米国にとって「われらがディスインフレの夏」となった
〔要旨〕
- 米国のディスインフレ:予想を下回るインフレ率とインフレ期待の低下が、米国の「われらがディスインフレの夏」をもたらした
- 欧州はどうか?:欧州でも似たようなディスインフレ・シナリオが展開される可能性があるが、脆弱な成長と頑強なインフレにより困難となるかもしれない
- エネルギー価格:エネルギー価格がこのシナリオを混乱させる可能性があるが、現在進行しているコア段階でのディスインフレのプロセスを大幅に変えることはないだろう
なぜインフレ期待が重要なのか?
欧州は、ディスインフレへの道のりがより険しくなる可能性
エネルギー価格が一時的に混乱を招く可能性
中国で不動産不況が続く
イタリア、銀行利益に大幅な課税
今後の展望
先週の米国のインフレデータを見ていて、ジョン・スタインベックの古い小説のタイトル、「われらが不満の冬」を思い出しました。少なくとも米国では、明らかに「われらがディスインフレの夏」だったといえます。
- 米国の消費者物価指数(CPI)は前月比で0.2%上昇、前年同月比で3.2%(予想3.3%)上昇と予想を下回りました1 。食品とエネルギーの価格を除いたコアCPIは、前月比で0.2%上昇、前年同月比で4.7%上昇しました1 。いくつかのカテゴリーで、他のカテゴリーより粘着的なインフレの状況がみられるものの、大幅な進展があったことは大いに歓迎したいと思います。
- 8月のミシガン大学消費者調査(速報値)では、前向きなデータがいくつか示されました2 。5年先のインフレ期待は、2.9%と5カ月ぶりの低水準となりました。1年先のインフレ期待は、7月の3.4%から8月は3.3%(速報値)へとわずかに低下しました。消費者信頼感指数は71.2に低下しましたが、これは2021年10月以来の高水準であった、7月の71.6からわずかな低下となりました。重要なポイントは、インフレだけでなく、インフレ期待も改善しているということであり、これはFRBが金融政策を決定する上で重要な考慮事項となっています。このような調査結果は、長期的なインフレ期待がよくアンカー(安定的に維持されている)されていることを示しています。
- ニューヨーク連銀が発表した7月の消費者期待調査も、インフレ期待の低下を示しました。1年先のインフレ期待の中央値は、6月の3.8%から3.5%に低下し、3年先のインフレ期待の中央値も、6月の3%から2.9%に低下しました3 。
なぜインフレ期待が重要なのか?
以前にも述べたように、インフレ期待は重要です。バーナンキ前米連邦準備制度理事会(FRB)議長は昨年のスピーチで、インフレ期待が金融政策に果たす重要な役割について、次のように明確に述べました: 「世界中の中央銀行に広く受け入れられているストーリーは、2つの重要な前提に基づいています。第1に、インフレ期待は...実際のインフレ率の重要な決定要因となること...第2に、中央銀行の行動や、場合によってはコミュニケーションが、インフレ期待に影響を与え、それを通じてマクロ経済の結果に影響を与え得るということです...もし、実際のインフレ率や他の変数の短期的な動きへの感応度がそれほど高くないという意味で、インフレ期待がよくアンカーされていれば、政策当局は、景気後退的な需要ショックに対してより積極的に反応し、インフレ的な供給ショックに対してはそれほど積極的に反応しないという対応が可能となり、より良いデュアル・マンデート(最大雇用と物価安定というFRBの法的使命)の結果につながります。4 」
歴史は、インフレ期待の将来予想精度が非常に高いことを示しています。1970年代後半から1980年代前半にかけてのミシガン大学の消費者インフレ期待を見てみると、消費者のインフレ期待が高く、彼らの消費行動がそれを現実のものにした様子が見てとれます。例えば、1980年2月の調査では、1年先のインフレ期待は10%でした5 。FRBがあれほど積極的な対応を取る必要に迫られたのも、当然だったでしょう。
欧州は、ディスインフレへの道のりがより険しくなる可能性
欧州でも似たようなディスインフレ・シナリオが展開されるとのコンセンサスが高まっていますが、私はそのシナリオは、米国よりも不完全なものになるだろうと考えています。欧州の成長はより脆弱で、一部の形態のインフレはより頑強となる可能性があります。しかし、より脆弱な成長がかえって幸いし、ディスインフレのプロセスを後押しする可能性もあります。
エネルギー価格が一時的に混乱を招く可能性
しかし米国でさえ、おとぎ話のように完璧な状況ではありません。以前にも述べましたが、あらゆるデータポイントが、美しく、そしてディスインフレ・シナリオに合致するというわけではないのです。エネルギー価格が今後数カ月の間に上昇すれば、ヘッドライン・インフレ率に上昇圧力がかかる可能性があります。
2023年の天然ガス価格のトレンドは、欧州における備蓄水準の高さや、中国の需要の伸びが予想よりも鈍いことなどから、ヒストリカルな標準から想定される水準を下回っています。しかし、オーストラリアの液化天然ガス施設における最近のストライキの脅威は、エネルギー供給やエネルギー価格へのリスクを改めて認識させるものとなり、ウクライナの反攻が加速する中、供給の停滞は依然として脅威となっています。また、中国の成長が再加速し、「エルニーニョ」によって欧州が寒い冬を迎えれば、需要が増す可能性もあります。しかし私は、エネルギー価格が一時的に上昇した場合でも、現在進行しているコア段階でのディスインフレのプロセスを大幅に変えることはないと考えています。
中国で不動産不況が続く
先週、大手不動産デベロッパーのカントリー・ガーデン(碧桂園)が、2,250万ドルの債務支払いに失敗したため、中国では不動産セクターの不安が再び頭をもたげました6。しかし30日間の猶予期間が与えられており、他の不動産デベロッパーでも、利払い期日に間に合わなかったものの、最終的に30日間の猶予期間内に支払いを行うことができた例があることを強調しておかねばならないでしょう。
私は、現在の中国の不動産不況には、希望の光があると考えています。私は、この苦境により不動産支援の展開が加速し、当初予定されていた以上の政策支援を促す可能性があると予想しています。そうなれば、今年下押し圧力にさらされてきた中国株にも、好材料となる可能性があります。
また、最近発表された中国の経済データがおおむね期待外れだった一方、米国の経済データは上向きのサプライズとなりました。これも、中国による政策支援の拡大を促し、ひいては中国株にとって前向きな誘因となる可能性があります。
イタリア、銀行利益に大幅な課税
この夏は、銀行にとって「不満の夏」となりました。より正確に言えば、ここ数カ月、政治家は銀行の利益を良く思っていません。この点に関し、何らかの措置を取ると警告を発した国もあれば、実際の措置に踏み切った国もあります。
先週イタリアで、銀行の超過利潤に対する40%の課税が発表されました7 。イタリアの政策当局は、銀行が大幅な金利上昇を預金者に転嫁せず、偶発的な利益を得ていることを懸念し、これらの銀行への大幅な課税を導入しました。メローニ首相はその後、課税の上限を銀行の総資産の0.1%とすることで緩和を図りましたが、一連の措置が投資家に脅威を与えたことは明らかです。
銀行は、様々な面で明らかにプレッシャーにさらされています。他の欧州諸国もここ数カ月で、イタリアが行ったのと同様の課税を導入しました。また米国では、ムーディーズが一部の中小銀行の格付けを引き下げ、一部の大手銀行についても引き下げを行う可能性があると警告しました。これは、以前から周知の情報に基づいて行われているという点で、フィッチ・レーティングスによる米国債の格下げと似ているように思われます。私たちは歴史的に、純金利マージンのピークが過ぎた後は銀行にとって困難な時期となりやすく、経済の減速につれて逆風を受ける可能性が高いことを知っています。しかし、お買い得な銘柄を探している、目の肥えた忍耐強い長期の投資家にとっては、欧米の銀行セクターは大きなチャンスかもしれません。
私自身は短期的に、銀行への追加のストレスが、既に顕著になっている与信条件の厳格化にどのような影響を与えるかをより懸念しています。そして与信条件の厳格化は、多くの人がそうなると考えている、「ソフトランディング」シナリオへの現実的なリスクとなります(私はハードランディングは予想していませんが、与信条件の厳格化などの要因により、いくつかの「バンプ(衝撃)」はあるとみています)。
今後の展望
決算シーズンはほぼ終盤に差し掛かりましたが、まだ完全には終わっていません。今週は、多くの米小売企業の決算発表が予定されており、経済の先行きを左右する米消費者の力強さを見極める上で、有用な情報が得られるでしょう。
また、中国の小売売上高や鉱工業生産など、中国経済の現状をより明確化する今後のデータ発表にも注目したいと思います。
そして今週は、米連邦公開市場委員会(FOMC)7月会合の議事要旨が公表されます。FRBの考え方について更なる洞察が得られれば、いつもどおり役立ちますが、より最新の考え方については、FRBのジャクソンホール・シンポジウムから洞察が得られるかもしれません。
また、FOMCメンバーが9月会合で追加利上げの必要性を検討する際に重要となることから、今後数週間の米国のインフレデータにも注目したいと考えています。しかし私は、市場はまもなく米国における利上げサイクルが終わったとの結論に達し、FRBによる利下げへの期待が始まるのではないかと考えています。
興味深いことに、「われらが不満の冬」の中で、中央銀行のメンバーにも当てはまると思われる言葉が出てきます: 「…ほとんどの人々は、90%を過去に、7%を現在に生きており、未来には3%しか残していません。」これは、政策のラグが将来のデータに与える影響を考慮するより、過去のデータの評価にほとんどの時間を費やしている、FRBを始めとする中央銀行に当てはまると考えます。私は、過去の政策の影響によって将来のデータがどうなるか理解することに時間を費やす方が、賢明なアプローチではないかと考えています。従って、イングランド銀行(BOE)が現在行っている経済予測の見直しも、時宜を得た、価値あるものと言えるでしょう。
残念ながら、ほとんどの投資家は過去に焦点を当てることに多くの時間を費やしているのではないでしょうか。歴史的な市場パターンを理解し、過去の失敗から学ぶことは重要ですが、私は、将来に向けたポジショニングに、より時間を費やすべきだと考えています。つまり、最も人気のない、正当化できるかわからないネガティブなセンチメントが重くのしかかっている資産クラスや、単に見過ごされているような資産クラスにも目を向ける、オポチュニスティックなアプローチも取り混ぜつつ、持続可能で分散された、長期の資産配分を構築するということです。
(執筆協力:ポール・ジャクソン、アンドラス・ヴィグ)
1.出所:米労働統計局、2023年8月10日
2.出所:ミシガン大学、2023年8月11日
3.出所:ニューヨーク連銀消費者期待調査、2023年8月14日
4.出所:全米経済研究所、バーナンキ基調講演「インフレ期待と金融政策」、2022年5月19日
5.出所:ミシガン大学消費者調査 、1980年2月
6.出所:ロイター、“Country Garden misses bond payments as China property fears flare”、2023年8月9日
7.出所:ロイター、 “Italy hits banks with 40% windfall tax”、2023年8月8日
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MC2023-125