銀行危機の拡大を防ぐために規制当局が対策を講じる一方、FRBの次の一手は?
〔要旨〕
- 迅速かつ強力な政策対応:危機によって生じたいくつかの重要な問題に対して対応が取られた
- 銀行セクターのリスク増大:政策金利の引き上げからリスクが高まったものの、支払不能となる状況は回避される見込み
- FRBの次の一手の重要性:引き締めサイクルの長期化や新たなサイクル開始の場合、銀行セクターへのより強いプレッシャーとなり、景気後退リスクの高まりや、持続可能な景気回復開始のタイミングの遅れを招く可能性
政策対応
今後の見通し
投資への示唆
基本シナリオに対するリスク
2022年に中央銀行が積極的な利上げを開始した頃、私がグローバル・マーケット・ストラテジー・オフィスの同僚と話していたのは、「何らかの破綻が起こるのではないか?」ということでした。「金融政策の影響は長く可変的なラグを伴って表れる」という合言葉を私たちは熟知しており、米連邦準備制度理事会(FRB)や他の中央銀行が金利を急速かつ大幅に引き上げるほど、何らかの破綻が起こる可能性が高くなることが予想されましたが、それが何かまでは分かりませんでした。
私たちは、昨年9月に英国で「ミニ予算」が発表され、英国債の利回りが大幅に上昇した後、数日のうちに破綻が起こったのを目の当たりにしました。これに対する政策対応は、迅速で心強いものでした。イングランド銀行は英国債の買入介入を行い、危機の連鎖の回避に動きました。財務大臣が交代し、最終的には新首相も辞任しました。このとき私は、他にも破綻の深刻なリスクはあるものの、各国政策当局はそうしたリスクに非常に敏感なため、危機を回避するべく迅速に介入する可能性が高いと考えるようになりました。そして、迫りくる米国の銀行危機に対して、週末にかけてまさにそうした対応が行われたのです。
中央銀行による積極的な金融引き締めを受け、銀行の資金繰りへのプレッシャーは以前から高まっていましたが、先週頂点に達しました。デジタル資産業界と密接な関係にあるシルバーゲート・キャピタルは、暗号通貨市場の下押し圧力を受けて顧客からの預金の多額の引き出しが行われたため、閉鎖を発表しました。シリコンバレー銀行は、融資条件の厳格化とテクノロジー業界に対する逆風を受け、投資目的ポートフォリオに損失が生じたことから、水曜日に株式増資を発表しました。シリコンバレー銀行はその後身売りに失敗し、規制当局によって金曜日に閉鎖されました。週末にかけて、シグネチャー銀行も規制当局により閉鎖されました。
木曜日と金曜日の市場の反応は非常にネガティブで、株式は売られ、米国2年債利回りは2008年以来、最大の低下となりました。他の銀行もシリコンバレー銀行と同じような状況に陥り、預金引き出しをカバーするために赤字で資産を売却せざるを得なくなる可能性があることから、今回の事態は単独ではなく、崩壊の連鎖の始まりになるかもしれないとの懸念も生じました。
投資家にとっては、潜在的な多額の時価評価損が、米連邦預金保険公社(FDIC)が6200億ドルと推定する、米銀全体の含み損に与える影響が懸念されました1。また、一部のテクノロジー企業やバイオテクノロジー企業への波及的な影響も懸念されました。シリコンバレー銀行は、米国のベンチャーキャピタルの支援を受けたテクノロジー企業やライフサイエンス企業の約半数の銀行パートナーとなっており2、これらの企業の多くは、シリコンバレー銀行の閉鎖により、給与やその他の必要な支払いのための現金にアクセスできなくなってしまうためです。
政策対応
幸いにも週末にかけて、政策当局により迅速かつ強力な対応が取られました。米国政府は、この銀行危機を乗り切るための新たな枠組み、銀行向けターム資金調達プログラム(BTFP)を発表しました。BTFPは、銀行が債券ポートフォリオを担保にFRBから借り入れを行い、顧客の預金引き出しに対応できるようにするもので、シリコンバレー銀行のように損失を出してまでポートフォリオの売却を行う必要がないよう計らう枠組みです。
また連邦規制当局は、シリコンバレー銀行とシグネチャー銀行の預金者に対して全額を払い戻すと発表しました。これは危機の連鎖の懸念に対処したもので、金融システム全体に対するリスクの低減に寄与すると考えられます。平たく言えば、これらの銀行の流動性危機は、支払不能の危機や、より多くの地域銀行、専門銀行の流動性危機へと波及しうる(そしてそれは、世界金融危機を想起させる)ことから、迅速かつ包括的な政策対応により回避されねばなりませんでした。
この新しい枠組みにより、非常に緩和的な金融環境に対して急速な引き締めを行ったことで生じたいくつかの問題に対処することができるようになります。資金繰りが非常にタイトな銀行も、(市場価格でなく)額面に基づいて債券融資を受けられるようになるため、倒産件数は抑制されるでしょう。この枠組みの導入によりFRB は、長期にわたる超緩和政策から急速な引き締めに転換したことにより生じたいくつかの問題に、少なくとも一時的には効果的に対処したといえます。
規制当局が、国債は(クレジットリスクやデフォルトリスクなどの)リスクがないと見なせるとの考え方を助長し、銀行やその他の機関がリスク加重自己資本比率を高めるために国債依存を奨励していたことも認識しておく必要があります。国債は明らかに大きな価格変動リスクにさらされており、(満期まで保有できず、時価評価されない場合)大きな損失を生む可能性があります。この枠組みは、そのような規制的判断が直接的に生んだ影響に対応するものといえます。
今後の見通し
先週の状況は、「FRBプット」が健在であるとの見方を強めると考えています。FRBが大幅に政策金利の引き上げを行う可能性は当面低いと思われますが、この新しい枠組みの導入によって、先週金曜日時点よりも、金利引き上げ継続の余力が大きくなる可能性はあります。
現時点での良いニュースは、規制当局が変動する市場環境に迅速に反応し、預金の安全性を確保しつつ銀行破綻を可能にするという堅実な対応を取っていることです。これにより、安全性を求めてより国際的に重要な銀行への資金移動が起こる事態も回避できるのではないでしょうか。
私たちは、米国その他地域を問わず、銀行、保険会社、その他の長期債券保有者が同様の問題に直面するリスクはあると考えています。もちろん、現下の債券利回りの低下がトレンドになれば、この問題の緩和に寄与するでしょう。当面、大手金融機関に対する監督、規制および資本の大幅な強化が行われていることから、金融機関の破綻は単独の事象にとどまり、システミックな連鎖となる見込みは低いものの、そのリスクは高まっています。
また、世界的に金融システムの重要な部分で大幅な流動性不足が生じた場合、世界金融危機の最中またはそれ以降に、グローバル金融マネジメントの一環として時折見られた、ドルスワップラインの再導入をFRBが行っても不思議はありません。
投資への示唆
銀行セクターの信頼が揺らいだ分、米国経済への信用供給が減少し、経済成長(および恐らくインフレ率)が鈍化し、景気後退のリスクが高まる可能性があります。予想金利の低下が続き、FRBによる利上げがターミナル・レート(利上げの終着金利水準)まであと0.25-0.5%ほどを残すのみであれば、ドル安につながり、長期資産や新興国市場のパフォーマンスを支える可能性があります(銀行危機が米国内のみにとどまった場合)。また奇妙なことに、成長要因へのエクスポージャーが高く、ドル安が多国籍企業の収益向上につながることから、米国株式市場を支えていく可能性もあります。
FRBの今後の動向には大きな不確実性があることから、当面はボラティリティが高くなると予想しています。次回の米連邦公開市場委員会(FOMC)及びそこで発表されるドットプロット(FOMCメンバーによる金利予測分布図)から、より確実な情報を得ることができるでしょう。
基本シナリオに対するリスク
今回の金融アクシデントによる市場環境の引き締めにもかかわらず、米国ではインフレが持続する可能性があることを認識する必要があります。また、市場が政策金利の引き上げ回数の減少や、政策金利の引き下げへの早期転換などに向けて再評価を行うようになることから、FRBがシリコンバレー銀行やシルバーゲート・キャピタル破綻の影響を抑えるために取った行動が、金融環境の緩和につながるリスクもあります。この場合、経済が再び加速し、依然としてタイトな労働市場をさらにタイト化させ、インフレ圧力の上昇に寄与する可能性があります。その場合、FRBは引き締めを再開する必要に迫られるかもしれません。
いずれにせよ、FRBが金利引き上げの「一時停止ボタン」を押したり、すぐに緩和的な政策に移行するには、今後のインフレ緩和の度合いは満足いくものではないかもしれません。2月の米雇用統計は堅調で、賃金の伸びは予想を下回ったものの、新規雇用の創出は予想を上回りました。そのため、火曜日の米消費者物価指数(CPI)は、FRBが次回の金融政策決定会合前に受け取る最後のデータの1つであるため、重要な意味を持ちます。引き締めサイクルが長期化したり、新たなサイクルに入ったりした場合、銀行セクターへのより強いプレッシャーとなり、景気後退リスクの高まりや、持続可能な景気回復開始のタイミングの遅れを招く可能性があります。
1. 出所:連邦預金保険公社、2022年12月31日
2. 出所:Kinder, Tabby et al.、Silicon Valley Bank shares tumble after launching stock sale、Financial Times、2023年3月9日
ご利用上のご注意
当資料は情報提供を目的として、インベスコ・アセット・マネジメント株式会社(以下、「当社」)が当社グループの運用プロフェッショナルが日本語で作成したものあるいは、英文で作成した資料を抄訳し、要旨の追加などを含む編集を行ったものであり、法令に基づく開示書類でも金融商品取引契約の締結の勧誘資料でもありません。抄訳には正確を期していますが、必ずしも完全性を当社が保証するものではありません。また、抄訳において、原資料の趣旨を必ずしもすべて反映した内容になっていない場合があります。また、当資料は信頼できる情報に基づいて作成されたものですが、その情報の確実性あるいは完結性を表明するものではありません。当資料に記載されている内容は既に変更されている場合があり、また、予告なく変更される場合があります。当資料には将来の市場の見通し等に関する記述が含まれている場合がありますが、それらは資料作成時における作成者の見解であり、将来の動向や成果を保証するものではありません。また、当資料に示す見解は、インベスコの他の運用チームの見解と異なる場合があります。過去のパフォーマンスや動向は将来の収益や成果を保証するものではありません。当社の事前の承認なく、当資料の一部または全部を使用、複製、転用、配布等することを禁じます。
MC2023-031