グローバル・ビュー
米中フェーズ1合意による「巻き添え」被害に注意
要旨
米中合意はグローバル金融市場の安心材料に―新興国への注目度が上昇
米中がフェーズ1合意に達したことで、2020年11月に予定される米大統領選挙までは米中関係の大きな悪化が考えにくい状況となりました。その意味で、今後の金融市場の焦点はグローバル景気が回復軌道をたどるかどうかに移ると考えられます。2020年は、特に新興国における景気回復の動きが目立つとみられますが、米中摩擦の緩和で人民元の対ドルレートが安定性を強めるとみられる点は、中国以外の新興国通貨に上昇圧力をもたらすことで、それらの国々の投資環境改善に寄与するとみられます。
米中合意による「巻き添え」被害には注意
一方、米中フェーズ1合意の締結が、一部の国・市場に対して思わぬ「巻き添え」被害をもたらす公算が大きいことには今後注意が必要です。合意案の具体的な内容や合意後の進捗状況が注目されます。特に、今後、中国はブラジル産の大豆などをはじめとする農産物の輸入を減らす可能性が高く、仮にブラジルからの農産物輸入が50億米ドル減らされる場合、ブラジルのGDPは0.3%ポイント押し下げられることになります。他方、中国の米国からの輸入は中国当局が期待するほど増えない可能性があり、その場合は、程度にもよりますが米国が再び追加関税措置を発動するリスクが高まります。このリスクを測るうえで、中国当局が輸入増加のためにどのような具体策を導入するかにも目を向けていく必要があるでしょう。
米中合意はグローバル金融市場の安心材料に
米中両国がフェーズ1合意に達したことを好感し、米国をはじめとするグローバル金融市場では株価と長期金利がともに上昇しました。当レポート10月16日号「米中部分合意でゲームが変わる」で指摘していた通り、中国側が農産物をはじめとする米国商品の大量購入を始めることで、2020年11月の大統領選挙に向けて有権者へのアピールを重要視するトランプ政権が中国に対して追加的な制裁措置を講じる可能性は大幅に低下すると考えられます。フェーズ2に向けた今後の米中交渉がうまく進捗しなかったとしても、中国による財・サービスの購入停止を懸念する米国側は追加関税措置という手を事実上封印するとみられます。このため、米大統領選挙までは、米中関係にはグローバル金融市場を大きく揺るがすような動きは生じにくく、その意味で、今後の金融市場の焦点はグローバル景気が回復軌道をたどるかどうかに移ると考えられます。米中合意によって不透明感が低下することは、先週の総選挙後の英国が合意の下でのEU(欧州連合)離脱(ブレグジット)を進めることがほぼ確実になったことと併せて、設備投資計画の実行をためらっていた企業の背中を押すことになり、今後の景気回復の動きを後押しすることになるでしょう。2020年は、特に新興国における景気回復の動きが目立つとみられますが、米中摩擦の緩和で人民元の対ドルレートが安定性を強めるとみられる点は、中国以外の新興国通貨に上昇圧力をもたらすことでそれらの国々の投資環境改善に寄与するとみられます。
米中合意による「巻き添え」被害には注意
米国側の発表では、中国は米国からの輸入額を今後2年間に2017年比で2,000億米ドル以上増やすとしています。仮に中国のサービス輸入がそれほど大きくは増えないと仮定すると、これは2019年1-11月に年率換算で1,220億米ドルにまで落ち込んだ米国からの輸入額を年間2,552億ドル(2017年の実績1,551億米ドル+1,000億米ドル)まで、1,332億米ドル引き上げる必要があることを意味しています。これは中国にとっては2018年のGDPの1.0%に相当する金額であり、米国からの輸入増加を全て国内供給の削減によって代替するなら、2020年のGDP成長率に対して1.0%ポイントという深刻な下落圧力をもたらしてしまいます。このため、中国としては、米国からの輸入を増やす分は他国からの輸入を減らすことで対応したいところでしょう。
農産物の分野では、米国高官発言として報道されるところによれば、中国は米国から年間400億米ドル分を購入する約束をしたとのことです。これが正しいとすると、中国が米国から輸入する農産物は、2019年に見込まれる110億米ドル(1-10月分の計数を年率換算)から400億米ドルへと290億米ドル増やす必要があります。豚コレラによる豚肉の供給不足に悩む中国は、他国からの輸入を犠牲にせずに豚の輸入を増やすとみられますが、それ以外の大豆等の分野では他国への影響が避けられません。中国の農産物輸入額は過去3年間で年平均100億米ドル程度増加しました。2020年も100億米ドル程度は自然に増加するとし、その全てを米国からの輸入で賄うとしても、残る190億米ドルは他の国からの輸入を減らす必要があります。過去2年間で中国が農産物の購入を大きく増やしたのはオセアニア、ブラジル、ASEAN5カ国ですが、今後、中国はブラジル産の大豆などをはじめとする農産物の輸入を減らす可能性が高いと判断されます。仮にブラジルからの農産物輸入が50億米ドル減らされる場合、ブラジルのGDPは0.3%ポイント押し下げられることになります。2019年のGDP成長率が1%程度とみられるブラジルにとって、その影響は決して小さくはありません。また、ある農産品(例えば大豆)について中国が米国以外の国からの買い付け額を減らす場合には、その商品の価格に下落圧力がかかり、輸出国の貿易収支を悪化させてしまう可能性がある点も要注意です。
他方、中国の輸入全体の動きを国別にみると、2019年の輸入額が2017年に比べて大きく増えたのは、ASEANおよび欧州、オセアニア、サウジアラビア、ブラジルでした。これらの輸入増加の一部は米国からの輸入を減らすことに伴う代替需要であるとみられ、その分については米国からの輸入増額に伴って再び減る可能性があると言えるでしょう。このような形で、米中フェーズ1合意の締結が、一部の国・市場に対して思わぬ「巻き添え」被害をもたらす公算が大きいことには今後注意が必要です。合意案の具体的な内容や合意後の進捗状況が注目されます。
最後に、中国が米国と合意した通りに輸入を増やせない可能性についても、リスクとして指摘したいと思います。今回の米中合意による輸入増加は、そもそも市場に任せておいたのでは達成が困難であり、中国当局が国有企業等に強力に指導することによって達成を目指すことが見込まれます。しかし中国社会の中での国有企業の重要性は近年低下しており、中国当局が期待するほど米国からの輸入が増えない可能性もあります。その場合、程度にもよりますが、米国が再び追加関税措置を発動するリスクが高まります。このリスクを測るうえで、中国当局が輸入増加のためにどのような具体策を導入するかにも目を向けていく必要があるでしょう。
米中フェーズ1合意によって米国からの輸入を増やす場合、他国からの輸入を大幅に減らす必要が出てくる
特にブラジルへの悪影響には要注意
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MC2019-151