グローバル・ビュー

米中部分合意でゲームが変わる

Invesco Mountain

要旨

暫定合意で米中通商摩擦は新たな段階に

米中通商協議が大きく進展したことで、米中摩擦は新たな段階に入りました。米国側の発表によれば、中国は米国からの農産物の大量購入などの点で合意し、11月中にはフェーズ1(第一段階の)合意として署名される見通しです。

中国側はフェーズ2以降の交渉において「農産物購入停止」という切り札を手中に

私は今日の今回のフェーズ1合意についての成果をトランプ政権が誇れば誇るほど、フェーズ2以降の交渉において中国側が大幅に譲歩する可能性が低下するのではないかと考えています。フェーズ2の協議が難航する場合、中国への圧力を強める目的でこれまで以上の追加関税措置を打ち出せば、「信頼を損なった」と言う理由で中国政府が農産物の大量購入の約束を反故にする可能性があるためです。今回の部分合意は中国側に有利にゲームの在り方を変える出来事(ゲーム・チェンジャー)になったと言えそうです。

今後の米中交渉は中国側のペースに。米大統領選の動きに左右される公算

米国側が対中での圧力をこれ以上強めることができないとなれば、フェーズ2以降の交渉は中国のペースで進む可能性が高くなります。私は、中国政府が米国大統領選挙の動向を注視しながら米国との交渉を進めるのではないかと予想します。

フェーズ1合意が署名されれば金融市場での不確実性はやや低下

今回の暫定合意の成文化を巡る交渉が決裂するリスクは無視できませんが、今後、米中両国政府が以上で考察したシナリオに沿って動く場合、米国による追加制裁措置発動の可能性が低下することで、金融市場における不確実性は従来よりもやや低下するとみられます。

暫定合意で米中通商摩擦は新たな段階に

米中通商協議が大きく進展したことで、米中摩擦は新たな段階に入りました。以下では交渉を巡る米中の今後のスタンスと金融市場への意味合いについて考えたいと思います。米国側の発表によれば、中国は、①年間400~500億ドルの米国からの農産物購入、②米国からの航空機の大量購入、③金融サービス市場の開放、④為替市場への介入実績の公表—などの点で合意しており、成文化された合意案詳細を詰めたうえで、11月中にはフェーズ1(第一段階の)合意として署名される見通しです。

 フェーズ1合意の詳細が未だ固まっていないこともあり、中国政府はこの協議について「双方が実質的進展を収めた」と発表しただけですが、米国政府が公表した内容に沿った部分合意が暫定的に成立したと考えて良さそうです。トランプ政権は、10月15日に予定されていた中国からの輸入品への関税率引き上げ(輸入品約2500億ドルを対象として既に実施した第1弾~第3弾分の税率を25%から30%に引き上げる措置)を実施しない旨も明かにしました。ただし、米国政府は12月15日に予定されている、スマートフォンやノートパソコンを含む中国からの輸入品1,600億米ドル分への15%の追加関税措置については、今のところ予定通り実施されると発表しており、中国政府が今回の暫定合意についての合意文書作成に応じるように圧力をかけています。米国政府はこの合意をフェーズ1としており、過剰な産業補助金や技術の強制移転等についてフェーズ2、フェーズ3の協議を継続する意向を表明しています。

中国側はフェーズ2以降の交渉において「農産物購入停止」という切り札を手中に

トランプ大統領はこの部分合意について、「米国の歴史上、農業生産者のための最も偉大で最も大きなディールである」とツイートしており、米中交渉において大きな成果をあげることができたとして有権者向けのアピールを強めています。しかし、私は今日の今回のフェーズ1合意についての成果をトランプ政権が誇れば誇るほど、フェーズ2以降の交渉において中国側が大幅に譲歩する可能性が低下するのではないかと考えています。フェーズ2の協議が難航する場合、中国への圧力を強める目的でこれまで以上の追加関税措置を打ち出せば、「信頼を損なった」と言う理由で中国政府が農産物の大量購入の約束を反故にする可能性があるためです。中国側が農産物の大量購入をストップする事態となれば、トランプ大統領による有権者へのこれまでのアピールは失望感に変わりかねません。したがって、中国側がフェーズ2以降の交渉で大幅に譲歩しないとしても、米国政府は追加的な制裁措置を打ち出しにくいとみられます。こうした見方に立つと、今回の部分合意は中国側に有利にゲームの在り方を変える出来事(ゲーム・チェンジャー)になったと言えそうです

今後の米中交渉は中国側のペースに。米大統領選の動きに左右される公算

米国が対中圧力をこれ以上強めることができないとなれば、フェーズ2以降の交渉は中国のペースで進む可能性が高くなります。私は、中国政府が米国大統領選挙の動向を注視しながら米国との交渉を進めるのではないかと予想します。焦点となるのは米国大統領選挙で民主党側の大統領候補者として誰が選ばれるかという点です。仮にトランプ大統領よりも融和的な対中政策で知られるバイデン候補の大統領選挙での当選確率が高まる場合、中国政府としては交渉を急ぐ必要はなく、バイデン候補が勝利する可能性を視野に入れて大統領選後の米中交渉を模索するとみられます。一方、中国に対してトランプ大統領同様に厳しい態度で臨むとみられるウォーレン候補の当選確率が高まる場合、中国は選挙戦で追加得点を求めるトランプ政権に譲歩を促し、比較的小粒なフェーズ2合意を目指す可能性も出てくるでしょう

フェーズ1合意が署名されれば金融市場での不確実性はやや低下

今回の暫定合意の成文化を巡る交渉が決裂するリスクは無視できませんが、今後、米中両国政府が以上で考察したシナリオに沿って動く場合、米国による追加制裁措置発動の可能性が低下することで、金融市場における不確実性は従来よりもやや低下するとみられます。他方、中長期的に米中間の対立を巡る状況が大きく改善するわけではない点には注意が必要です。フェーズ2以降の合意がない限りは、これまでに双方が課した追加関税はそのままとなり、グローバル企業は既に引き上げられた関税率を前提にしたビジネスを展開すると考えられます。このため、中国が圧倒的な競争力を有する産業を除いては、グローバル企業が中国から工場を移転する動きは今後も継続すると考えられます。

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MC2019-119