グローバル株式市場の当面の注目ポイント
要旨
年内の株価を抑制する4つの要因
グローバルな株価の上昇にブレーキがかかりつつあります。今後、年内のグローバル株式市場においては、①デルタ株などコロナ問題による悪影響、➁中国経済の減速、➂先進国における景気のピークアウト、④インフレによる企業業績の圧迫―の4つが株価を抑制する要因になるとみられます。
年内の株価を支える4つのサポート要因
その一方、①ワクチン接種の普及によるグローバル景気回復の継続、➁主要中央銀行による金融緩和の継続、➂グローバルな設備投資の加速、④主要先進国における「大きな政府」への動き―が年内のグローバル市場における株価サポート要因となるでしょう。私は、年内はこれらの株価を抑制する要因と株価を支える要因による力が拮抗し、株価がグローバルに横ばい圏で推移する可能性が高いと見込んでいます。ただし、日本株については、新政権下での大型経済対策とグローバルな設備投資ブームを背景とした資本財輸出の加速により、株価にはアップサイドの動きが見込めます。
2022年は再び緩やかな上昇軌道に
2022年に入ると、上記の株価サポート要因には大きな変化がないとみられる一方、株価抑制要因のうち、コロナ問題による悪影響、中国経済減速、インフレ懸念という3つの要因が弱まることが予想され、結果としてグローバル株価は緩やかに上昇する方向に転換すると見込まれます。
年内の株価を抑制する4つの要因
グローバルな株価の上昇にブレーキがかかりつつあります。米S&P500種指数は9月初めに高値を付けた後、10月4日までで4%超下落しました。①中国恒大の経営問題の表面化、➁9月のFOMC(米連邦公開市場委員会)でややタカ派的な姿勢が示されたこと、➂欧州での金利上昇が米国の長期金利上昇につながったこと―などが株価への下押し圧力をもたらしたと考えられます。欧州でも8月下旬に株価が下落傾向に転じています。日本株は9月初めの菅首相の事実上の退陣表明でいったん大きく上昇しましたが、米国株式市場の軟調や中国恒大問題によって比較的大幅の調整を余儀なくされています。FRB(米連邦準備理事会)のテーパリングについては金融市場での織り込みがほぼ終了したとみられるうえ、利上げについても当面は慎重な姿勢が維持されると見込まれる(当レポートの前週号「上昇後の米長期金利の行方」をご参照ください)ものの、当面はグローバル金融市場を取り巻く不透明感が払しょくされにくいとみられます。私は、年内までのグローバル株式市場においては、株価を抑制する要因として、以下の4つが鍵になるとみています。
1) デルタ株などコロナ問題による悪影響
夏場以降の全ての景気減速要因の中で最も大きな悪影響をもたらしたのがデルタ株のまん延であったことは論をまちません。欧州ではワクチン接種完了者が人口の6~7割程度に達した国が多く、現段階ではコロナ問題が医療体制に過度な負荷となる状況を概ね回避できています。しかし、ワクチン接種比率に地域的なばらつきがある米国では、宿泊業や飲食業などのサービス業における業況改善の動きが緩慢になってきました。中国など一部を除く新興国では、新規感染者の水準はなお高水準であり、本格的な景気回復を妨げています。デルタ株以外の変異株の拡大の可能性は残っている一方、北半球で寒い季節が到来しつつあることを踏まえると、株式市場ではコロナ問題が企業業績に及ぼす悪影響に対する懸念が持続するとみられます。
2) 中国経済の減速
私は年内に中国経済が減速する可能性が高い点について、当レポートにて今年前半からお伝えしてきましたが、直近で中国恒大の経営問題が深刻化してきたこともあり、中国経済の減速がグローバル株式市場におけるより重要な懸念材料となってきました。中国恒大については、その処理の行方次第ではより大きな問題に進展する可能性はあるものの、中国当局が比較的スムーズな解決に導くことで悪影響が連鎖的に広がる事態は回避されるとみています。しかし、足元で大きく減速した不動産投資は、当局による不動産価格コントロールの強化により、来年も低迷が続くとみられるうえ、当局が財政政策の正常化を指向する中でインフラ投資も弱めで推移すると見込まれます。さらに、先進国における経済再開に伴う巣ごもり需要の剥落によって、年末までには中国の輸出も減速方向に転換すると考えられることから、中国経済には短期的な下押し圧力がかかりやすく、それがグローバル株式市場にとって重石になると見込まれます。
3) 先進国における景気のピークアウト
ワクチンの普及による経済再開により、欧米の景気は2021年に入って大きく加速してきました。日本についても、希望する国民全員にワクチン接種が可能になるとみられる11月初め以降には経済再開の動きが顕在化するとみられます。こうした経済再開の動きによって先進国の成長モメンタムは年内に一時的に大きく強まるものの、経済再開の動きが一服すると、それを維持することは困難であり、2022年前半には前四半期比でみた経済成長率の減速は避けられないとみられます。2022年は先進国の経済成長率の水準は各国の潜在成長率を大きく上回るとみられるものの、金融市場参加者の間では、成長率はピークアウトした、という見方が強まることが予想されます。「株価は実体経済の6~9カ月先の動きを織り込みながら動くことが多い」と広く考えられていることを踏まえると、先進国景気のピークアウトという要因は年内の株価抑制要因になる可能性が高いと考えられます。
4) インフレによる企業業績の圧迫
グローバル株式市場でこのところより強く意識されつつあるのがインフレ懸念です。経済再開に伴う需要の回復に対して供給がすぐには追い付かず、原油、天然ガス、石炭の価格が多くの地域で上昇しているほか、労働者不足や物流でのボトルネック問題、中国での電力不足問題によって供給制約の問題が強まり、価格の上昇につながっています。現在生じている価格上昇は供給制約の問題であるという面が強いことから、多くの企業はコストの上昇に直面しています。コストの上昇分を販売価格に転嫁できれば良いのですが、それが難しいとみられる企業や業種ではマージン縮小への懸念が株価抑制要因となります。
年内の株価を支える4つのサポート要因
その一方、年内のグローバル市場では次の4つの要因が株価を支えるとみられます。
1) ワクチン接種の普及によるグローバル景気回復の継続
ワクチン接種の普及による経済再開は欧米先進国の多くでは実現されているものの、新興国の多くや日本では十分に進展していません。新興国の多くにおいてワクチン接種が現在の欧州並みに実施されるのは2022年前半とみられることから、そのタイミングで新興国の内需が回復し、グローバル景気の回復を支えることで、グローバルな株価が下支えされる公算が大きいとみられます。また、出張や休暇を目的として国境を跨ぐ旅行が活発化するのは2022年前半ではまだ本格化しないとみられるものの、活発化に向けての期待感が高まることで、株価をサポートする可能性が高まります。
2) 主要中央銀行による金融緩和の継続
FRBが11月2~3日のFOMC会合でテーパリングの実施を決めるのは既定路線と言えますが、債券の購入は小規模化するとは言え、2022年の半ばまでは継続する見通しです。また、FRBの設定する政策金利が長期的な中立水準(2.5%)にまで引き上げられるのは早くとも2025年以降になるとみられることを考えると、米国の金融政策は中期的に景気を支える役割を果たすはずです。一方で、ECBによる債券購入はFRBよりも長く継続するとみられます。金利政策については、ECBによる直近の民間機関へのサーベイ(9月実施)によれば、初回の政策金利引き上げが見込まれるタイミングは2024年10-12月期でした。ECBによる低金利政策も中期的に継続すると見込まれます。他方で、日本銀行による緩和政策がECBよりも長期化するとみられることを踏まえると、先進国の主要中央銀行による金融緩和政策は当面継続することが想定され、これがこれまで同様に株価を強力にサポートすると予想されます。
3) グローバルな設備投資の加速
経済再開とともに、欧米企業は設備投資に前向きになりつつあり、今後はその傾向が加速していくと考えられます。設備投資の加速は、日本やそのほかアジア地域でも見込まれます。その背景にあるのが、①コロナ禍で設備投資が抑制されていたことによるペントアップ需要の顕在化、➁デジタル・トランスフォーメーション(DX)関連投資の加速、➂温暖化ガス排出削減に向けた投資の活発化、④製造業企業による、中国から生産拠点を分散化させるための投資の活発化―です。こうした投資の活発化は今後のグローバル需要を支えていくとともに、生産性の上昇を通じて企業業績の拡大を促進することを通じて、グローバルに株価をサポートすると見込まれます。
4) 主要先進国における「大きな政府」への動き
コロナ後の重要なトレンドとして無視できないのが、主要先進国が「大きな政府」に向けて舵をきりつつある点です。この動きには3つの背景があります。第1は、コロナ禍が所得格差の拡大を促進した点であり、各国政府は政治的に経済面での弱者に手を差し伸べるための支出をコロナ前よりも増加するとみられるとともに、デジタル化が進行する社会にあって、デジタル人材を育てるための支出も増加させる必要に迫られています。第2は、中国の台頭です。先進諸国では、国家が産業政策として有望産業に多額の支援を行う中国の動きを念頭に、半導体産業などへの支援を強化するなど産業政策向けの支出を増加させる方向にあります。また、温暖化ガスの削減に向けて各国が高めの目標を設定する中、政府が支援を強めながらエネルギー政策の転換をすすめていくトレンドも明確になってきました。第3は、先進国政府によるインフラ投資の積極化です。米国では道路や鉄道などのインフラの老朽化が潜在成長率を押し下げる要素としてより強く意識されるようになっており、バイデン政権の提案したインフラ投資促進策が成立する可能性が高まっています。欧州でも、コロナ対策で個別国を支援するための策として、インフラ用の資金を各国に供与・貸与するプログラム(Next Generation EU)が始動しつつあります。これらの動きが重なり、先進国政府は財政規律を緩め、支出の増加に積極的になっており、これが経済成長の促進を通じて株価をサポートすることが予想されます。
以上で挙げた動きを踏まえると、年内は株価を抑制する要因と株価を支える要因による力が拮抗し、株価がグローバルに横ばい圏で推移する可能性が高いと見込まれます。ただし、日本株については、①岸田新政権による大型の経済対策が株価押し上げに寄与する可能性が高いこと、➁グローバルな設備投資ブームの到来により、日本企業が恩恵を受けやすいこと―から他の先進国と比較すると株価にはアップサイドがあると考えられます(当レポートの9月9日号「総裁選を前にした⽇本株市場の注目ポイント」をご参照ください)。
2022年は再び緩やかな上昇軌道に
私は、2022年に入ると、上記の株価抑制要因と株価サポート要因のバランスが変化するとみています。具体的には、株価サポート要因には大きな変化がないとみられる一方で、株価抑制要因のうち、コロナ問題による悪影響、中国経済減速、インフレ懸念という3つの要因が弱まることで、株価は緩やかに上昇する方向に転換するとみています。
まず、コロナ問題については、予想が非常に困難であるものの、世界の多くの国々でワクチンが希望者に普及するとみられる2022年前半には、金融市場におけるコロナ問題に対する懸念度合いが弱まる可能性が高いとみられます。また、中国経済については、当局による対策もあって今年の年末から来年初めにかけて成長率下振れ期待が低下すると考えられます。それと同時に、中国の経済成長率がコロナ前に比べて低いトレンドに転換するという方向性がグローバル金融市場におけるコンセンサスとして形成されるとみられます。さらに、インフレ懸念についても、現在のインフレ上振れ圧力が生じる主因である供給制約問題が時間とともに徐々に改善し、2022年後半にはインフレ率が実際に低下する可能性が高いとみられます。インフレ圧力が実際に低下しはじめるとともに、株式市場におけるインフレ懸念が弱まり、株価上昇に向けての条件が整うことが予想されます。今後はこれらのポイントを注視していきたいと思います。
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MC2021-170