グローバル・ビュー

転換を模索する中国—「積極財政」から「構造改革」へ

Invesco Mountain

要旨

足元では大規模な政策対応により景気を下支え

中国当局は減税や公共投資の拡大等の手段を駆使し、米中摩擦の中でも成長率の鈍化を和らげる政策努力を機動的に続けています。2020年についても、6%程度の成長率目標が掲げられ、大規模な財政パッケージで景気を支える構図が続くと見込まれます。

中期的には財政刺激策を縮小せざるを得ない

しかし、財政政策の力で6%程度の経済成長率を維持することは、今後、中期的には非常に困難になるとみられます。試算してみると現在の財政刺激規模は維持可能とは言えず(図表1参照)、中期的には財政刺激策の規模を縮小せざるを得ません。

「構造改革」に注力する中国

現状維持が不可能な中で中国当局が取り組んでいるのが「構造改革」です。社会主義体制の下、当局が強く関与する形で、①製造業の高付加価値化、➁中小企業向け貸し出しの活性化、➂貸出レバレッジの引き下げ—などの政策が実施されています。今後、中国経済を理解する上では、こうした構造改革の動きに十分な注意を払っていく必要があるでしょう。こうした改革は力のある中国企業の国際競争力を向上させていくと考えられ、中国株式投資の観点から注目していく必要があるでしょう。

(図表1)中国:財政収支のシミュレーション
足元では大規模な政策対応により景気を下支え

 多くの投資家が中国の現状に対して描くイメージは、米中摩擦の激化で被った悪影響に対して、積極的な財政政策等で対応する姿でしょう。米中摩擦による悪影響は、輸出や設備投資の分野で特に強く顕在化し、中国の成長率を押し下げる効果をもたらしています。これに対して、中国当局は減税や公共投資の拡大、企業から徴収する手数料の引き下げ等の手段を駆使することで、成長率の鈍化を和らげる政策努力を続けています。これらの措置が短期的に景気を浮揚させる効果をもたらし、中国景気は年末までには比較的安定した成長軌道に乗ってくるとみられます

 中国の政策対応は社会主義国家ならではの機動力に優れています。3月の全人代において打ち出した積極的な財政政策の効果が夏場に弱まってきたことから、当局は8~9月に預金準備利率引き下げ等の追加策を導入しました。米中摩擦による悪影響だけであれば、これらの追加策だけで景気を安定成長軌道に乗せることが可能であったと思われます。しかし、8月から10月にかけて豚コレラの影響で豚肉価格が高騰したことから、当局の計算に狂いが生じました。消費者物価上昇率は8月の前年同月比2.8%から9月には3.0%、10月に入ると3.8%まで加速しました(図表2)。10月の豚肉価格は前年同月比で3倍強となり、それだけで消費者物価を2.42%ポイント押し上げました。豚肉価格の上昇は代替品である鶏肉や牛肉にも波及し、肉類による物価押し上げ効果は2.92%ポイントに達しました。物価上昇の負担は重く、実質ベースでみた10月の小売売上の増加率は前年同月比で4.9%と、6%弱の伸びを確保していた7~9月から減速しました。米中摩擦で企業の生産活動が弱い中で民間消費にも弱さがみえたことで、中国当局は11月20日に年収が年間12万元を超えない層に申告納税義務を今後2年間免除することを決定しました。中国当局は、今後も必要に応じて景気対策を継続していくとみられます。2020年についても、6%程度の成長率目標が掲げられることに伴って大規模な財政パッケージで景気を支える構図が続くと見込まれます

(図表2)中国:消費者物価上昇率の推移
中期的には財政刺激策を縮小せざるを得ない

 しかし、財政政策の力で6%程度の経済成長率を維持することは、今後、中期的には非常に困難になるとみられます。2019年においては、新規の政策による歳出増加額と歳入減少額は合わせて約4兆人民元、GDP比では4.4%に達します(当レポートの9月11日号「中国の追加策は控えめ。中期的な財政懸念が足かせに」をご参照下さい)。地方政府の基金や、予算安定化基金などを含めた広義の財政赤字はGDP比で6.6%に達します。公表されている財政赤字はGDP比で2.8%ですから、実態に比べるとかなり小さいと言えます。

 ここで、各種の前提を置き、中国当局が財政政策による成長率押し上げ効果を今後も2019年と同じ水準で維持すると仮定して試算してみると、広義の財政赤字は2020年には8.9%、2021年に11.2%、2022年には13.6%に拡大することになります(1ページの図表1)。一方、広義の公的債務は、2019年末時点ではGDP比で42.2%と、依然として比較的低水準と言えますが、上記の前提に基づくと、2023年にはGDP比で70%超える水準に上昇します(図表3)。この水準に鑑みると、現在の財政刺激規模は維持可能とは言えず、中期的には財政刺激策の規模を縮小せざるを得ません

(図表3)中国:GDP比でみた公的債務のシミュレーション
「構造改革」に注力する中国

 現状維持が不可能な中で中国当局が取り組んでいるのが「構造改革」です。中国当局は、経済を構造的に改革することで、成長率の低下を最小限にとどめるべく、より活力のある経済構造への転換を図っています。とはいえ、中国流の「構造改革」は先進国での構造改革とは性格がやや異なります。社会主義体制の下、当局が強く関与する形での改革が実施されています。以下に、直近で重要度の高い改革を4つ挙げたいと思います。第一は、製造業の高付加価値化です。米中摩擦において、米国が、中国政府の掲げる「中国製造2025」戦略を強く批判しているのは周知の通りですが、これまで製造業の高度化を軸に中所得国への道を歩んできた中国にとっては、製造業における生産性の向上は目標として欠かせないところです。外資の導入だけでは生産性のこれまで通りの向上を期待しにくくなる中、当局が積極的に支援する形での発展を模索しています。その重要性を踏まえると、米国から批判されたとしてもこの製造業の発展戦略を国家戦略から除外できないのはこのためです。直近では、中国は習近平総書記がイノベーションを重視する旨を自ら演説で述べるなど、幅広い領域での発展を図っています。7月22日には中国版ナスダックとされる「科創版」が設けられ、資本市場を積極的に活用する形でのイノベーションの進展が目指されています。

 第二は、中小企業向け貸し出しの活性化です。中国では従来、大型国有企業が金融機関からの資金をほぼ独占する時代が長く続いたことで、他の国と比べて中小企業が金融機関から借り入れるハードルが高い状況が続いていました。しかし、中小企業が円滑に資金調達できない限りは経済の活性化は望めないとの考え方の下、当局は金融機関に対し、中小企業向け貸し出しの増加を積極的に働きかけてきました。中国人民銀行が推進する貸出プライムローン(LPR)による金利決定メカニズムの拡大もこの考え方に沿ったものです。中国では、従来、大企業の借り入れに際しては金利水準が低めのLPR基準での貸し出しが中心であったのに対し、中小企業は金利が比較的高めの貸出基準金利に基づいて貸し出しを実施するケースが中心でした。しかし、中国人民銀行は8月に、大規模銀行に対し、LPRを基準とする貸し出しを2020年3月までに貸し出し全体の8割以上にするよう指導を行いました。この政策は中小企業の借入金利を下げる意図をもって行われたと考えられます。

 第三は、貸出レバレッジの引き下げです。中国では近年企業債務が大きく増加し、このままでは将来大きな問題を起こしかねないとの懸念が生じていました。この問題に対処するため、国家発展改革委員会などの当局は7月に企業レバレッジ引き下げを促進する体制の整備を行いました。銀行が融資の株式化を働きかけ、当該株式を市場で取引できるようにするためのスキームが公表されました。今後、具体的な政策が立案される見通しです。

 第四は、いっそうの対外開放と外資の利用促進です。金融やサービスなどの分野で市場が閉鎖的であり、外資系企業の参入が制限されているという米国からの批判を受けて、金融や自動車など多くの分野で外資企業が投資しやすくするための策が導入されました。こうした政策は、今後の海外からの直接投資の減少ペースを緩慢にする効果が見込まれます。

 今後、中国経済を理解する上では、こうした構造改革の動きに十分な注意を払っていく必要があるでしょう。構造改革は衰退する産業の構造転換や産業の高度化を促進する効果を有します。その一方で、外資開放によってこれまで保護されていた国内企業が競争力を失っていく面も想定できます。こうした改革は力のある中国企業の国際競争力を向上させていくと考えられ、中国株式投資の観点から注目していく必要があるでしょう。

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MC2019-136