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中央銀行のニワトリがねぐらに帰る時、何が起こるか?

中央銀行のニワトリがねぐらに帰る時、何が起こるか?
〔要旨〕
  • 米国:一歩引いて、米国の経済減速とディスインフレという大局を見ることなく、市場は個々のデータに対して素早く反応する状況となっている
  • カナダ:カナダ銀行は慎重を期して利上げを一時停止したものの、翌日には金利が十分高くない可能性を示唆した
  • ユーロ圏:経済成長を鈍化させるためのECBの積極的な引き締めが、行き過ぎたのではないかとの懸念が生じている
 
数少ない良好なデータが、米利上げ懸念に拍車をかける
その他のデータは、今夏の米経済成長が控えめだったことを示唆
金融政策のラグ効果がFRBの仕事を複雑にする
カナダは引き締めを一時停止したが、いつまで?
オーストラリアは利上げを一時停止、しかし方向転換の準備はできている
ユーロ圏の成長率低下が利上げの一時停止につながる可能性
日本が緩和的な金融政策を変更する可能性は?
結論:中央銀行がもたらした市場への影響はすぐには無くならない
 

自分の行いが最終的に自身にはね返ってくるという意味の、「ニワトリはねぐらに帰る」ということわざを、最近よく思い浮かべます。どのように育てられたかが、その子の成長に反映されるという意味で、私はこれを普段は子育ての文脈で見ています。例えば、私の母は子供たちが小さい頃によく世話を手伝ってくれましたが、こまめに掃除をする きれい好きでした。当然のように、長男はすぐに掃除に熱心な子供になりました。おもちゃ箱に除菌スプレーとペーパータオルを収納し、ナプキンでレストランの窓を拭くこともありました。母の影響で我が家は、とてもきれい好きの「小さなニワトリのねぐら」となったのでした。

このことわざを、経済の文脈でも考えずにはいられません。いくつかの国の中央銀行による積極的な金融引き締めを経て、私たちは「ニワトリがねぐらに帰る」のを待っています。ニワトリ(「インフレのニワトリ」と「成長のニワトリ」の両方)がどのような姿になるかについては、意見が分かれており、市場は予期せぬ結果に対して神経質になる可能性があります。

 

数少ない良好なデータが、米利上げ懸念に拍車をかける

米国では先週、「良い報せは悪い報せでもある」というストーリーが台頭し、良好な経済データが発表されると、米連邦準備制度理事会(FRB)が追加利上げの必要性を感じるのではとの懸念に拍車がかかりました:

  • 8月の米新規失業保険申請件数は予想を下回り、申請件数の減少傾向が続いています1
  • 8月の米ISMサービス業購買担当者景気指数(PMI)は54.5となり、7月より1.8ポイント上昇しました。特に新規受注サブ指数は57.5と好調で、価格サブ指数も58.9まで反発しました2
     

その他のデータは、今夏の米経済成長が控えめだったことを示唆

しかしこれ以外のデータは、米国経済の冷え込みを示唆しています:

  • 8月のS&Pグローバルの米サービス業PMIは50.5となり、サービス業の伸びが過去7カ月で最も鈍化したことを示しました3
  • 直近の2023年7月雇用動態調査(JOLTS)によると、米国の求人件数は880万人で、パンデミック前の水準ほどではないものの、2022年7月の求人件数1140万人を大きく下回っています4。離職率は低下し、労働力参加は上昇しており、これらは全て労働市場の冷え込みを示唆しています。
  • 私が最も重要だと考えるのは、賃金の伸びが緩やかになっていることです。ウォルマートによる、一部のエントリーレベルの職種の初任給を従来よりも低くするとの先週の発表は、緩和しつつある労働市場の状況を象徴しています。

直近のFRBベージュブック(米地区連銀経済報告)に掲載された定性的情報からも、今夏の米国の経済成長が控えめなものだったことが示唆されています。旅行等の分野で選択的な消費支出が見られたものの、その他の小売支出、特に必需品以外の小売支出は引き続き緩やかになっています。

ベージュブックのヒアリングに応じた人の中には、家計の貯蓄が底をつき、消費者が支出の下支えのため借り入れを行っているのでは、との懸念を口にする人もいました。ほとんどのFRB地区では、消費者金融の借入残高が増加しており、延滞も増加していると報告されています。

私の労働市場についての見方が、ベージュブックによって裏付けられました。雇用の伸びは全国的に低調と報告されました。更に重要なのは、ほぼ全ての地区で賃金の伸びが短期的に鈍化すると予想されていることです。また私の、インフレは全般的に不完全ながらも低下し続ける、との見方もベージュブックによって裏付けられました。ほとんどの地区で物価の伸びが和らぎ、製造業と消費財のセクターではより大きく減速しました。

ただし今、全てがバラ色というわけではありません。最近の見出しを見れば驚くことではありませんが、いくつかの地区では、財物保険料の大幅な上昇が報告されています。またいくつかの地区で、投入価格の伸びが販売価格の伸びほどには低下しなかったため、利益率が低下したと報告されていることも、注目に値します。

更に全米自動車労組(UAW)がストライキを起こす可能性もあり、そうなればサプライ・チェーンの混乱からインフレに一時的な上昇圧力がかかる恐れがあり、既に動揺している市場により大きな影響をもたらす可能性があります。
 

金融政策のラグ効果がFRBの仕事を複雑にする

現実には、金融政策のラグ効果により、中央銀行はほとんど目隠しをして飛行している状態です。ジャクソンホールで、パウエルFRB議長はまるでバイロン卿(イングランドの詩人)になりきり、「私たちは曇り空の下で、星を頼りに航海しているようなものだ」と雄弁に語りました。

このような不確実性から、市場は一歩引いて、米国の経済減速とディスインフレという大局を見ることなく、個々のデータに対して素早く反応する状況となっています。市場は数少ないデータを基に、「ねぐらに帰ってくるニワトリ」についての想定を立てています。

私は、先週発表された、シカゴ連銀のエコノミスト達による研究に注目することが重要だと考えています5 。彼らのモデルでは、既に実施された引き締めが、景気後退をもたらすことなく、2024年半ばまでにインフレ率をFRBの目標値近辺に戻すのに十分であることが示唆されています。

私は、米国が景気後退を回避できる(ただし、先週を含め何度も申し上げてきたように、バンピー(でこぼこした)・ランディングにはなるでしょう)という点も含め、この評価に同意します。そういう「ニワトリ」であれば、ねぐらに戻った際に両手を広げて歓迎されるでしょう。
 

カナダは引き締めを一時停止したが、いつまで?

カナダでは、積極的な金融引き締めの結果、どのような「ニワトリ」がねぐらに帰ってくるかが明確ではありません。そのため、カナダ銀行(BOC)は非常に慎重な姿勢をとり、先週水曜日に引き締めの一時停止を決定しました。

しかし木曜日には、マックレム総裁は講演で厳しい口調で、金利が十分に高くない可能性を示唆しました。これは、金曜日に発表されたカナダの雇用統計で、8月の雇用者数が予想を大幅に上回ったことにぴったりつながるものとなりました。

マックレム総裁はパウエルFRB総裁と同様に、インフレ抑制のために厳しい発言をする必要があります。しかし私は、カナダが再び引き締めを行う必要はないのではないかと考えています。カナダの「ニワトリ」は、米国と似たようなものになるでしょう。
 

オーストラリアは利上げを一時停止、しかし方向転換の準備はできている

オーストラリア準備銀行(RBA)も、合理的な期間にインフレ率を目標値まで引き下げるのに十分な対応を行ってきたとの考えから、先週の会合で利上げの一時停止を決定しました。ただし、先行きの不透明感についても認識しつつ、必要があれば更に引き締めを行うと約束しました。

RBAのロウ総裁は、インフレ期待を頼みにしているようです。彼は先週の声明で、「高インフレが人々の期待に定着してしまうと、後になってそれを引き下げるのは、金利の更なる上昇、失業率の更なる悪化など、非常に大きなコストを伴うだろう。今日まで、中期的なインフレ期待はインフレ目標と整合的であり、この状態を維持することが重要である」と説明しました6

オーストラリアでどのような「インフレのニワトリ」がねぐらに帰ってくるかを左右する可能性が高いことから、インフレ期待については注意深く見守っていきたいと考えています。
 

ユーロ圏の成長率低下が利上げの一時停止につながる可能性

ユーロ圏では、直近のPMIに表れているように、積極的な引き締めが行き過ぎたのではないかとの懸念が生じています。今週後半の欧州中央銀行(ECB)理事会に注目が集まっています。ECBが利上げを行うかどうかについては、これまでの利上げがもたらす結果が不透明であることから、不確実性が高い状況です。短期間のうちに成長見通しが大幅に悪化したことから、ECBは病気の「ニワトリ」をねぐらに帰すリスクを冒すよりも、今週の会合では慎重を期し、特に行動を起こさない可能性の方が高そうです。
 

日本が緩和的な金融政策を変更する可能性は?

週末、日銀の植田総裁は、他の主要先進国の中央銀行とは大きく異なる超緩和的な金融政策スタンスについて言及しました。植田総裁は、賃金と物価が現状の日銀の(緩和的)スタンスの後退を正当化するかどうか、判断する上で十分なデータが2023年末までに得られるだろうと示唆しました。最近の国内総生産(GDP)成長率は好調ですが、植田総裁は政策を変更する前に、今後起こるであろう状況を示唆する、より多くの兆候を待っています。日本経済が日銀のインフレ目標に近づいていると植田総裁が判断できれば、緩やかに引き締めを行っていくのは問題ないと考えているようです。その一方、「インフレのニワトリ」を待つ間に、彼の発言により円高が後押しされています。
 

結論:中央銀行がもたらした市場への影響はすぐには無くならない

要するに、中央銀行の政策の各国経済へのラグ効果から、中央銀行は市場に対して過大な影響をもたらし続けています。その影響は、通貨市場、債券市場、株式市場に及びます。

では短期的にそれは、市場にとってどのような意味があるのでしょうか。

米国経済は成長率が改善し、景気後退の可能性が低下しているため、資本財、素材、エネルギーなどのシクリカルセクターや中小型株の短期的なパフォーマンスが上昇する可能性が高いと私は考えています。特に、今週追って発表される米消費者物価指数のコア指数が、ディスインフレのシナリオに沿う結果となった場合はなおさらです。

欧州と英国はより成長の逆風にさらされていますが、特に成長に改善が見られ始めた場合、これらの地域において、シクリカルや中小型株が良好なパフォーマンスを上げる可能性があります。加えて、欧州株と英国株のバリュエーションははるかに魅力的です。米ドル安も海外株、特に多くの国でマクロ経済が好転している新興国株にプラスに働くでしょう。

債券では、良好なマクロ経済環境と相対利回りの高さから、米国ハイイールド債、バンクローン、ハードカレンシー建て新興国債などの「リスクオン」の資産クラスが魅力的に映ります。

とはいえ、長期米国債利回りが上昇し、株式が下落した先週のような、市場行動の引き金となるデータが更に出てくる可能性があります。どの「ニワトリ」がねぐらに帰ってくるのか、その不確実性を市場が反映する日が、いつか来るでしょう。

 

1.出所:米労働統計局、2023年9月7日
2.出所:米供給管理協会、2023年9月6日
3.出所:S&Pグローバル、2023年9月
4.出所:雇用動態調査(JOLTS)レポート、米労働統計局、2023年8月29日
5.出所:シカゴ連銀レター No. 483、“Past and Future Effects of the Recent Monetary Policy Tightening” by Stefania D’Amico and Thomas King、2023年9月
6.出所:オーストラリア準備銀行 ロウ総裁声明、総裁:金融政策決定、2023年9月

 

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MC2023-142