グローバル・ビュー

米国:「最大雇用」に向けた動きが加速

Invesco Global View
要旨
FRBのスタンスが「タカ派化」したわけではない

金融市場では、FRB(米連邦準備理事会)がタカ派化してきたとの見方が金融市場で台頭しています。しかし、私は、過去1~2カ月において、米国の雇用環境が、FRBが目標とする「最大雇用」に向けて想定以上に改善してきたことが、FRBの政策の変更を促しつつあるのであり、FRBのスタンス自体が変わったわけではないと考えています。

米国の雇用環境は足元で力強く改善

米国雇用環境の改善を示唆する具体的な動きとしては、①失業率が金融市場やFRBの想定以上に低下してきたこと、➁人種や学歴、年齢による雇用情勢格差の面でも改善がみられること、➂就業者数が大きく回復してきたこと、④11月における就業者数の増加が、失業者の減少だけではなく、いったんは退職した人々が再び就業することによってもたらされたこと―が挙げられます。

FRBによる初回の利上げは2022年半ばと予想

新型コロナウイルスの新たな変異株であるオミクロン株がもたらす景気への悪影響が限定的であるならば、FRBによる初回の利上げが予想されるタイミングは、私が以前に想定していた「2022年後半から2023年のはじめ」ではなく、2022年半ばとなる可能性が高いと考えます。一方で、米国の株式市場がテーパリングの加速についてのパウエル議長の発言からそれほど大きく悪影響を受けなかった背景には、金融緩和の縮小がインフレ懸念によって促されるのではなく、景気拡大に促される形で実施されるという見方があると思われます。オミクロン株については、米国景気にとって当面の最大のリスクとして引き続き注意が必要です。

FRBのスタンスが「タカ派化」したわけではない

 FRB(米連邦準備理事会)がタカ派化してきたとの見方が金融市場で台頭しています。「タカ派化」を市場に強く印象付けたのが、パウエルFRB議長が11月30日の上院銀行委員会で証言において12月14~15日に開催予定のFOMC(米連邦公開市場委員会)での大規模な債券買い入れプログラムの縮小加速(テーパリングの加速)を検討すべきだと言及した点でした。オミクロン変異株の出現で景気の先行きが不透明感を増す中での発言であっただけに、金融市場ではパウエル氏をはじめとするFRB主流派の金融政策に対するスタンスがタカ派化したとの認識が広まり、FRBが政策金利の引き上げをこれまでの想定よりも前倒しで実施するとの見方が広がりました。

 FRBの政策スタンスは本当にタカ派化したのでしょうか。よく知られているように、FRBは金融政策の遂行に際して、「最大雇用」と「物価安定」という2つの目標の達成を義務付けられています。このうち、「物価安定」の方は、足元でのインフレ率が2%を大きく超えていることから既に達成されています。インフレの高止まりが続くことで人々のインフレ期待が大きく高まるような場合には、2%を超えるインフレが中期的に続いてしまうリスクが出てくるものの、足元では中長期の期待インフレ率はまだ安定しており、その心配をすべき段階にはありません。したがってFRBは、現時点では、もう一つの目標である「最大雇用」の達成に焦点を当てて金融政策を運営していることになります。私は、過去1~2カ月において、米国の雇用環境が、FRBが目標とする「最大雇用」に向けて想定以上に改善してきたことが、FRBの政策の変更を促しつつあると考えています。つまり、FRBの金融政策スタンスが「タカ派化」してきたのではなく、現実の米国経済が改善してきたことにFRBが対応しつつあると理解すべきでしょう

米国の雇用環境は足元で力強く改善

 米国雇用環境の改善を示唆する具体的な動きとして、以下の4点を挙げたいと思います。第1は、失業率が金融市場やFRBの想定以上に低下してきた点です(図表1)。2021年に入ってから6月までは失業率が比較的ゆっくりとしたペースで低下しましたが、その後はペースを上げ、9月は5%割れの4.8%、10月は4.6%、11月は4.2%まで低下してきました。9月のFOMCにおいて、10-12月期の失業率の平均値としてFOMC参加者が予測していた水準が4.8%(中央値)であったことを考えると、想定以上の速さで失業率が低下してきたことがわかります。

(図表1)米国:失業率の推移

 第2は、パウエル議長がこれまでの議会証言において度々触れてきた、人種や学歴、年齢による雇用情勢格差の面でも改善がみられる点です。黒人・白人間の失業率格差やヒスパニック・白人間の格差、「20~24歳」と「35~44歳」の格差は過去数カ月で大きく縮小し、直近の2021年11月時点ではコロナ直前の格差に近い水準となりました。雇用環境の改善がインフルーシブ(包含的)な形になってきています。「高校卒」と「大学卒以上」の失業率格差はまだコロナ前には戻っていないものの、過去数カ月で改善傾向にあることがうかがえます(図表2)

(図表2)米国:失業率格差の推移

 第3は、就業者数が大きく回復してきた点です。家計へのサーベイに基づいて計測される就業者数は、10月に36万人増加した後、11月には114万人も増加しました。企業へのサーベイに基づいて計測される非農業部門雇用者数の増加は10月(55万人)、11月(21万人)を合わせると76万人であり、市場予想を下回る結果となったものの、就業者数の増加を踏まえれば、11月の雇用関連統計は失望をもたらす内容ではなかったと言えるでしょう。1990年代以降に景気後退期入り後の利上げのタイミングを振り返ると、過去3回とも、就業者数が景気後退期に入る直前の水準をある程度上回って初めてFRBが初回の利上げを実施していたことがわかります(図表3)。今回のコロナ禍に伴う局面では、就業者数がボトムであるポイントXから直近(11月時点)のポイントYに回復してきました。過去数か月間の平均的なペースで就業者の回復が続けば、2022年末までには就業者数が利上げ可能な水準(ポイントB)に達しますが、仮に11月にみられた速いペースでの就業者数の増加が続く場合は、2022年半ばに利上げ可能な就業者水準(ポイントA)に到達します。

(図表3)米国:景気後退からの回復期における就業者増加の動きと政策金利引き上げのタイミング

 第4は、11月における就業者数の増加が、失業者の減少だけではなく、いったんは退職した人々が再び就業することによってもたらされた点です(図表4)。米国の労働力不足の背景として、失業者がコロナ禍で退職した人々がなかなか職場に戻ってこないことが多くの市場関係者によって指摘されています。確かに10月までの統計を見る限りはその通りですが、11月は失業者の減少による就業者の増加数が54万人であったのに対して、労働力市場に新たに参加した人々による就業者の増加数が59万人を記録しました。企業は人手不足に直面する中で、入社一時金や賃金の引き上げ、より柔軟な働き方の提示などによる採用努力を強めてきました、直近ではそうした努力が功を奏しつつあるとみられます。

(図表4)米国:2000年以降の景気後退期における就業者数の変化(FRBによる初回の利上げまでの期間)
FRBによる初回の利上げは2022年半ばと予想

 米国労働市場で生じている前向きの動きは経済再開の進展を示すものにほかならず、雇用増加が所得増加と消費の増加を促すという形で米国景気が力強さを増していることを示唆しています。こうした動きをうけてFRBがテーパリングの加速を議論するのはある意味で自然と思われます。利上げについても同様であり、以上で触れた状況を踏まえて、オミクロン株がもたらす景気への悪影響が限定的であるならば、FRBによる初回の利上げが予想されるタイミングは、私が以前に想定していた「2022年後半から2023年のはじめ」ではなく、2022年半ばとなる可能性が高いと考えます

 一方で、米国の株式市場がテーパリングの加速についてのパウエル議長の発言からそれほど大きく悪影響を受けなかった背景には、金融緩和の縮小がインフレ懸念によって促されるのではなく、景気拡大に促される形で実施されるという見方があると思われます。雇用環境の改善が今後も続けば、労働力不足問題が緩和され、供給面からのインフレ圧力の後退につながります。他方、オミクロン株の感染拡大による影響についてはまだまだ不透明感が強く、米国景気にとって当面の最大のリスクとして、引き続き注意が必要です(当レポートの先週号「オミクロン株とグローバル金融市場」をご参照ください)。特に、感染拡大で就業者の回復が遅れるようなことがあれば、労働力不足問題が長引くことで、インフレ圧力を短期的に強めるリスクが高まります。

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MC2021-201

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