グローバル市場は良いこと、悪いこと、醜いことと対峙する
〔要旨〕
- 良いこと:全ての票が集計されるまで終わりではないが、ホワイトハウスと下院共和党は債務上限引き上げについて合意に達したとみられる
- 悪いこと:インフレのデータにいくらか懸念が出てきたことを受け、投資家が、中央銀行や中央銀行による対応にこれまで以上に大きな関心を向ける可能性
- 醜いこと:ディスインフレのプロセスは非常に不完全で、インフレが低下する過程で時に急上昇することもあり、市場関係者に不安を与えうる
良いこと
悪いこと
醜いこと
市場
今後の展望
市場には決して退屈な瞬間はありませんが、最近では、米国の債務上限に関するドラマが世界中の投資家の注意をひきつけています。長かったこの一週間の交渉の末、どうやら合意に達したようですが、この先にはまた別の課題が待ち受けています。私は、その良い面、悪い面、醜い面について考えさせられます。
良いこと
ホワイトハウスと下院共和党は、債務上限引き上げについて合意に達したようです。しかし私は投資家に対して、上下両院の票数がすべて集計されるまで、この問題が解決したと考えないよう注意を促しています。合意した債務上限法案が完全にスムーズに議会を通過するとは限らないからです。大方の報道によると、マッカーシー下院議長は、下院共和党から140から150票程度の賛成票を集められると考えています。下院民主党トップのジェフリーズ氏は、下院民主党でおよそ100票が必要との前提で動いており、その多くはより中道的な「新民主党連合」からの票となると考えられます。
議員の多くは、公には判断を保留とし、法案の内容を吟味しています。水曜日の市場閉場後に投票が行われると見込まれるため、今日各議員がワシントンに戻り、夜にはそれぞれの党会合が開かれることから、そこで票数がより明確になるでしょう。法案が下院を通過して上院に受理された後、速やかに決議に移る同意を得る前に、一種の「ショー」的な動きとして、何らかの修正検討の要求が特定の上院議員から出ると予想されます。両院の両党指導部が目指すのは、イエレン財務長官が発表した新たなXデーの6月5日までに、この法案を成立させてバイデン大統領のデスクで署名をもらえるようにすることです。
私は、ビスマルクの「法律はソーセージのようなもので、作られるところを見ないほうがいい」との言葉を思い出しています。法案成立前に胃が痛くなるような瞬間があるかもしれませんし、法案が頓挫する可能性もまだあります。
悪いこと
今週債務上限が無事引き上げられたとしても、私は安堵できるのは短期間にすぎないと予想しています。というのも、インフレのデータにいくらか懸念が出てきたことを受け、投資家が、中央銀行や中央銀行による対応にこれまで以上に大きな関心を向ける可能性があるためです。それは株式にとって、短期的にはプラスには働かないと考えられます。
米連邦公開市場委員会(FOMC)は先週、5月会合の議事要旨を公表しましたが、これは一部の投資家にとって警鐘を鳴らす内容でした。同会合でFOMC参加者は、米国のインフレ率が依然として 「受け入れがたいほど高い 」との見方を維持し、むしろタカ派的な様相を呈しました。またコアインフレ率、特に住居費を除くコアサービスインフレ率がより素早く低下しないことに失望したとの発言もありました。多くの参加者は5月以降も引き締めを続けることを支持した一方で、「数人の」参加者が、「もし経済が現在の見通しに沿って展開するなら、今会合後のさらなる政策的引き締めは必要ないかもしれない」と発言しました1 。
その後、米連邦準備理事会(FRB)が好んで用いる米国のインフレ指標、4月の個人消費支出(PCE)価格指数の発表がありましたが、これは期待はずれの内容となりました。それによると、コアインフレ率は前月比0.4%上昇となり、予想よりも高くなりました。また前年同月比では4.7%上昇と予想より高く、3月の値を上回りました。特に、FOMC議事要旨でFRBメンバーが神経質になっている様子が示され、中には明らかに追加利上げに傾くメンバーもいたことから、このようなインフレデータは決して望ましい内容とは言えないでしょう。
しかし、インフレの高止まりは米国に限ったことではありません。英国のインフレデータも非常に失望的な内容でした。英国の4月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比8.7%上昇なり、コアインフレ率は主にサービス部門の物価上昇によって同6.8%上昇となりました2。この数値により、イングランド銀行(BOE)は利上げ継続のプレッシャーを受け続けることとなり、それによりインプライドレート(理論先物金利)は上昇を続けることになるでしょう。興味深いことに、米国のミニ銀行危機により、FRBと欧州中央銀行(ECB)の政策金利の市場予想経路は低下しましたが、BOEについてはそうなりませんでした。BOEの政策金利予想に対する下方圧力は、粘り強い英国のインフレからくる上方圧力で打ち消されてきました。しかし、BOEのベイリー総裁はそれほど懸念していないようで、「(物価の)粘着性と、それがどれくらいの速度で低下するのかが問題だ…。そのかなりの部分は、明らかにインフレ期待がどのように低下するか次第であり、それは低下してきている。」と発言しました3。
ベイリー総裁は消費者のインフレ期待に賭けているようですが、インフレ期待はインフレそのものの方向性に先行する傾向があるため、私はこれを支持します。英国の消費者インフレ期待は、2022年11月の6.1%から2023年4月には5.2%に低下しており、標準的なインフレ目標の2%には程遠いものの、大きな進展を見せています4 。またエネルギーコストが低下していることも、その助けとなるでしょう。
米国の消費者インフレ期待も若干改善をみせました。金曜日に発表された5月のミシガン大学消費者調査では、1年先と5年先のインフレ期待の数値がともに5月の速報値を下回りました(ただし1年先の数値はここ数カ月非常に不安定で、今年の最低値を大きく上回っています) 5 。つまり多少の乱れはあったものの、引き続きインフレ期待は、特により長期のインフレ期待について、比較的よくアンカーされています。
醜いこと
私が学んだのは、ディスインフレのプロセスは非常に不完全だということです。インフレが低下する過程では時に急上昇することもあり、市場関係者に不安を与えます。私はこれを育児に例えています。途中大変なこともあるけれども、最終的にはやる価値があったと思える。金融引き締めの影響がラグをもって表れることを考えると、まだまだこれから表れる影響もあるはずなので、中央銀行がそう考えていることを祈りましょう。
市場
当然のことながら、株式にとっては厳しい週となり、特に中国と英国の株式がその一例でした。米国株は好調でしたが、これはテクノロジー・セクター、特に人工知能(AI)に関連するセクターが好調だったことによります。AIの効果により米国株は、債券利回りの上昇からくる重力に逆らう助けを得ているかもしれません。国債利回りが上昇するとテクノロジー株は下落する傾向がありますが、5月はこの関係が少なくとも一時的には崩れています。このことは、ここ数週間、S&P500種指数を構成する銘柄の中でも市場の投資対象がますます狭まり、一握りの銘柄がパフォーマンスを牽引していることを改めて思い起こさせます。
債券は、先週利回りが急上昇しました。確かに債務上限交渉が一役買った面はありましたが、大きな原動力となったのは、FRBによる政策金利の引き上げがまだ終わっていないのではとの懸念でした。今後短期的に、同様の状況が見られるかもしれません。
今後の展望
今後当面は、債務上限引き上げに関する法案が署名され、施行されるのを息をつめて見守る間、そして中央銀行が次にどう動くのかに思いを巡らす間、この数日から数週間は市場の変動、波乱があると予想して然るべきでしょう。ディスインフレのプロセスは引き続き進展していくと予想されますが、時には残念な内容のデータも見られるでしょう。そして中央銀行の今後の動向についても、疑問符がつきます(私はビスマルクの言葉の修正を提案します。金融政策の決定もソーセージと同じで、作られているところを見ないほうがいいと思います。)。
政策的不確実性から、戦術的ポートフォリオについては、短期的にはディフェンシブなポジションが有利と考えられます。戦略的ポートフォリオについては、債券の利回り上昇を捉えて、より長期のコア債券金利を固定する一方で、ドルコスト平均法により株式への投資機会を探すのが有利となる可能性があります。私たちは引き続き、市場が今年後半に経済回復を織り込むようになると信じています。これはリスク資産、特に景気変動に敏感なセクターにとって、より有利な市場環境となることを意味します。
(執筆協力:ジェニファー・フリットン、ポール・ジャクソン、アシュリー・オアース)
1.出所:FOMC 5月会合議事要旨、2023年5月24日
2.出所:英国国家統計局、2023年5月24日
3.出所:ブルームバーグニュース、“BOE Governor Says UK Inflation Is Taking Longer to Come Down”、 2023年5月24日
4.出所:YouGov/Citigroup、2023年5月1日
5.出所:ミシガン大学、2023年5月26日
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