ドルとセンス:米ドルの行方は?
〔要旨〕
- ドルの下落:最近の米ドルの下落は、FRBの引き締めが終了するとの予想と、成長期待の改善を反映している
- グローバルな視点:他通貨が上昇しているのは、他国の中央銀行が、引き締めを更に進展させる必要があるため
- 基軸通貨:今のところ、そして今後何年にもわたって、米ドルは支配的な世界の基軸通貨であり続けるだろう
世界の中央銀行はFRBとは異なる位置にいる
ドル高をもたらすものは何か?
米ドルは今後も世界の基軸通貨であり続けるか?
更なるドルの弱含みが予想される
先週は、市場にとって重要な週となりました。米消費者物価指数(CPI)の発表では、6月のインフレ率はヘッドライン、コアともに予想を下回りました。これは、米国が強力なディスインフレ・トレンドの真っ只中にあるという私たちの見方を裏付けるものとなりました。ディスインフレの道のりは不完全ながら、進行しています。
米連邦準備制度理事会(FRB)による引き締めサイクルの終了が近いと市場が予想したため、CPIの発表には強い反応が見られました。世界の株式は上昇し、世界の利回りは低下し、米ドルは大幅に下落しました。実際、米ドル指数は、FRBが積極的な引き締めサイクルを始めたばかりの2022年4月以来の水準まで下落しました。
世界の中央銀行はFRBとは異なる位置にいる
米国でインフレがピークを過ぎたように、米ドルのピークも過ぎた可能性があります。先週本レポートで言及したように、他の国の中央銀行、特にイングランド銀行と欧州中央銀行(ECB)については、FRBよりも更に引き締め政策を進展させる必要があることから、他通貨が強まり、米ドルは弱含みとなっています。これにより、主要国の金融政策と経済環境が、近い将来、各国間で大きく異なる環境になろうとしています。
英国ではインフレがはるかに問題視されているため、予想される金融政策について言えば、米国は、明らかに大きく異なる位置にあります。これは、英国ほどではありませんが、ユーロ圏についても同様です。ユーロは最近、対米ドルでも上昇しています。ユーロ圏では英国ほどインフレが問題になっていませんが、ECBはFRBよりも、やるべきことがまだ多いと考えられます。
このように、米ドル安が進むにつれ、他の主要通貨が上昇しているのは偶然ではありません。2022年にFRBが、他の主要中央銀行の中で最も積極的に引き締めを行ったことで、米ドルが最も上昇した通貨がこれらの主要通貨に対してでした。
最近の為替動向は、日本もまた米国とは異なる位置にあることを物語っています。驚いたことに、この10日間で、日本円は米ドルに対して急激に上昇しました。この円高は、日銀が7月下旬に開催される次回の金融政策決定会合で、現在のイールドカーブ・コントロール政策を大幅に変更する(これは日銀引き締めサイクルの第一歩と広く見られている)との見方が強まっていることが背景にあります。この期待は、次の2つの要因によって引き起こされた模様です:最近の日本の10年ブレークイーブン・インフレ率の上昇と、日銀が次回会合で、2024、2025年度の物価上昇見通しを上方修正するとの予想です。この米ドルに対する円高は、明らかに日本のみの要因によるものではありません。予想を下回るインフレデータによって、米ドルが下落したことも関係しています。
ドル高をもたらすものは何か?
これまで経済学の教科書では、通貨の相対的な強さにはあらゆる要因が影響すると説明されてきました。しかし私が長い間に学んだのは、米ドルの強さを決定づける最も重要な要因は、相対的な成長、金利差、そして「セーフヘイブン」資産としての米ドルへの需要だということでした。
最近の米ドルの下落は、FRBの引き締めが近いうちに終了するとの予想と、成長期待の改善(すなわち、米国がハードランディングを回避するとのコンセンサスの高まり)を大きく反映しています。 加えて、市場のセンチメントが更に強気となり、VIX指数(ボラティリティ指数)が比較的低い水準にあるため、米ドルのような「セーフヘイブン」資産に対する需要はほとんどありません。
米ドルは今後も世界の基軸通貨であり続けるか?
米ドルが通貨の中で傑出した「セーフヘイブン」資産であるというステータスが、少なくとも部分的には、世界的な基軸通貨としての地位に由来しているということは、注目に値します。この地位は近年疑問視されるようになっており、その問いは、米国が課す経済制裁に直面して、貿易や決済における米ドルの優位性に挑戦する動きが最近出てきていることを受けて、このところ私にもよく投げかけられます。
最近の最大の挑戦者は「ペトロユアン」です。原油取引の決済に中国人民元を使うことで、各国は石油取引において米国を迂回することができます。これは、1970年代にサウジアラビアをはじめとする石油輸出国が、輸出価格を米ドル建てにすることに合意した際に生まれた「ペトロダラー」に由来する言葉です。
この問題を、私は歴史的な視点に立って考えたいと思います。国際システムの脱米ドル化は何十年も議論されてきましたが、いまだに実現していません。1980年代には日本円が、2000年代にはユーロが、世界金融システムの米ドル支配に対する主要な挑戦者と見なされましたが、実現することはありませんでした。とはいえ、今日の脱米ドルは、地政学と主権に関するものであり、マクロ/金融面での競争ではありません。またこれは、国家安全保障上の必要性により牽引されています。多くの国の政府は、米国や欧米の金融制裁、国際決済システムからの排除、また最悪の場合、準備金の凍結や差し押さえにさらされる可能性を減らす喫緊の必要性を感じています。
どのような要因にせよ歴史的にみて、世界的な基軸通貨の衰退は、数カ月ではなく数十年単位で起こってきました。更に、米国の政策当局が、米ドルの世界的な基軸通貨としての地位のお陰で米国経済が享受している利益を認識していることから、このトピックに注目が集まり、米ドルの優位性を維持するための方策が提案されています。 最近、米下院金融サービス委員会は、「ドルの優位性:世界の基軸通貨としての米ドルの地位の維持」と題する公聴会を開催しました。これは今年初めに提出された、米財務長官に米ドル戦略の策定を義務付ける内容の法案を受けたものです。このような法案が可決されるかどうか、ましてや長期的な目標達成に成功するかどうかは、まだわかりません。しかし、ドル戦略の策定は、正しい方向への一歩になると私は信じています。今のところは、そして今後何年もの間、米ドルが世界の基軸通貨として優越的な地位を維持していくでしょう。
更なるドルの弱含みが予想される
今後を展望すると、FRBが他の中央銀行、特にイングランド銀行や、それ程ではないもののECBに比べてハト派的であるとの兆候が増えるにつれて、米ドルは引き続き弱含んでいくと予想しています。 日銀については少し状況が異なります。日本の輸出環境は依然厳しく、性急に金融政策を引き締めるのは難しいことから、日銀が短期に金融政策を変更することについては、私はより懐疑的にみています。
重要なことは、短期では米ドルの弱含みが続くとみられることであり、それが企業収益、貿易、更には資産パフォーマンスにも影響を与えるだろうということです:
- 売上の大半を海外から得ている米国企業は、海外の買い手にとって製品がより安価となるため、ドル安の恩恵を受けます。特に、売上のかなりの部分を米国外から得ている米国のテクノロジー・セクターは、この恩恵を受ける可能性があります。
- またドル安になれば、ドル建て新興国債券の償還負担が軽減されることから、新興国も恩恵を受ける可能性があります。
要するに、最近の為替変動は、投資機会がさまざまな形で生じうることを思い起こさせるものとなっています。
(執筆協力:木下智夫、アーナブ・ダス)
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