グローバル・ビュー
「激動の1カ月」を検証
要旨
2月下旬から3月6日までは景気悪化が市場の動揺を主導
過去1カ月間のグローバル金融市場は近年まれにみる激震に見舞われました。2月下旬以降、現在に至るまで、コロナウイルスの感染拡大が欧米の景気見通しを悪化させ続けたことが、様々な形で金融市場のストレスを高めてきました。2月下旬から3月6日までの局面では、それまで景況感が良好であった米国にもコロナウィルスの悪影響が及ぶことが市場によって認識され、株安とドル安が同時進行しました。
3月9日以降は「逆オイルショック」が加わって信用リスクが上昇
3月9日以降は、米欧の景気悪化についての懸念がさらに高まったことで、「逆オイルショック」という新しい問題が生じ、それが金融市場に激震をもたらすことになりました。この局面では、金融市場において、①社債利回りの国債利回りに対するスプレッドの拡大、➁ドル安からドル高への反転、➂信用リスクが強く意識されることに伴う株安の加速—が生じました。
3月半ば以降は景気見通しが劇的に悪化
3月半ば以降は、多くの国・地域で外出禁止令が発令されたことで、欧米経済が短期的に極めて大きな景気悪化に直面することが明確となってきました。金融市場の機能低下と景気の急速な悪化の見通しに直面した中央銀行は、さらに積極的な対策にかじを切りました。株安は継続したものの、国債市場や為替市場では安定化の兆しが出てきました。
短期的には財政政策と信用リスク懸念の行方が鍵に
米欧では実体経済が歴史的なペースで悪化していくことが見込まれる中、各国政府は財政出動の方向性を明確に打ち出してきました。金融市場では、引き続きボラティリティが高い状況が続くとみられるものの、金融当局は全力を挙げて事態の改善につとめており、今後実施されるとみられる財政面での政策も市場に対して相応の安定化効果をもたらすとみられます。金融市場をみるうえでは、①景気悪化が金融市場にどのような追加的なストレスをもたらすか、➁金融・財政政策がそのストレスに対してどのような緩和効果をもたらすか―が短期的に重要になると考えられます。
2月下旬から3月6日までは景気悪化が市場の動揺を主導
過去1カ月間のグローバル金融市場は近年まれにみる激震に見舞われました。ダウ工業株30種平均は2月21日から3月24日までの1カ月余りの間に35.9%下落、新興国を含む世界のその他主要国の株価指数も大幅に下落しました。為替市場でも、この1カ月の間に急速なドル高が進行、欧米の社債市場でも動揺が広がり、社債利回りの国債利回りとのスプレッドが急拡大しました。以下では、過去1カ月に欧米の金融市場で生じた動きを整理するとともに、今後の短期的な注目点について考察したいと思います。
コロナウィルスの感染者は2月中旬までは中国を中心とするアジア地域を中心に増加し、米国での感染拡大は限定的でした。米国における景況感は、感染拡大によって不透明感が強まるアジア地域や景気の弱さが目立ち始めた欧州と比較するとかなり良く、その結果として米国に世界からの投資が集まり、ドル高が進行するという「米国一極集中」の状況となりました。
しかし、2月下旬になると欧米での新規感染者数が明確に増加をはじめたことで、米国の景況感が突出して良好な構図は崩れました。2月下旬以降、現在に至るまで、コロナウイルスの感染拡大が欧米の景気見通しを悪化させ続けたことが、さまざまな形で金融市場のストレスを高めていきました。ここで生じた変化は、米国経済の悪化懸念が出始めたことで、それまで進行していたドル高の巻き戻しが生じ、ドル安が進行し始めたことでした。また、米国国内での景気悪化に対する懸念が強まったことで、株価の下落が続きました。さらに、2月20日までは1.5%台であった10年物米国債利回りは3月2日には1.10%まで低下しました。
大幅な株価の調整に直面したFRB(米連邦準備理事会)は3月3日に緊急FOMC(米連邦公開市場委員会)を開催し、政策金利を50bp(ベーシスポイント)引き下げて1.00~1.25%とした(図表1)ものの、感染問題の深刻化による景気悪化懸念が同時に強まったことから株価の下落傾向は続きました。10年物米国債利回りの低下も続き、3月9日には0.54%に達しました。米欧間・日欧間の長短金利差が縮小したことで、ドル安はさらに加速し、2月21日から3月9日にかけて、ドルの為替レートは対ユーロで5.7%、対円では9.3%下落しました。
3月9日以降は「逆オイルショック」が加わって信用リスクが上昇
3月9日以降は、米欧の景気悪化についての懸念がさらに高まったことで、「逆オイルショック」という新しい問題が生じ、それが金融市場に激震をもたらすことになりました。3月6日(金曜日)まではブレント原油価格は何とか1バレル=40ドル台後半の水準を維持していました。欧米の景気悪化が視野に入る中でも、その週末に開催されるOPECプラスの会合でサウジアラビアやロシアなど主要産油国が減産に合意すれば原油価格の下落は防げるとの思惑があったためです。しかし、OPECプラスでの交渉は決裂、サウジアラビアが増産姿勢を打ち出したことで、週明けの3月9日にはブレント原油価格が一気に1バレル=30ドル台前半まで暴落しました。
この「逆オイルショック」の影響は極めて大きく、①世界の石油・化学産業、➁米国のシェールオイル・ガス産業、➂エネルギー産業による資金調達が比較的活発なハイ・イールド債市場、④ロシア、サウジアラビア、ブラジルなど産油国の景気・金融市場—などへの直接・間接的な悪影響が懸念される事態となりました。米国をはじめ世界の主要市場において株価が大きく値下がりしただけではなく、前週までは正常に機能していた社債市場で信用リスクの高まりが意識されるようになりました。3月9日を境として、ドル建て、ユーロ建ての社債の国債利回りとのスプレッドが拡大を始めました。グローバル金融市場は、3月9日に新しい局面に入ったと言えるでしょう。
折しも、イタリアでは3月10日に外出禁止措置の適用地域がイタリア全土に広げられ、コロナウイルス問題がさらに深刻化してきました。景気見通しのいっそうの悪化が視野に入る中、欧米の企業は手元の流動性、特にドルの現金を確保する姿勢を強めました。株価など資産価格の値下がりに直面した一部投資家も、海外資産を含むリスク資産を売って現金に換金する動きを強めたと思われます。これらの動きが重なり、金融市場において、①社債利回りの国債利回りに対するスプレッドの拡大、➁ドル安からドル高への反転、➂信用リスクが強く意識されることに伴う株安の加速—が生じました。FRBは3月12日からレポ市場で大量の資金供給を開始しましたが、金融市場での現金への需要は高まるばかりで、安全資産とされる米国債市場でも流動性の問題が生じてきました。10年物国債利回りが3月9日を底に再び上昇し始めたのはこのためです。
米国だけではなく、欧州における国債市場でも長期国債利回りが上昇を始めました。ECB(欧州中央銀行)は3月12日の理事会で量的緩和政策の拡充と、金融機関への低利融資を拡充する措置を決めましたが、株価を含めた金融市場の反応は限定的でした。欧米市場では、資金調達力の弱い企業が連鎖的に倒産し、金融システムに悪影響が及ぶリスクの高まりが意識されるようになりました。
中央銀行は、こうした状況を放置しておくわけにはいきません。FRBは3月15日に臨時FOMC会合を開催し、政策金利を0.00~0.25%へと引き下げて事実上のゼロ金利策を導入するとともに、量的緩和政策の再実施を決めました。今後数カ月における国債の購入額は5,000億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)については2,000億ドルとされました。その一方、FRBはECBや日本銀行など他の主要中銀に対してドル資金の供給を拡充することで、海外におけるドル資金の枯渇を食い止める措置も打ち出しました。それでも、コロナウイルスの感染拡大が続く状況下で、信用リスクへの警戒感がさらに強まり、ドル建て・ユーロ建て社債利回りの上昇やイタリアやスペインといった欧州周縁国の長期国債利回りの上昇が続きました。
3月半ば以降は景気見通しが劇的に悪化
一方、多くの国・地域で外出禁止令が発令されたことで、欧米経済が短期的に極めて大きな景気悪化に直面することが明確となってきました。欧州では外出禁止令がイタリア(3月10日から開始)、スペイン(14日から)、フランス(17日から)、ドイツの一部(バイエルン州で20日から)、英国(24日から)で発令されました。米国では、カリフォルニア州(19日から)、ニューヨーク州(22日から)などで外出禁止令が発動されました。外出禁止令によってサービス消費が減少し、設備投資が停滞することは確実であり、セントルイス連銀のブラード総裁は米国の4-6月期の名目GDPが半減してもおかしくないと22日に述べています。
ブラード総裁の見解は大統領府・議会に対して大規模な景気対策を訴える狙いがあったと考えられますが、米国内の民間調査機関でも、多くのエコノミストが米国の経済見通しを直近で引き下げており、現時点では、4-6月期の実質GDP成長率見通しが前期比(年率換算なし)でマイナス4~マイナス7%に落ち込むとの見方が一般的です。米国経済は、リーマンショック時において2008年7-9月期から2009年4-6月期まで4四半期連続での前期比マイナス成長を記録しましたが、その1年間の累積での実質GDPの落ち込みがマイナス3.9%であったことを踏まえると、2020年4-6月期に予想される景気の落ち込みが極めて大きなものであることがわかります。欧州の多くの国でも同様の景気悪化が見込まれます。市場では、景気の悪化見通しが強まったことで、原油価格はさらに下落し、クレジット市場などでのストレスが強まりました。他方、景気の悪化に対して各国が財政出動を行うという見通しが強まったことも、現金への選好の強まりとともに、米欧における3月半ば以降の長期国債利回りの上昇に拍車をかけました。
金融市場の機能低下と景気の急速な悪化見通しに直面した中央銀行はさらに積極的な対策にかじを切ります。ECBは3月18日に臨時理事会を開催し、①今年末までの資産購入可能枠を7,500億ユーロ追加し、柔軟に資産を購入していくこと、➁購入対象資産に非金融機関発行のコマーシャルペーパー(CP)を追加することを決定しました。米国では、FRBが3月23日に緊急FOMC会合を開き、国債、MBSの購入額を当面制限を設けずに「必要なだけ」購入するとともに、購入対象の商業用不動産ローン担保証券への拡大、新発債・既発債の購入や4年間の企業向けつなぎ融資を実施するファシリティ制度の創設を決めました。
米欧の金融当局が当面考えられる政策を総動員したことで、金融市場の一部では安定化の兆しが出始めました。大きく上昇していたイタリアをはじめとする欧州周縁国の長期国債利回りは低下に転じ、3月18日には1.18%まで上昇していた米国の10年物国債利回りも3月24日には0.84%まで低下しました。ユーロドル市場でも、3月10日以降続いてきたユーロ安ドル高の動きが23日にはユーロ高ドル安に反転しており、金融市場の正常化に向けての動きが徐々に出始めています。
短期的には財政政策と信用リスク懸念の行方が鍵に
FRBやECBなどの中央銀行が総力戦を展開しているとはいえ、外出禁止令に伴う経済規模の縮小を直接的に食い止める効果は限定的です。3月23日の米国株式市場において、早朝にFRBが一連の経済対策を発表したにもかかわらず当日の株価指数が下落したのは、金融政策による対応だけでは不十分であることを象徴している出来事であったと考えられます。米欧景気が劇的に悪化するなかでの必要な政策対応は、財政出動にほかならず、外出禁止令によって経済的な打撃を受ける国民に救済措置を導入し、失業者の急増を防ぐために企業への支援を強めるなど、コロナウイルス感染問題の終息とともに景気が順調に回復するサポートが求められています。欧州ではすでに既にドイツとスペインが超大型の景気対策を導入する意向を公表しました。米国では、与野党が1~2兆ドル(GDP比で約5~10%相当)規模の経済対策を策定すべく、交渉を進めています(3ページ図表1)。3月24日の米国株式市場でS&P5000株価指数が前日比で9.4%もの大幅な上昇を記録したのは、経済対策をめぐる与野党合意が近いとの期待感が高まったことによるものでした。
今後、米欧では実体経済が歴史的なペースで悪化していくことが見込まれることから、金融市場では、ボラティリティが高い状況が続くとみられます。米欧社債の利回りの国債利回りに対するスプレッドが開いた状態が続いており、中央銀行による政策の効果はまだ十分ではありません。しかし、金融当局は全力を挙げて事態の改善につとめており、今後実施されるとみられる財政面での政策も市場に対して相応の安定化効果をもたらすと予想されます。金融市場を見るうえでは、①景気悪化が金融市場にどのような追加的なストレスをもたらすか、➁金融・財政政策がそのストレスに対してどのような緩和効果をもたらすか―が短期的に重要になると考えられます。
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