グローバル・ビュー

新興国が米中フェーズ1合意の恩恵を享受

Invesco Mountain

要旨

新興国が米中フェーズ1合意の恩恵を享受

1月15日に署名された米中フェーズ1合意によって短期的に最も大きな恩恵を享受するのは米国であり、中国が米国からの輸入を合意通りに増やせば、米国のGDP成長率は約0.5%ポイント押し上げられます。その一方で、今回の米中合意が新興国にもたらす恩恵も大きく、①人民元為替レートの安定が中国以外の新興国通貨の安定をもたらし、証券投資や直接投資資金の流入につながりやすい、➁中国景気の安定化が新興国景気にプラス効果をもたらす、という経路でのプラス効果を見込めます。特に、①については、人民元と他の主要新興国通貨との相関が強まっている点が注目されます(図表1参照) 。

中国の輸入拡大公約の達成は困難。ただし米国は容認する公算

他方、中国が合意した通りに2020年の米国からの輸入額を1,000億ドル程度増やすことは容易ではありません。それでも、中国の米国からの輸入は2019年比で大きく増加する可能性が高いとみられます。輸入増加が大規模なものである限り、トランプ政権は合意の成果を有権者向けにアピールし、輸入拡大の約束が未達成であっても容認する公算が大きいと考えられます。
(図表1)中国人民元と主要新興国通貨との相関係数
新興国が米中フェーズ1合意の恩恵を享受
 1月15日に署名された米中フェーズ1合意により、グローバル金融市場の不透明感は大きく後退しました。短期的に最も大きな恩恵を享受するのは米国です。米ホワイトハウスの発表資料等を基にすると、米国の中国向け輸出は2020年に2,915億ドルとなる見込みです(図表2)が、これによって2019年の米国から中国への輸出は1,000憶ドル程度増加することになります。もし中国が米国からの輸入を合意通りに増やせば、年間のGDPが21兆ドル程度の米国のGDP成長率を約0.5%ポイント押し上げる効果をもたらします
 その一方、新興国が今回の米中合意がもたらす恩恵が大きいことも、注目に値します。新興国は主として次の2つの経路を通して恩恵を受けると考えられます。第一は、人民元為替レートの安定が中国以外の新興国通貨の安定をもたらす公算が大きい点です。中国当局は、2015年夏における対ドルでの切り下げ政策の実施(いわゆる「人民元ショック」)までは、人民元の対ドルでの安定を優先する政策を採用していました。このため、中国人民元とその他の新興国通貨の相関は低く、月次変動率でみた相関係数は多くの国・地域でマイナスでした。しかし、人民元ショック以降、新興国通貨は人民元相場が対ドルで下落すれば一緒に下落、逆に人民元相場が戻せば一緒に戻すという形で連動して動く性格を強めています。この結果、人民元と主要新興国通貨の相関係数は大きく高まりました(図表1)。米中摩擦が激化して以降は、その影響から人民元の対ドル相場が振れるのに呼応して他の新興国通貨も対ドルで振れる展開となっていました。
 しかし、米中フェーズ1合意の締結はこれまでの動きに転機をもたらしそうです。今秋に予定される米大統領選挙までは米中摩擦の激化が避けられる可能性が高く、それまでは中国人民元の対ドル為替相場の下落は限定されると予想されます。既にその兆候は表れており、米中合意への期待感が高まった昨年9月以降、新興国通貨の平均対ドル為替レートは、中国人民元の動きに合わせて上昇傾向で推移してきました(図表3)。
中国は米国からの大幅な輸入拡大で合意
(図表2)米中フェーズ1合意の下での米国の中国向け輸出
 多くの新興国・地域は、米中摩擦の余波を受けて2018年後半から景気減速に直面しましたが、2020年には景気の回復が見込まれ、資本流入を期待できる環境にあります(当レポート2019年12月4日号「2020年の注目資産—新興国資産や社債、不動産」をご参照ください)。足元での新型コロナウィルスの患者増加による影響など不透明要素はあるものの、米中フェーズ1合意で中国人民元為替レートが安定すれば、他の新興国通貨が安定あるいは増価することで、直接投資や証券投資資金の流入額の増加をもたらす可能性が高いと考えられます
 米中フェーズ1合意が新興国に及ぼすもう一つの恩恵が、中国景気の安定に伴うプラス効果です。米中フェーズ1合意は、中国景気の先行きについての不透明感を後退させる効果をもたらすとみられます。不透明感の後退は設備投資や在庫等の需要増加をもたらし、中国以外の新興国・地域から中国向けの輸出増加につながるとみられます。その兆候は既に顕在化しはじめており、中国による輸入額(ドルベース)は昨年11~12月に比較的明確に増加しはじめました(図表4)。米中フェーズ1合意によって中国が米国以外の国・地域からの輸入を減らすことでブラジルなど一部の新興国にはある程度の悪影響が及ぶとみられる(当レポート2019年12月18日号「米中フェーズ1合意による「巻き添え」被害に注意」)ものの、多くの新興国・地域ではプラス効果がマイナス効果を上回ることが見込まれます。
人民元の対ドル相場上昇に合わせて、他の新興国通貨も上昇
(図表3)主要新興国通貨と中国人民元の対ドル相場の推移
中国の輸入拡大公約の達成は困難。ただし米国は容認する公算
 米中フェーズ1合意では、中国は米国からの巨額の輸入拡大を公約しました。 しかし、前年比で1,000億ドル程度の輸入拡大は容易ではなく、今後のグローバル金融市場を見る上ではこの点にも注意が必要です。これは2019年の財・サービス輸入総額の約3.9%、GDPの約0.7%に相当する膨大な金額であり、資本主義経済であれば余程のインセンティブを設けない限り達成は困難でしょう。中国当局は今後様々なチャネルを通じて、民営企業を含む企業セクターに対して米国からの輸入促進を働きかけていくとみられますが、輸入拡大のコミットメントを達成することは容易とは思えません。輸入がどの程度拡大できるかは今後の中国当局の采配次第ですが、実際の輸入額はコミットした額に達しない可能性が高いと思われます。
 それでも、中国の米国からの輸入は2019年比で大きく増加するとみられます。トランプ政権は中国側に様々なレベルで約束した輸入増加の達成を働きかけると思われますが、中国による米国製品の輸入増加が大規模なものである限りトランプ政権は有権者向けに合意の成果をアピールすることが可能であり、ある程度の輸入拡大の約束が未達成であっても容認する公算が大きいと考えられます。ただし、この点が大統領選挙戦において民主党候補から攻撃の厳しい対象となり、その結果としてトランプ大統領の再選が危うくなる場合には、トランプ政権が合意の破棄や制裁強化などの強硬策に出る可能性があるため、金融市場動揺のリスクとして注意する必要がありそうです。
足元で中国の輸入が増加し始めた
(図表4)中国の輸出入の推移(ドルベース、季節調整済み)
(図表5)米中フェーズ1合意(2020年1月15日署名)のポイントと評価

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MC2020-007