グローバル・ビュー

FRBが2020年に利下げするリスク

Invesco Mountain

要旨

FRBによる「利下げ打ち止めシグナル」にもかかわらず株価調整を回避

先週のFOMC(米連邦公開市場委員会)の本当の焦点は、当局が今後の利下げに前向きのスタンスを変更する場合に株式市場等にマイナスの影響が及ぶかどうかであったと思われます。実際には、FOMC直後に株価が上昇しましたが、これは、「今後インフレが顕著に上昇しない限りは利上げの検討をしない」というパウエル議長の発言に市場参加者が安堵した面が大きかったと思われます。

2020年末までの利下げリスク=①米中交渉、➁ウォーレン候補の指名、➂大統領選

当面は、米国経済の減速が緩やかなものにとどまる中、FRB(米連邦準備理事会)が政策金利を現行水準で維持するとみるのが妥当でしょう。しかし、FRBの利下げにつながりかねない重要リスクとして、①米中の交渉決裂リスク、➁民主党の2020年大統領選予備選挙・党員集会でウォーレン上院議員(あるいはサンダース上院議員)が指名を獲得するリスク、➂2020年秋の米大統領選挙に伴う政策の不確実性リスク―には要注意です(図表1に時系列でまとめて表示)。➁については、民主党大統領候補を指名する代議員の69.1%が3月末までに選ばれる(図表2)ことから、3月頃にリスクが高まる可能性に要注意です。

④合意なきブレグジット、➄FRBの政策枠組み変更、⑥中国減速―にも留意

そのほか、④合意なきブレグジット(英国の欧州連合からの離脱)リスク、➄FRBが「平均インフレ率」を目標にすることでハト派化するリスク、⑥中国景気減速リスク―についても、FRBの利下げにつながるリスクとして注意が必要です。➄については、2020年前半に結論を出すべく、FOMCで行われている議論に注目したいと思います。

FRBによる「利下げ打ち止めシグナル」にもかかわらず株価調整を回避

 先週のFOMC(米連邦公開市場委員会)では利下げが確実視される中、本当の焦点は、当局が今後の利下げに前向きのスタンスを変更する場合に株式市場等にマイナスの影響が及ぶかどうかであったと思われます。ふたを開けてみますと、FOMCは大方の予想通り、当面は政策金利を変更しないというシグナルを市場に送りました。予想外であったのは、パウエルFRB議長が「今後インフレが顕著に上昇しない限りは利上げの検討をしない」という主旨で発言したことでした。FOMC直後のグローバル金融市場で株価が上昇したのは、市場参加者がこの発言に安堵した面が大きかったと思われます

 さて、今後については、今年3回目となる先週の利下げで当面の政策金利の引き下げは打ち止めになったとの見方が強まっています。先週の米雇用統計で示された米雇用の強さや米ISM非製造業指数の上昇、米ISM製造業指数等の製造業系サーベイ指標の改善もこうした見方を補強する材料と言えます。当面は、米国経済の減速が緩やかなものにとどまる中でFRBが政策金利を現行水準で維持するとみるのが妥当でしょう。しかし、金融市場には依然として不確実性が存在しており、今後更なる利下げが実施される可能性は残されています。以下では、2020年を見通して、特に注意が必要なリスクについて考えてみたいと思います

2020年末までの利下げリスク=①米中交渉、➁ウォーレン候補の指名、➂大統領選

 まず、FRBの利下げにつながりかねない重要リスクとして、①米中の交渉決裂リスク、➁民主党の2020年大統領選予備選挙・党員集会でウォーレン上院議員(あるいはサンダース上院議員)が指名を獲得するリスク、➂2020年秋の米大統領選挙に伴う政策の不確実性リスク―を挙げたいと思います(図表1)。

 当面想定される最大のリスクは、①米中の交渉決裂リスクです。米中間の通商問題や知的財産権を巡る交渉は順調に進捗している模様であり、ロス商務長官の11月3日の発言に基づけば、米中がフェーズ1の合意を11月中に締結する可能性が高まっています。グローバル金融市場でもこの米中のフェーズ1合意をかなりの程度織り込んでいると思われますので、仮に交渉が再び暗礁に乗り上げる場合には、主要市場において株価が比較的大きく調整することが想定されます。こうした事態はFRBを再利下げに踏み切らせるのに十分でしょう。もっとも、米中のフェーズ1合意がいったん締結されてしまえば、中国側は「農産物の大量購入停止」という切り札を手にすることができます。この場合、フェーズ2以降の交渉が米国側の期待するように進捗しなくとも、米国が更なる追加関税等の強硬手段に訴える公算は小さく、米中摩擦による緊張は高まりにくいと考えられます(当レポートの2019年10月16日号「米中部分合意でゲームが変わる」を参照ください)。

当面のFOMC日程と利下げリスク

 次に、➁民主党の2020年大統領選予備選挙・党員集会でウォーレン上院議員あるいはサンダース上院議員が指名を獲得するリスクについては、2020年3月頃に高まる可能性があります。米大統領選挙の民主党候補の指名レースを巡っては、現時点では各種世論調査でバイデン候補(前副大統領)が有利との見方が中心です。世論調査では、社会主義者を標榜するサンダース候補(上院議員)への支持率には過去数カ月で大きな変化はありませんが、ウォーレン候補(上院議員)への支持率は過去数カ月間にゆっくりと上昇しており、直近ではサンダース候補にほぼ並ぶに至りました。ウォーレン候補は金融分野やその他多くの分野での規制強化を目指す左派系候補であり、サンダース候補と同様に企業からの警戒感も強いことから、同候補が民主党大統領候補としての指名を獲得する確率が高まる場合には、株式市場が動揺するリスクが高まります。その時期としては、民主党の予備選挙・党員集会が集中する3月の可能性をみておくべきでしょう。民主党では、7月13-16日にウィスコンシン州ミルウォーキーで開催される民主党全国大会における第1回投票で各候補者に投票する代議員を各州・地域ごとの予備選挙・党員集会で選んでいきます(図表2およびその注を参照ください)。スーパー・チューズデーと呼ばれる3月3日には、16州・地域で代議員総数の36%に相当する代議員が選ばれます。3月末までには、選ばれる代議員は全体の69.1%に達します。

 一方、➂2020年秋の米大統領選挙に伴う政策の不確実性リスクも重要です。これは民主党大統領候補として誰が指名されるかによりますが、ウォーレン候補あるいはサンダース候補のような左派系候補が民主党の大統領候補として指名される場合には、金融市場で不確実性が意識され、11月3日の大統領選挙に対する金融市場の反応によっては、11月4-5日開催されるFOMC(あるいは12月15-16日開催のFOMC)での利下げの可能性が出てくると思われます。

④合意なきブレグジット、➄FRBの政策枠組み変更、⑥中国減速―にも留意

以上で挙げた3つのリスクほど重要ではありませんが、④合意なきブレグジットリスク、➄FRBが平均インフレ目標等の設定によりハト派化するリスク、⑥中国景気減速リスク―についても注意が必要です。④合意なきブレグジットリスクについては、英国とEU双方がブレグジットの期限を2020年1月末に延期したことで、10月末における合意なき離脱リスクは回避されました。しかし、情勢は依然として不透明であり、12月12日に実施予定の総選挙とその後の英国国内政治の動きによっては、2020年1月末に合意なきブレグジットが生じるリスクは残っています。仮に合意なきブレグジットになったとしても、金融市場に大きな悪影響が及ぶ範囲は、英国市場と英国との経済関係が深い一部ユーロ圏諸国(ドイツやアイルランド)に限定されるとみられますが、一時的にグローバル金融市場に一定の影響が及ぶリスクは意識しておくべきでしょう。

民主党の2020年大統領選予備選挙・党員集会スケジュール
 

 ➄FRBが「平均インフレ率」を目標にすることでハト派化するリスクについては、中長期的な観点からFRBが現在進めている金融政策の枠組み変更についての議論次第では顕在化する可能性があります。FRBが議論している新しい枠組みの方向性については、当レポートの2019年8月28日号「新しい時代には金融政策の新しい枠組みを—FRBが挑む」で触れた通りです。新しい枠組みが議論されているのは、景気が比較的好調な現状でもインフレ率が2%の目標に達しない中、将来景気が本格的に悪化する際にはインフレ率が2%を大きく下回ってしまう可能性が意識されているためです。こうした発想の下、FRBは、「2%のインフレ率を常に目指す」現在の枠組みを転換し、「景気悪化時に2%未満のインフレを認める一方、景気好調時には2%を上回るインフレ率を目指し、景気サイクルを均してみたときに2%のインフレ率を達成する」枠組みに変更する可能性を探っています。

 FOMCの議事要旨からは、7月会合でこの問題が議論されたのに続いて、9月会合でも議論されたことが判明しています。9月会合での議論では、最大雇用と物価安定というFRBの2つの目標を達成する上で、インフレ率が平均で2%になるように政策を実施することが役立つ可能性をほとんどのFOMC委員が認識したとしており、7月会合よりも議論が深まっている模様です。この場合、政策金利が「実質的にこれ以上に下げられない水準(ELB:Effective Lower Bound)」ではない限り、2%を幾分上回るインフレ率を目標にする必要があるとのことです。9月会合の議論では、新しい枠組みには課題も残っている指摘してはいますが、FRBが実際に枠組みを変更する場合には、現在よりも高めのインフレ率を目指す観点からより緩和的な政策を採用する、つまりもう一段の利下げを実施する可能性があると言えます。FRBは2020年前半を目途に結論を出すとしていますので、FOMCの議事要旨での議論やこの問題についてのFRB高官のコメントには注意していく必要があるでしょう

 最後に、⑥中国景気減速リスクについては、当レポート2019年10月23日号「中国景気は減速?それとも加速?」で触れたように、中国経済は2020年初めにかけては、8~9月に実施した景気刺激策による効果によって緩やかに加速する公算が大きいとみられます。また、3月に開催される全国人民代表大会では、6%程度の成長率目標を達成するために必要な経済政策パッケージが公表され、実施されると見込まれます。しかし、①米中摩擦による生産拠点の移転が継続するとみられる中で、➁足元で好調の居住用不動産投資が販売の低迷によって減速することになれば、2020年後半には景気が予想外に減速する可能性が生まれます。この可能性が顕在化する場合、グローバルな金融市場が動揺して米国景気の先行きにも不透明感が漂う事態になりかねません。これがFRBによる利下げにつながる可能性にも注意しておくべきでしょう。  

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MC2019-127