米国景気の強さの背景を考える
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要旨
米国の成長率は4四半期連続で2%以上を記録
FRB(米連邦準備理事会)による強力な金融引き締め策にもかかわらず、米国経済は2023年4-6月期まで4四半期連続で2%以上の成長率を維持してきました。直近でも景気指標の上振れたことで、FRB政策のタイト化への懸念が増し、長期金利が上昇するとともに、株式市場での不透明感が強まっています。
米国景気をサポートしてきた諸要因
米国経済の強さの背景には、①コロナ禍での超過貯蓄を取り崩すことで消費が高水準を維持したこと、➁インフレにもかかわらず実質総賃金が比較的高い伸びを維持したこと―を始めとする多くの要因がありました。
それでも今後の米国経済の減速は避けにくい
今後については、これまで景気をサポートしてきた諸要因によるプラス効果が徐々に低下し、米国経済が減速に向かう可能性が高いと考えられます。今後、米国のインフレが低下する中で、景気の減速がより明確になる兆候がみられれば、米国の長期金利の緩やかな低下が期待されます。こうした観点から、インフレや賃金、その他の景気指標に引き続き注目していきたいと思います。
米国の成長率は4四半期連続で2%以上を記録
4-6月期の米国経済の実質GDP成長率は2.1%と、FRB(米連邦準備理事会)が大幅な利上げを実施してきたにもかかわらず、市場の想定を上回る高めの成長率を記録しました。これにより、米国経済は、2022年7-9月期以来、4四半期連続で2%以上の成長率を記録したことになります(図表1)。これは、1%台後半と評価されることが多い米国の潜在成長率を上回る水準でした。グローバル金融市場では、2022年半ばごろから、FRBによる積極的な引き締め政策によって米国が早晩景気後退に陥るとの観測が続いてきましたが、私を含めた多くのストラテジスト・エコノミストの予想を裏切る形で米国の景気が強さを維持してきたことになります。「景気は気から」と言われることがありますが、景気が悪化するとの予想が大勢を占めてきたにもかかわらず米国経済が強さを発揮してきたことは、特筆に値するでしょう。
FFレートの誘導目標が5.25~5.50%のレンジというかなり引き締め的な水準に設定される中、金融市場では、現時点でも、今後の米国経済が近いうちに減速局面に入るという見方が大勢を占めています。現在の金融市場では、「景気の悪化がインフレの落ち着きをもたらすことで、FRBは2024年の前半あるいは中ごろには初回の利下げを実施することができ、その後もゆっくりと利下げを継続する」というのが現在のコンセンサスです。しかし、8月分ISMサービス業指数が市場予想よりも上振れるとともに、新規失業保険の請求件数が9月7日発表分まで4週間連続で市場予想を下回る状況の中、「景気の強さがインフレの落ち着きの障害となり、FRBが想定よりも長い間高金利政策を続ける」という見方が強まったことで、米国の10年国債金利は9月5日以降、4.2%を超える水準を継続しています。この長期金利の上昇が株式市場に不透明感をもたらしています。景気指標が上振れることは、通常、株価にはプラスに作用することが多いのですが、足元では強すぎる景気指標がかえって株価の負担になっている状況です。
米国景気をサポートしてきた諸要因
こうした状況下、今後の金融市場の先行きを考えるうえで、米国景気の強さの背景について考えてみたいと思います。米国景気の強さの背景として、以下の諸要因を挙げたいと思います。
① コロナ禍での超過貯蓄を取り崩すことで消費が高水準を維持
➁ インフレにもかかわらず実質総賃金が比較的高い伸びを維持
➂ 超長期の住宅ローンが比較的多く、住宅ローンの平均金利はまだそれほど上昇しておらず、家計への悪影響は限定的
④ 政府の補助金によって半導体やEVの工場建設が活発化
➄ 金融機関が貸出態度を厳格化させた一方、プライベート・クレジット・ファンドによる貸出が増加することで、企業の資金繰りには想定したほどの悪影響が顕在化しなかった
⑥ FRBの政策金利は今年春ごろまでは景気抑制的な水準ではなかった
➆ 中古住宅市場での売り手が減少したことで、新築住宅への需要が増加
これら多くの要因が重なって効果を発揮することで、FRBによる利上げラッシュの中でも景気が堅調さを維持することができたと考えられます。これらのうちで、特に重要な役割を果たしてきたとみられるのが、①と➁です。①については、コロナ禍での米国家計の超過貯蓄の年間民間消費額に対する比率が2021年4~5月に記録した14.1%のピークから、直近の7月時点では2.7%に減少しました。米国家計がコロナ前よりも消費性向を高めることで、景気が強力にサポ-トされてきたことがうかがわれます(図表2)。➁については、増加のけん引役が入れ替わることで実質総賃金の伸び率が高めの水準を維持してきた点が重要です。米国では、2021年末頃から2023年前半までは、高インフレの影響から1人あたりの実質賃金が前年比でマイナスの状況が続きました。しかし、コロナ禍で失業あるいは労働意欲を失った人々が労働市場に戻ってきたことで、労働者数がかなりの勢いで伸び、結果的に実質総賃金は高い伸びを維持することができました(図表3)。2023年に入ると、労働者数の伸び率は徐々に低下してきましたが、年央からはインフレ率の低下によって1人あたりの実質賃金が前年比でプラスとなってきたことで、実質総賃金の伸び率は足元で下げ止まりました。
それでも今後の米国経済の減速は避けにくい
金融市場にとっての問題は、米国の景気がインフレ懸念を強めないようなところまで減速してくれるかどうかです。①については、超過貯蓄が既に枯渇しつつあることを踏まえると、今後の米国消費には年末前には減速要因となりそうです。➁については、当面は景気にプラスに作用するとみられるものの、足元で平均時給の伸びが減速してきたことを踏まえると、実質総賃金の伸びがは今後加速するとは考えにくいでしょう。④については、他の政府による諸政策と同様に、そのプラス効果が徐々に剥落していくことが想定されます。➄については、プライベート・クレジット・ファンドによる融資が変動金利で実施されていることが多いことを踏まえると、高金利による企業の負担自体がなくなるわけではなく、その景気へのプラス効果は徐々に低下していくと思われます。⑥については、年央あたりから、FFレートは既に景気引き締め的な水準に達していることは当レポートで以前に触れた通りです(当レポート6月29日号「実質ベースでFFレートを展望」をご参照ください)。
このように今後は以上で挙げた諸要因による景気へのプラス効果が徐々に剥落していくことで、米国景気にはより大きな減速圧力がかかると見込まれます。他方、これまでのFRBによる累積的な利上げによる悪影響が今後強まることも忘れてはなりません。例えば、金融機関はこれまで以上に貸出に慎重化するとみられます。これらの姿を総合すると、米国経済が当面景気後退に陥る可能性はそれほど高くない一方、米国経済が今後減速する可能性が高いと考えられます。
今後、米国のインフレが低下する中で、景気の減速がより明確になる兆候が出てくれば、米国の長期金利が緩やかに低下することが期待されます。こうした観点から、インフレや賃金、その他の景気指標に引き続き注目していきたいと思います。
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MC2023-143