ジャクソンホール会議を受けた金融市場のポイント
要旨
ジャクソンホール会議はインフレ抑制の必要性を謳(うた)う場に
世界中の金融市場関係者の注目を浴びる中で開催されたジャクソンホール会議では、多くの中央銀行・国際機関関係者より、「新たに生じたさまざまな制約によってこれまでよりもインフレ率が高止まりする可能性が出てくる中、景気への短期的な悪影響を覚悟してでも、金融政策によって高インフレを強力に抑制することが優先されるべきである」という考え方が示されました。これが今回の会議を通じて浮き彫りになった中央銀行・国際機関関係者のコンセンサスといえます。
IMFが投げかける問い―「コロナ前より自然利子率は上昇?」
IMFのゴピナート筆頭副専務理事は、ジャクソンホール会議において、自然利子率(景気に対して中長期的に中立的な実質金利水準)がコロナ前同様に今後低水準で推移する要素もあるものの、その行方については不確実性が高いと結論付けました。自然利子率の行方は中央銀行の中長期的な政策金利を見通すうえで重要です。地政学的な変化や気候変動およびその対策による影響、積極的な財政政策に向けての圧力の高まりが想定されることから、今後の中長期的なインフレ率がコロナ前よりも上昇する可能性があり、その意味では、長期債利回りに対して中長期的な押し上げ圧力がかかる可能性に注意が必要と考えます。
パウエル議長のタカ派的発言は来年のハト派方向への政策転換を妨げない
他方、ジャクソンホール会議が終了し、金融市場においては、パウエル議長によるタカ派的な発言が強く印象付けられた形となりましたが、これはFRBによるタカ派的なスタンスが長い間継続することを意味しません。コアPCEデフレーターでみたインフレ率が前年同期比で3%台まで落ち着いてくれば、FRBがそれまでの非常にタカ派的なスタンスをややハト方向に修正する可能性が高まります。私は2023年後半にそうしたタイミングが訪れると見込んでいます。
ジャクソンホール会議はインフレ抑制の必要性を謳(うた)う場に
世界中の金融市場関係者の注目を浴びる中で開催されたジャクソンホール会議は、「高インフレを強力に抑制することが最優先」という考え方を多くの中央銀行・国際機関関係者が示す場となりました。会議における全ての議論が公開されているわけではありませんが、公表されている論文やプレゼンテーション資料から判断する限り、タカ派的なトーンで議論をしたのはパウエルFRB(米連邦準備理事会)議長だけではなく、ECB(欧州中央銀行)のシュナーベル理事、IMF(国際通貨基金)、BIS(国際決済銀行)からの発表者の講演でも現局面でインフレを抑制することの重要性が強調されました。会議の開催後に先進国の多くで短期的な政策金利についての金融市場の見通しが上方修正されるとともに、長期金利が上昇したのはジャクソンホール会議から共通のメッセージが発信されたからにほかなりません。
今年のジャクソンホール会議は、世界を高インフレが席巻し、その多くが物価安定を目標に掲げる中央銀行が苦しい立場に立たされる中で開催されました。中央銀行の立場に立ってみると、インフレは自分たちの政策が不適切であったから生じたわけではなく、コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻やそれに対応するための政策の影響による部分も大きかった、と主張したいところでしょう。今回の会議全体のテーマは「Reassessing Constraints on the Economy and Policy(経済や政策に対する制約を再評価する)」でした。このテーマ設定には、制約をふまえたうえで最適の金融政策を模索していこうという建設的な動機があることは確かでしょうが、同時に、中央銀行だけが批判の矢面に立たされるのを避けたいという動機もあったように思います。実際、財政問題についてのセッションの発表者であるジョンズ・ホプキンス大学のビアンチ教授は、発表論文において、今回のコロナ禍に際して主要国が採用した拡張的財政政策がインフレ率を大幅な上昇に大きな役割を果たしたと主張しています。ビアンチ教授は、そもそも1960年代、1970年代に世界的な高インフレが生じたのは財政的な現象である、との見解も明らかにしています。
一方、インフレを取り巻く環境が大きく変化している点は、多くの発表者が指摘するところとなりました。ECBのシュナーベル理事は、コロナ前の長期間にわたってインフレ抑制に寄与してきたグローバル化とエネルギー供給の弾力性という2つの要素が、コロナ禍とロシア・ウクライナ戦争による挑戦を受けていることを示したうえで、気候変動がもたらす農産物の価格上昇や、気候変動への対応に伴って生じるインフレ圧力が台頭している点を指摘しました。また、BISトップのカルステンス氏は、コロナ前には総需要の増加に対して世界経済が柔軟に供給を拡大させてきたことを挙げたうえで、コロナ禍とロシア・ウクライナ戦争により、これまで低インフレに寄与してきた環境が大きく変化したと指摘、需要サイドを刺激するマクロ政策の限界を意識しながら供給サイドを再活性化させる政策を進めるべきとの議論を展開しました。
これらの議論から導かれる共通の結論が、「新たに生じたさまざまな制約によってこれまでよりもインフレ率が高止まりする可能性が出てくる中、景気への短期的な悪影響を覚悟してでも、金融政策によって高インフレを強力に抑制することが優先されるべきである」という考え方であり、これが今回の会議を通じて浮き彫りになった中央銀行・国際機関関係者のコンセンサスといえます。多くの関係者が強く警戒していたのが、中央銀行が強力にインフレを抑制することができなければ、1970年代のようにインフレが長い期間にわたって経済停滞をもたらすリスクが高まるという点でした(この考え方については、当レポートの8月10日号「1970年代型スタグフレーションは起きるか?」で議論しています。ご参照ください)。パウエル議長による今回のジャクソンホールでの講演は金融引き締めに向けての決意をストレートに表明する短めのものでした。それでも、パウエル議長は1970年代のような事態は避けるべきという点にはしっかりと言及しており、それ故に金融引き締めを根気よく続ける必要がある(we must keep at it until the job is done)との考え方を表明しました。
IMFが投げかける問い―「コロナ前より自然利子率は上昇?」
これまでよりも多くの制約が台頭する中で、自然利子率(r*と表記されることが多い、景気に対して中長期的に中立的な実質金利水準。中長期的な実質経済成長率に近いとも考えられています)はコロナ前よりも上昇するのでしょうか。IMFのゴピナート筆頭副専務理事は、ジャクソンホール会議において、自然利子率がコロナ前同様に低水準で推移することを示唆する要因もあるものの、その行方については不確実性が高いと結論付けています。
ゴピナート氏が自然利子率を上振れさせる要因として指摘したのが、①各国でコロナ対応のために大規模な財政政策が遂行された結果、公的債務の水準が大きく上昇したこと、②気候変動対策が強化されることによって、投資需要が増加するであろうこと―の2点です。自然利子率を下振れされる要因としては、①将来の景気についての不確実性が増すことで貯蓄や安全資産への需要が増し、投資にはマイナスになりやすいこと、②デジタル・トランスフォーメーション(DX)等の進展で格差がさらに拡大するとみられること―の2点が挙げられました。その一方、ゴピナート氏は、自然利子率への影響が現時点で不透明な要因として、①労働供給、②労働生産性を挙げています。
自然利子率の行方は中央銀行の中長期的な政策金利を見通すうえで重要であり、長期金利の行方にも影響します。これらの要因の今後の動きに注目していきたいと思いますが、気候変動対策を加速させる動きがグローバルに強まっていることを考えると、私は、自然利子率がコロナ前よりも上昇する可能性により注目する必要があると考えます。また、①地政学的な変化や、➁気候変動およびその対策による影響、➂積極的な財政政策に向けての圧力の高まり―が想定されることから、今後の中長期的なインフレ率がコロナ前よりも上昇する可能性があり、その意味では、長期債利回りに対して中長期的に押し上げ圧力がかかりやすい点に注意が必要と考えます。
パウエル議長のタカ派的発言は来年のハト派方向への政策転換を妨げない
他方、ジャクソンホール会議が終了し、金融市場においては、パウエル議長によるタカ派的な発言が強く印象付けられた形となりましたが、これはFRBによるタカ派的なスタンスが長い間継続することを意味しません。パウエル議長が言及した通り、FRBの今後の政策はデータ次第です。10-12月期に入ると、民間消費の減速が、インフレの落ち着きにつながる可能性が高いと見込まれます。2023年に入っても景気の弱さが継続することで、前月比でみたインフレ率がさらに低下していくと予想されます。FRBはヘッドラインでのインフレ率が高水準であるうちは金融政策上のタカ派スタンスを維持すると思われますが、経済成長が潜在成長率を下回る中、コアPCEデフレーターでみたインフレ率が前年同期比で3%台まで落ち着いてくれば、FRBがそれまでの非常にタカ派的なスタンスをややハト方向に修正する可能性が高まります。私は2023年後半にそうしたタイミングが訪れると見込んでいます。今秋に前月比でみたインフレ率が低下してくるのに合わせて、2023年におけるFRBの政策転換の可能性を徐々に織り込む動きが金融市場において顕在化し、それが株価のゆっくりとした上昇につながるという見方を維持したいと思います(当レポートの2022年8月18日号「年内のグローバル株式市場を見通す」をご参照ください)。
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MC2022-125