米国株が史上最高値を更新する中で注目すべき5つのトレンド

〔要旨〕
- 米国株:S&P 500種指数は先週、今年前半の20%の下落から大幅に回復し、史上最高値で取引を終えた1
- 市場の見通し:市場は、米国の貿易政策の明確化に加え、議会及びFRBからの側面支援が限定的となることを織り込んでいる模様
- ドイツの支出:ドイツの財政措置は多くの市場関係者に過小評価されていると考えられる
注目すべき5つのトレンド
米国経済に減速の兆し
米ドルへの信頼は引き続き低下しつつある
ドイツの財政支出はまだ過小評価されている
停戦により原油リスクプレミアムが消失
注目の日程
2025年も半ばに差し掛かりましたが、市場では先週、S&P 500種指数が史上最高値を記録しました。市場が2月19日のピークから4月9日朝(米国政府が「解放の日」関税の90日間停止を発表する直前)までで20%の急落を経験したことを鑑みると、年半ばまでに米国株が史上最高値の水準まで回復すると予想した投資家は多くはなかったでしょう。しかし今、実際にそうなっています。では、この新たな高値をどう捉えればよいでしょうか?
注目すべき5つのトレンド
1. 市場は経済に先行する
S&P 500種指数の2月中旬から4月初旬にかけての20%の下落は、現在の米国経済成長の減速と、物価上昇見通しを織り込んでいました2。市場は経済データに先行して動く傾向にあります(その逆ではありません)。
2. 政策の明確化への期待
市場は現在、議会及び米連邦準備理事会(FRB)からの側面支援は限定的ながらも、トランプ政権の貿易政策が明確化していくとの予想を織り込みつつあるようです。私たちの基本シナリオでは、関税が持続的で広範なインフレではなく、一時的な価格調整を引き起こすと予想しています。
3. 地政学的緊張と市場の底堅さ
イスラエルとイランの停戦合意の持続可能性は不透明ですが、歴史的に見ると地域紛争がグローバルな市場サイクルを逸脱させることは稀です。私たちは、この緊張がグローバルな経済活動を大幅に混乱させることはないと予想しています。
4. 人工知能(AI)の物語は終わっていない
1月27日に中国企業が、DeepSeekモデルが米企業と同等のAI性能をもたらすことが可能と発表した際、エヌビディアの企業価値は約6,000億ドル消失しました3。大規模にAIへの投資を行うハイパースケーラーが投資支出を抑制し始める可能性を指摘した市場参加者もいましたが、その兆候は確認されていません。先週エヌビディアのジェンスン・フアンCEOは、設備投資の急速な拡大は続くと見込んでいることを示唆しました。この発言を受けて、エヌビディアの株価は史上最高値に上昇しました4。
5. 市場のタイミングを図ることの危険性
3月から6月中旬にかけて、グローバルな株式投資信託や上場投資信託(ETF)から 410億ドルの資金流出が起こったことは、市場のタイミングを図ることの難しさを浮き彫りにしています5。市場の変動性と極端な投資家心理は、しばしば買いの機会を生み出します。(パニックに捉われてであれ、一種の熱狂にかられてであれ)ニュースのヘッドラインに感情的に反応するのは生産的とはいえません。私たちは、投資家にとってより良いアプローチは、長期的な計画に集中し続けることだと考えています。
米国経済に減速の兆し
先週発表された一連の指標からは、長らく予想されていた経済の「ハードデータ」の減速がようやく始まった可能性が示唆されています。
- 第1四半期の米国実質国内総生産(GDP)の成長率は、消費支出の減速が従来の予想より大きくなったことを受け、-0.5%に下方修正されました(2022年第1四半期以来初めてのマイナス成長)6。
- 最近のデータでは、個人所得・個人支出が5月に減少したことが示され7、第1四半期にみられた緩やかな減速が第2四半期にも及ぶ可能性が示唆されています。
- 5月の新築住宅販売戸数は3年ぶりの最大の月間減少を記録し8、6月14日終了週の継続失業保険申請件数は2021年11月以来最も高い水準に上昇しました9。
インフレ面では、先週、FRBが選好するインフレ指標であるコア個人消費支出(PCE)価格指数が、5月に前年同月比2.7%に上昇しました。ただし、より変動の大きい食品・エネルギー価格を含む指標であるヘッドライン指数は2.3%とより低い水準でした10。これらの数値は概ね予想通りでしたが、企業が高関税からくるコストを転嫁する可能性があることから、今後数ヶ月で徐々に上昇していく可能性があります。
重要なのは、経済の一部で弱さが拡大しているものの、単一の四半期や月の経済データに基づいて大きな投資判断を行うことには慎重になるべきだということです。第1四半期のGDPの減少は、関税引き上げの予想から輸入が急増したことが主な要因です11。新築住宅販売戸数の最近の減少は、高止まりする住宅価格と高い住宅ローン金利を背景に、住宅市場の減速が続いていることを反映しています12。失業保険申請件数の増加は、2022年から続く米国労働市場の冷え込みが続いていることを示唆しています13。これらを総合すると、直近のデータからは、米国経済が依然として底堅くも減速しつつあることが示唆されています。
米ドルへの信頼は引き続き低下しつつある
先週米国の株式市場が史上最高値を更新した一方で、米ドル指数(DXY)は3年ぶりの低水準を記録しました14。今年はほぼ途切れることなく米ドルの下落傾向が続いており、この傾向が止まると考えられる理由はほとんどありません。関税政策と移民政策は米国の成長ストーリーを損なうため、これらの政策は米ドルにマイナスに働いています。
バイデン政権下で、そして現トランプ政権下でも、米国はドルをある種の武器として用いるとの明確なメッセージを発信しています。米国資産に過剰な投資配分を行っている外国人投資家は、過去数十年に比べて米国資産の買い入れを減少させるでしょう。これが引き続きドルへの下押し圧力となると考えられます。
トランプ大統領の「大きく美しい法案」からセクション899が削除される可能性が報じられたことは、ドル資産保有への懸念を和らげるでしょう。(提案されている新たな内国歳入法のセクション899は、米国の個人や企業に対して不当な課税を課すと見なされる国に拠点を置く個人、企業、政府機関その他の団体への課税強化となる可能性があります。)私たちは、既に損害は出ており、投資家は徐々に米国からその他への分散投資を開始していると考えています。
第1四半期に市場が織り込んでいた水準よりもFRBの利下げ幅は小さくなる見通しにもかかわらず、ドルは引き続き弱含んでいます15。私たちは、現在の成長とインフレの背景を踏まえると、利下げを正当化するのはFRBにとって骨が折れるだろうと引き続き考えています。FRBの独立性が疑問視されている点も、状況をさらに困難にしています。しかし上記で言及されたデータをみれば、FRBがいつ利下げを再開するか問わずにはいられない気持ちになります。当面FRBは、様子見モードが続きそうです。
ドイツの財政支出はまだ過小評価されている
年初にドイツが発表した防衛とインフラへの支出増額が実際に実行され、効果をもたらすかどうかについて、多くの懐疑的な見方が聞かれます。私たちの見るところ、このような見方は見当違いであり、ドイツの財政措置は多くの市場参加者に過小評価されていると考えられます。ドイツの財政措置こそが、今後数ヶ月から数年にかけて、欧州株式市場が米国株式市場をアウトパフォームする可能性があり、ユーロがさらに上昇する可能性があると予想される核心的な理由です。
私たちの見解を裏付けるさらなる根拠は、先週火曜日にドイツ政府が2025年度予算案を閣議了承したことです。この計画には、2025年に防衛・インフラ投資に2000億ユーロを充当する内容が盛り込まれており、これにより債務は対GDP比3%分増えることとなります。これは今年残りの期間で行うには大胆な目標ですが、その投資の一部を捕捉するため、民間投資が促進される可能性が高いでしょう。
先週のNATO首脳会議で、加盟国は防衛支出を対GDP5%とする新たな目標に合意しました。この目標が達成されれば、2035年までに防衛支出は倍増することになります。これは注視すべき長期的なトレンドです。
私たちは、ドイツの新たな投資意欲とNATOの防衛支出増が、欧州株とユーロに恩恵をもたらすと考えています。欧州株のパフォーマンスは今年、特に共通通貨ベースで米国株を上回っており、このトレンドは継続すると見込まれます16。
停戦により原油リスクプレミアムが消失
原油供給が持続的に混乱し、原油価格が上昇するというのは、私たちの基本シナリオではありません。イスラエルとイランの停戦はこの基本シナリオの可能性を高め、ブレント原油価格は、イスラエルが6月13日にイランを攻撃する前の水準よりも低いところまで下がりました。私たちは、これは地政学的イベントに条件反射しないのが賢明な対応であるという明確な事例だと考えています。明らかに、地域的なリスクが完全になくなったわけではなく、コモディティ市場は緊張の再燃に対して敏感な状態を保っています。ただし、極端なシナリオを除けば、私たちはこれがあまり起こりえないイベントだと考えています。原油価格の低下はインフレの鈍化を支援し、それにより中央銀行の利下げへの逆風も若干軽減されるでしょう。
私たちは、事態が変わった場合に見方を変えることにはオープンです。思い込みは投資リターンを消失させる可能性があります。しかし、私たちが解釈する事実からは、米ドルのさらなる弱含み、世界株(除く米国)が米国株をアウトパフォームする可能性、そして長期デュレーションよりも短期デュレーション債券を選好すべきことが示唆されています。
注目の日程
公表日 |
国・地域 |
指標等 |
内容 |
---|---|---|---|
6月30日 |
中国 |
NBS(中国国家統計局)製造業・非製造業PMI
|
中国の工業・サービスセクターの経済活動に関する重要指標 |
6月30日 |
ユーロ圏 |
CPI速報値 |
インフレデータの速報値。欧州中央銀行(ECB)の金融政策に影響を与える |
7月1日 |
米国 |
ISM製造業PMI |
製造業の健全性を測定する経済の先行指標 |
7月1日 |
カナダ |
国内総生産(GDP) |
月次のGDPデータは経済の成長トレンドを反映 |
7月1日 |
オーストラリア |
オーストラリア準備銀行政策金利決定 |
中央銀行の政策決定。通貨と市場に影響を与える |
7月2日 |
米国 |
雇用動態調査(JOLTS) |
労働需要を測定。雇用見通しにとって重要 |
7月2日 |
米国 |
米公開市場委員会(FOMC)議事要旨 |
FRBの金融政策スタンスに関する示唆を提供 |
7月3日 |
ユーロ圏 |
失業率 |
主要な労働市場指標。消費者信頼感に影響を与える |
7月3日 |
米国 |
新規失業保険申請件数 |
労働市場環境を週次で概観 |
MC2025-072