいます。しかし、このような環境下で引き締めを続ける他の中央銀行も、それぞれの経済にリスクをもたらすでしょう。すでにどれだけのダメージが与えられたのかは、まだ分かっていません。このため、中央銀行が次にどう出るか、不透明感が増しています。サンフランシスコ連銀のデイリー総裁は、「...インフレ低下のため、政策がより引き締められなければならないと考える十分な理由がある...しかし、追加の政策調整なしでも経済が減速を続けるかもしれないと考える、十分な理由もある...」と明言しました7 。またEBCのラガルド総裁は日曜日のインタビューで、「...我々は、世界のあらゆる場所から生じる複数の要因によって、高い不確実性に直面している」と述べました8 。
積極的な引き締めがもたらす影響
FRBは、ミニ銀行危機だけでなく、積極的な引き締めによって他の問題も引き起こしています。例えば公的債務の純利息は、2022年度に比べて2023年度は41%増加しましたが、これは主に金利上昇によるものでした9 。これに関する議論はFOMCの議事要旨では見られないかもしれませんが、債務の返済に使われるお金は、他のより生産的な用途に利用できないため、重要な問題です。このようなスーパーヒーローなら、スーパー悪役はもはや必要ないのでは?と思わずにはいられません。
そして債務上限をめぐる不確実性もあります。合意が早急に形成されない限り、2011年の夏の状況が繰り返されるか、あるいはそれ以上に悪くなる懸念があります。そうならないことを祈りますが、現下の政治的な環境ではありうることです。
投資家にとっての意味合い
本レポートを締めくくるにあたり、ふと今週もまた中央銀行について書いていることに気づきました。私の中央銀行シリーズは、観たスーパーヒーロー映画の数に匹敵するほどになってきましたが、残念ながら中央銀行は現実に、依然として経済と市場の両方について、物語の大部分をコントロールする存在です。
私の見解では、中央銀行をめぐる現在の環境からすると、「戦術的」アロケーターにとっては、特に米国において、非常に短期にディフェンシブなポジションをとるのが良いでしょう。しかし「戦略的」アロケーターにとっては、ポートフォリオに選択的に追加を行う機会を探し始めるタイミングだと考えています。
「戦術的」アロケーターであれ「戦略的」アロケーターであれ、私が短期的にも長期的にも良いパフォーマンスが期待できると考えている資産クラスが2つあります:
- 株式の中では、私はテクノロジー・セクターを最も選好しています。多くのテクノロジー企業はコスト削減を進めており、これにより利益率への圧迫が軽減されると見込まれます。また成長が乏しい時期に、多くのテクノロジー株は持続的に成長しており、投資家の人気を集めると考えられます。
- 債券の中では、私は投資適格債を最も選好しています。相対的に高い利回りを有する高格付け債券が、このような環境では理にかなっていると考えます。
この2つの見解から、特に「戦術的な」投資家にとっての短期的なリスクは、FRBが市場の予想を上回るタカ派姿勢を続けることで、長期金利に再び上昇圧力がかかり、その結果テクノロジー株や投資適格債などのロングデュレーション資産の価格がやや下落する可能性があるということです。しかしインフレがクールダウン傾向にあり、経済が減速する中で、FRBは引き締めサイクルの終盤に差し掛かっているはずであり、こうしたリスクは限定的と考えられます。
とはいえ一般的に、私は株式、債券、オルタナティブの3つの主要な資産クラスへの分散投資が好ましいと考えています。
また、資産クラス全体を通してグローバルに分散投資するのも理にかなっていると思います。西欧はFRBよりも利上げのフェーズが遅れていることから、欧州の債券やグロース株・テクノロジー株に比べて、米国の債券や米国株のロングデュレーション・セクター(テクノロジーなど)の方が良いポジションにあると考えられます。
中国は経済再開と景気回復のかなり初期段階にあり、インフレリスクもはるかに低い状況です(経済再開による景気リバウンドが緩やかなものとなるよう、政府が欧米のような大規模な雇用保護策や財政移転、金融緩和を行わなかったため)。このため欧米に比べて全体的に金融環境が良好であることが示唆され、中国人民銀行は、よりハト派的な姿勢をとる余裕があります。このような環境においては、「リスクオン」のポジショニングがより良いパフォーマンスをする可能性が示唆されます。
新興国市場は全体としてより進んだフェーズにありますが、国によって大きな違いがあり、分散投資と機動的な投資対象国の選択、リスク管理が必要となります: いくつかの国(インドなど)は明らかに引き締めの最終段階かそれに近い状態にありますが、さらなる引き上げが必要な国(例えば南アフリカや、おそらく中・東欧諸国の一部で、依然として非常にインフレ率が高く、ECBによる引き上げの動きを牽引する国)や、政策・政治的不確実性から超高金利が持続すると考えられる国(ブラジルなど)もあります。
投資家にとって重要なのは、アップサイドとダウンサイド両方のリスクがどこにあるかを理解することです。現在、こうしたリスクの多くは中央銀行によってもたらされています。善意とはいえ、中央銀行のバンカーたちがスーパーヒーローのステータスに値しない場合も多くあります。中央銀行のバンカーたちも人間であり、ときに投資家の目標達成を阻む、プライドや恐怖といった情動に、等しく駆られることがあることを忘れてはいけません。中央銀行のバンカーたちが持っているのはブリーフケースと金融電卓だけで、魔法の杖やサーベルではありません。また、カナーリの高級スーツを着ることはあっても、(スーパーヒーローのような)マントを着ることはないのです。
(執筆協力:木下智夫、アシュリー・オアース、アーナブ・ダス)
1. 出所:マクロボンド、2023年4月14日
2. 出所:Yahooファイナンス、“Fed's Waller says inflation 'still much too high”、2023年4月14日
3. 出所:ロイター、“Fed's Daly: 'good reasons' for more tightening, or a pause”、2023年4月12日
4. 出所:FOMC 3月議事要旨
5. 出所:ロイター、“Fed's Goolsbee: Prudence, patience needed on rate hikes”、2023年4月11日
6. 出所:イングランド銀行、“Monetary and financial stability: lessons from recent times - speech by Andrew Bailey”、 2023年4月12日
7. 出所:ロイター、“Fed's Daly: 'good reasons' for more tightening, or a pause”、2023年4月12日
8. 出所:CBS ニュース “Face the Nation”、 2023年4月16日
9. 出所:Bipartisan Policy Center, Deficit Tracker、2023年3月12日
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