特別レポート:米国の債務上限について
債務上限引き上げの議論が続く中、債務上限とは何か、予算編成とどう関係するのか、合意が得られないままXデーを迎えるとどうなるのか、対立を解消する方法はあるのか、といった質問を多く受けています。
本レポートでは、最もよく耳にする質問について説明したいと思います。
債務上限とは?
債務上限と予算との関係は?
債務上限はどれくらいのペースで膨らんだのでしょうか?
債務上限の引き上げは、常にこれほどの政治的な問題だったのでしょうか?
現在の債務上限に関する対立はいつ始まったのですか?
Xデーとは?
1月以降、債務上限をめぐる状況はどのように推移していますか?
米国が債務上限を引き上げずにXデーを迎えた場合、どうなるのでしょうか?
デフォルトが発生した場合、どのような影響がありますか?
1兆ドルのプラチナコイン発行の解決策とは?
この膠着状態を解決するために、合衆国憲法修正第14条を利用することとは?
委員会審査省略動議とは?
債務上限とは?
債務上限とは、米国政府が発行できる連邦債務の総額に対する法的な制限のことです。1917年、議会が個別の法案で各債務発行を承認しなければならなかったのを改善するために考案されたもので、議会の承認なしに、一定の債務限度額(債務区分ごとに上限あり)の範囲内で個別の債券を発行することができるようになりました。これは、債務発行のプロセスを容易にし、米国政府に大きな柔軟性を提供することを意図していました。1939年、議会はさらに一歩進んで、すべての債務を1つの債務上限に集約しました。
債務上限と予算との関係は?
債務上限は、連邦予算法とは別の法律であり、歳出と税収による財源見込みを定めたもので、主要国の中では独特なものとなっています。債務上限は、主に経済成長、雇用、インフレによって予算法と対立することがあり、予算法そのものとともに税収と支出を左右します。予算と債務上限に関する法律が異なる場合、米国財務省は窮地に立たされます。予算支出を忠実に実行し、債務上限を侵害するべきか、債務上限を尊重し、他の支出約束を控えるべきか、などです。
債務上限はどれくらいのペースで膨らんだのでしょうか?
債務上限は、1939年の450億ドルから1980年代前半には1兆ドルに増加しました。1980年代後半には3兆ドル近くになり、その後も増え続けています。1990年代後半には6兆ドル近くになり、2000年代末には12兆ドルにまで増加しました。現在では31兆3,810億ドルとなっています。
債務上限の引き上げは、常にこれほどの政治的な問題だったのでしょうか?
債務上限は、第二次世界大戦終了後、共和党と民主党の政権下で100回以上引き上げられ、長い間、日常的な作業と見なされていました。しかし、近年は債務上限引き上げをめぐる論争が多発し、より分断が進んでいます。2011年には債務上限をめぐる大きな論争があり、その結果、スタンダード&プアーズ社が米国政府の信用格付けを米国史上で初めて引き下げ、2011年予算管理法が成立しました。
2013年から始まる期間、債務上限をめぐる政治的な険悪さは少なくなり、議員たちは債務上限を特定の金額だけ引き上げるのではなく、一時停止するようになりました。そして2021年、債務上限は2回引き上げられました(一時停止ではありません)。それによって債務上限の正式に31兆3,810億ドルに引き上げられました。それが債務上限の引き上げの最後となりました。
現在の債務上限に関する対立はいつ始まったのですか?
2023年1月に31兆3,810億ドルの債務上限に到達しました。それ以来、連邦政府は新たな債務を発行することができなくなりました。そこで、連邦政府は債務を全額、期限内に支払うために「特別措置」を実施するようになったわけです。この臨時措置は、主に連邦政府の様々な投資基金、具体的には政府職員の健康関連基金や、ショックや危機があったときに金融市場に介入するためにまれに使われる「為替安定化基金」に対する財務省の投資を減らすことなどです。しかし、これらの特別措置は一時的にしか機能していません。
Xデーとは?
Xデーは、米国政府が臨時措置を使い果たし、債務を全額、期限内に支払うことができなくなる時期のことです。これは推定値であり、その推定値は税収(受取額は予想より少なかった)その他の要因で変化しています。財務長官は、6月初旬に危険ポイントが到来すると表明しました。
私たちは、次の四半期納税が行われる6月中旬まで、それよりももう少し余裕があると見ています。6月30日の支払額は1,430億ドルと見積もられており、7月まで持ちこたえられる可能性があります。
1月以降、債務上限をめぐる状況はどのように推移していますか?
バイデン政権は、共和党が交渉の出発点として具体的な提案をしてくるまで、共和党との交渉を拒否していました。4月下旬、共和党が支配する下院は、10年間で合計4.8兆ドルの予算削減と引き換えに、債務上限を一時停止するか1.5兆ドル引き上げる法案を可決しました。そのときから交渉が本格的に始まったので、米国がXデーを迎える前に合意に達するための時間はほとんど残されていません。
米国が債務上限を引き上げずにXデーを迎えた場合、どうなるのでしょうか?
連邦政府は、すべての債務を満たすのに十分な資金がないため、支払いの優先順位をつけざるを得なくなります。連邦政府職員(軍人を含む)の給与や、業者への支払い、その他予算計上プロセスを通じて議会が毎年承認しているいわゆる「裁量的支出」項目への支払いが遅れる可能性があります。
もし、債務上限が長く取り上げられなければ、債務利息の支払いを続けるために、財務省がエンタイトルメント支出とそのほかの「義務的」支出を、特に毎年の予算プロセスの一部として交渉されず従前決まりきったものとして考えられてきた社会保障費の支払いを含めて、遅らせる可能性さえ考えられるのです。
財務省は、支払いに優先順位をつける技術的な能力があるかどうかを明確にしていませんが、議会のほとんどのメンバーは、優先順位をつけることができ、そうするだろうと考えているようです(私たちもこの見解に同意しています)。米国では、何度か政府機関の閉鎖がありましたが、現代版優先順位付けは行われていません。しかし、ロシア、ベネズエラ、アルゼンチン、パキスタンなど、様々な新興市場の他の多くの政府は、支払いを優先して従業員やサプライヤーへの延滞を繰り返しており、米国財務省が同様にできる可能性を示唆しています。あるいは、米国は債務残高の支払いを遅らせることもできます。ただ、これはデフォルトとなり、米国財務省の歴史上初のデフォルト事象となります。
デフォルトが発生した場合、どのような影響がありますか?
デフォルトになれば、米国債の格付けが大幅に引き下げられることになりますが、それは世界市場に波及し、はるかに大きな影響を及ぼす可能性があります。2011年よりも悪いシナリオが予想され、株価は大幅に下落し、金や日本円などの「安全な避難場所」となる通貨など、質の高いと思われるものへの逃避が起こるでしょう。2011年には米国債とドルへの逃避が起こりましたが、Xデーに達することはなく、米国が債務不履行に陥ることはありませんでした。仮に実際にデフォルトが発生した場合、米国債への逃避が起こる可能性は低いと思われます。金、ドイツ国債、英国債、日本国債、そして円やスイスフランがその主な恩恵を受けると思われます。
米国債が大幅に格下げされれば、米国債が売られ、利回りが急上昇する可能性があります。これは、投資家が負うことになる追加リスクに対して必要なことです。その結果、住宅ローン、クレジットカード、自動車ローン、ビジネスローンなどの金利が上昇することになります。しかし、債務上限がしばらく引き上げられず、財務省が支払いを優先付けし、米国が格下げされた場合、経済成長とインフレが大幅に減速し、利回りが低下する可能性があります(2011年に起こったことがほとんどです)。
1兆ドルのプラチナコイン発行の解決策とは?
2011年の債務上限問題で、米国政府が1兆ドルのコインを鋳造して連邦準備制度理事会に送り、債務を返済することで、債務上限を引き上げることなく、さらに債務を発行する余地を作ることができるという提案がなされたことがあります。これは、財務省に任意の額面の「プラチナ地金コインを鋳造し、発行する」権限を付与した法律に基づくものです。しかし、イエレン米財務長官は、連邦準備制度理事会が受け入れる可能性は低いと考えているため、1兆ドルのプラチナコインの発行は選択肢にないと述べました。私たちはまた、これはどの国の責任ある政府、特に米国が設定する前例ではないと信じています。ローマ時代から、最近ではラテンアメリカや旧ソビエト圏でハイパーインフレを引き起こしたような、無責任な金融・財政政策への道をさらに開くことになります。
この膠着状態を解決するために、合衆国憲法修正第14条を利用することとは?
憲法修正第14条は、「法律で認められた合衆国の公的債務の有効性は、疑われてはならない」と定めており、米国政府が支払い義務を果たすべきとしていると広く解釈されています。つまりホワイトハウスと財務省は、債務上限がどうであれ、過去の債務の履行のために新たに国債を発行し続けることができるということです。しかし憲法では、予算編成の権限は行政府ではなく議会に割り当てられています。よって憲法修正第14条を利用して国債発行を続ければ、確実に共和党から訴えられ、そうなれば長期の法定闘争に引きずり込まれる可能性があります。従ってバイデン政権は、米国が債務上限を引き上げずにXデーを迎えない限り、これを活用して債務危機を解決しようとは考えていないようです。憲法修正14条のもう一つの解釈は、デフォルトを排除するものであり、憲法の一部である以上、予算法より優位に立つというものです。そして、これと財政の安定維持の必要性を考え合わせると、財務省は債務返済を優先しなければならないという解釈です。
委員会審査省略動議とは?
委員会審査省略動議とは、委員会の承認を得ずに、法案を直接本会議での採決に持ち込むための議会手続きです。これにより、下院議長や法案審議を行った委員会が反対しても、下院は法案採決を行わなければいけなくなります。5月17日、下院の民主党指導部は、債務上限引き上げのための法案を、委員会から本会議に移すための委員会審査省略動議を提出し、これに210人の民主党下院議員が署名しました。しかし議場での採決強行には218人の署名が必要であり、共和党議員の一部の署名も必要となりますが、現状では共和党議員は皆、マッカーシー下院議長と足並みを揃えています。また仮に民主党が採決を強行できたとしても、それは最も早くて6月12日、つまり推定されるXデーからほぼ2週間後になるとみられます。
(執筆協力:アーナブ・ダス、ジェニファー・フリットン)
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