先週の銀行セクターの混乱を受け、FRBは利上げを行うか?
〔要旨〕
- 銀行の問題は限定的となる可能性:信用リスクの市場価格に基づくと、金融システムにおける先週時点での顕在的なリスクは今のところクレディ・スイスに集中している
- 政策当局は迅速に対応:金融・財政当局は、昨年秋に問題が出始めてから、4つの問題に対しそれぞれ果断な対応をとった
- FRBは今後どう出るか?:FRBは今週会合を開き、銀行セクターにおける深刻な問題発生を受け、金融政策をどうするか決定する
1. これはシステミックな銀行危機ではない
2. 政策当局は迅速かつ強力に反応
3. 政策当局は、インフレ抑制のために政策金利を用いる一方、特定機関をターゲットとしてサポート
4. 先週、利回りが非常に大きく低下
今週のFRBの決定を予想
投資家にとってどのような意味を持つか?
ここ数カ月の間に私のプレゼンテーションを聞かれたことのある方は、最初の方のスライドにあるシンプルな言葉の引用を覚えておいでかもしれません。
「今年、世界の多くの中央銀行が同時に利上げを行っているが、過去50年間には見られなかったものだ…」
この引用は、世界銀行が昨年9月に発表した書面からとったものです。これは、2022年がいかに深刻な状況だったか、特にほとんどの資産クラスにとっていかにひどい状況だったかを認識するものであると同時に、こうした積極的で同期的な引き締めの結果、意図しない結果が生じる可能性があることを認めたものでもありました。
そして現在です。先週は、一部の米銀が直面した一連の問題が報じられ、欧州ではクレディ・スイスの問題が急速に表面化しました。当然のように、この先より多くの問題が生じ、重大な危機につながるのではとの懸念が高まっています。
しかし私はそうは思いません。以下では、状況を慎重かつ建設的に見定めるべきであり、単純に否定的にみるべきではないと考える主な理由をお話ししたいと思います。
1. これはシステミックな銀行危機ではない
いくつかの銀行が、特定のビジネスモデルと密接に関連していそうな問題に直面しました。
- ポートフォリオの金利リスクをヘッジしていた銀行もあった一方、ヘッジしていなかった銀行は投資ポートフォリオの損失を被りました。
- また米連邦預金保険公社(FDIC)の保険でカバーされていない預金割合が高い銀行がいくつかあり、それらの銀行には預金をカバーする資産がないとの不安から、預金引き出しにあう可能性が高い状況です。
しかし、FDICの保険でカバーされず、かつ、資産の割合が高く損失を出すという両方のカテゴリーに分類される銀行は、ごく一部に限られています。
信用スプレッドの状況は、銀行が直面している問題が、連動したものではなく固有のものであるとの見方を裏付けています。信用リスクの市場価格に基づくと、金融システムにおける先週時点での顕在的なリスクは今のところクレディ・スイスに集中しています。実際、過去1年にわたりクレディ・スイスは、各国の規制監督当局・国際機関から構成される金融安定理事会によって「グローバルなシステム上重要な銀行」と位置付けられている大規模金融機関のリストの中で、ほぼ一貫してクレジット・デフォルト・スワップのスプレッドが最も高いという特徴がありました。このリストに掲載されている銀行のクレジット・デフォルト・スワップのスプレッドをより広範に測定すると、市場は他の金融機関が同様のリスクを抱えているとは認識していないとみられ、従って破綻が連鎖するリスクは低いと考えられます1。とはいえ、全てが完全に解決したわけではありません。一部の銀行は、規制で定められた以上の自己資本比率を維持するために増資を必要とする可能性もあります。
もしこれがシステミックな危機であれば、欧州中央銀行(ECB)は先週0.5%の政策金利の引き上げを行わなかったでしょう。0.5%の引き上げを行うことで、ECBは、平常運転であるとのメッセージを発したといえます。
先週木曜日の深夜、米連邦準備制度理事会(FRB)が、90日までの融資を行う貸出制度(ディスカウントウィンドウ)から1,529億ドル、さらに1年までの融資を行う新しい信用枠「銀行向けターム資金調達プログラム」から119億ドルの融資が行われたことを明らかにしたのは注目すべきことです。これは通常よりはるかに多く、パンデミックや世界金融危機の際に見られた連銀貸出制度の融資のピークをも実際上回っています2。ただし、ファースト・リパブリック銀行がFRBから約1,000億ドルの融資を受けたことを明らかにしたことから、貸出制度からの緊急融資の多くを1行が占めており、これがシステミックな動きではなく特定の銀行の動きであるという見方に関するコンセンサスを強めるものとなっています3。また銀行全体にリスクが波及した場合にそうなるように、銀行システム全体から預金が流出しているのではなく、預金はファースト・リパブリック銀行のような中堅地方銀行から、大手銀行へ移動している状況のようです。
2. 政策当局は迅速かつ強力に反応
金融・財政当局は、昨年秋に問題が出始めてから、以下のような4つの問題に対しそれぞれ果断な対応をとりました。
- 以前のレポートで述べたように、昨年秋に英国債利回りが大幅に上昇した際に発生した英国の年金問題に対して、イングランド銀行(BOE)と英国政府は迅速な対応を行いました。
- そして3月12日には、シリコンバレー銀行を始めとするいくつかの銀行の問題に対処するため、米国政府が介入しました。
- その週の後半には、米国が関与し、米大手銀行コンソーシアムがファースト・リパブリック銀行に無保険の預金を行うことで流動性を支援するスキームを手配しました。
- また3月19日には、スイス国立銀行(中央銀行)がクレディ・スイスに流動性支援を行い、UBSによる買収支援に関わりました。さらに世界の主要な中央銀行が、十分な流動性確保のため、スワップオペレーションの頻度を週次から日次に増やしたことが発表されました。
貸出制度を通じた融資などの迅速な政策対応のニュースが続くと、当初は市場に不安を与えるかもしれませんが、強力なバックストップが利用可能であると強調することで、むしろ市場に自信を与えることになるかもしれません。
3. 政策当局は、インフレ抑制のために政策金利を用いる一方、特定機関をターゲットとしてサポート
多かれ少なかれ教科書に沿った形で、そして英国の年金基金業界が受けたプレッシャーにBOEが対応したのと似たような形で、FRBの貸出制度や新しい「銀行向けターム資金調達プログラム」等の流動性供給の枠組みは、預金引出にさらされている地方銀行をターゲットとしています。シリコンバレー銀行やシグネチャー銀行のように持続不可能な損失を抱える破綻銀行や、クレディ・スイスのようにビジネスモデルに課題を抱えた銀行は、再編されたり買収されたりしています。
英国の年金ショックのケースを考えてみましょう。BOEは、年金セクターをターゲットとした流動性支援と一時的な英国債買入の対応を補完する形で、インフレ抑制と物価安定の回復のため、利上げを継続しました。ただし利上げ継続の一方、そのペースは緩め、利上げをより早期に終了する可能性を示唆しました。私たちは、ECBは事実上それと同じ方向に進んでいるとみており、今週の後半にはFRBも同様のことを行うと予想しています(この点については以下でさらに詳しく述べています)。
さらなる金融ショックがあるかもしれませんが、それはシステミックな危機を意味するものではありません。金融政策は、銀行を経由した市場の金融情勢を通じて、間接的にはプライベートマーケットを通じてその政策効果を発揮しますが、プライベートマーケットの多くは、資金調達や評価指標を通じてパブリックマーケットとも連動しています。
従って金融市場のボラティリティーは、成長率やインフレ率が高すぎ、失業率が低すぎる場合に、それを減速させるために必要な引き締め政策の一部と言えます。同様に、金融緩和と金利低下による金融安定化は、中央銀行が景気悪化に際して成長、雇用、インフレ回復のために行うものと言えます。
2008年の世界金融危機と2010-2012年にかけてのユーロ圏金融危機の記憶から、私たちはみなシステミックな金融危機のリスクを非常に注視しています。しかしこれまでも、FRB の引き締め後に発生した、一部地域または業界に限られ、かつシステミックでない金融危機は多くありました。欧州連合(EU)では銀行が過去10年間でバランスシートを徐々に改善し、資本と流動性のバッファーを増やしており、より良く状況を乗り切ることができると考えられます。
4. 先週、利回りが非常に大きく低下
先週述べたように、銀行セクターの混乱により、債券利回りが非常に大きく低下しました。米2年債利回りは3.81%と(3月初めに5%を超えた後)4%を大きく下回り、米10年債利回りは3.39%で週を終えました4 。これは米国だけでなく、ドイツの10年債利回りも月初に2.7%程度だったものが2.09%に低下しました5 。こうした債券利回りの低下が続くことで、銀行やその他機関は、こうした問題に直面するプレッシャーから解放されています。とはいえ、金融ショックが景気後退を引き起こす可能性は高まっており、大幅な信用低下の可能性を無視することはできません。景気後退のリスクは明らかに高まっていますが、もし仮に起こったとしても、労働市場の状況が堅調であることから、より穏やかなものとなる可能性が高いと考えます。
今週のFRBの決定を予想
今週FRBは金融政策決定会合を開きますが、これは積極的な利上げがもたらした銀行セクターにおける深刻な問題を受けて、金融政策をどうするか決める非常に重要な会合となります。そこでは0.5%の利上げから利上げの見送りまでさまざまな可能性が考えられますが、大方の予想では0.25%の利上げとみられています(一部では0.25%の利下げを求める声も)。
私はFRBの決定は0.25%の利上げとなるとみています。ECBは0.5%の利上げに踏み切ったことから、少なくとも0.25%の利上げであれば、これが危機との認識ではないと確認できると思います。もし0.5%の利上げとなれば、ここ数日金融情勢が既に引き締まっていることからすると、やり過ぎのように思えます。
FRBが決断を下す際に考慮すべきことのひとつは、インフレ期待です。先週、ミシガン大学消費者調査(速報値)が発表され、1年先と5年先の期待インフレ率がともに低下したという良いニュースがありました6 。このことにより、数週間前に銀行問題が浮上するまで可能性が高いとされていた0.5%の利上げを行わないという決断を、FRBはより楽に行えるはずです。しかし、インフレは依然として高く、賃金は上昇を続けており、労働市場は依然としてタイトな状況です。より緩やかな0.25%の利上げならば、FRBが好調な労働市場と金融ストレスの対比のバランスをとる上で役に立つでしょう。
米連邦公開市場委員会(FOMC)の経済見通し及びドットプロット(FOMCメンバーによる金利予測分布図)が普段にもまして注視されることになるでしょう。一部のFOMCメンバーが、成長、雇用、インフレ、FRB金利の動向について予測を下方修正する可能性があり、これにより政策の予想経路は市場のピボット(政策転換)を期待する見方に近づくと思われますが、おそらく完全にそうなることはないでしょう。
投資家にとってどのような意味を持つか?
総合すると、短期的にはディフェンシブなポジションをとりつつ、金融ストレスの収束が明らかになった場合にはその時点で、より長期的でリスクが高く、流動性の低い資産へのエクスポージャーを拡大できるキャパを保持することが、依然として理にかなっていると考えます。
また、金融ショック前後に不確実性が高まる傾向があることもディフェンシブなポジションをとる理由であり、見通しが明確になったときに展開できる「ドライパウダー(まだ投資に回していない待機資金)」を持っておく必要があると考えます。代替シナリオを考慮に入れておくことは、このような時期には非常に有効な手立てとなり得ます。
大西洋の両側で、景気後退が早まり、深刻化するリスクが高まっています。また銀行セクターの問題がより広範囲に及ぶリスクもありますが、私たちはその可能性は低いとみています。私たちは、高頻度のマクロデータを引き続き注視し、特に金融ストレスや安定性を示す指標(全体的な金融環境、中央銀行による融資枠組みの利用状況、短期資金調達市場におけるプレッシャーの度合、特にレバレッジの効いた機関の銀行・金融エクイティなど)に焦点をあてていきたいと考えています。
前向きな点として、債務上限危機のリスクはいくらか減少したと思われます。現下の銀行問題により、米国政府が、危機に直面した際に支援を提供する財務的柔軟性を持つ必要性がクローズアップされました。
もう一つのリスクは、FRBやECBが引き締めをあまりに早期に減速することで、今後のインフレ率の低下の道筋が十分に満足いくものとならず、より積極的かつ長期の引き締めサイクルの再開を余儀なくされる可能性があるという点です。引き締めサイクルが長引けば、銀行セクターへのプレッシャーが増し、景気後退リスクの高まりや、景気回復開始のタイミングの遅れを招く可能性があります。
1.出所:ブルームバーグ、インベスコ、金融安定理事会、2023年3月16日、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)商品は、一部の機関について1年満期のものを使用しています。データの入手が困難なため一部の機関を除外しています。金融機関リストは3月16日に入手したものであり、過去の構成比を反映していないため、サバイバーシップ・バイアスがかかっている可能性があります。
2.出所:FRB、2023年3月16日
3.出所:ファースト・リパブリック銀行、“Reinforcing Confidence in First Republic Bank”
4.出所:ブルームバーグ、2023年3月17日
5.出所:ブルームバーグ、2023年3月17日
6.出所:ミシガン大学消費者調査(速報値)、2023年3月17日
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MC2023-036