グローバル・ビュー

「ディール」の進捗とその米景気へのインパクト

Invesco Global View
要旨
今のところは追加関税による米景気への悪影響は軽微

これまでのところ、米国景気にはやや減速感は出始めているものの、おおむね堅調さを保っています。これは、トランプ政権の追加関税策によるインフレ押上げ効果が現段階では十分に出ていないことによります。しかし、追加関税による企業のコスト増分のかなりの部分を消費者に転嫁するのは時間の問題と思われます。

米景気の今後の減速度合いは「ディール」の進捗次第

米国のGDP比でみた関税総額は6月段階で1.1%でしたが、米国の主要国・地域とのディールがうまくいく場合は、これが秋ごろまでには2.4%に上昇する見通しです。これは米景気の減速につながると見込まれます。ディールが奏功しない場合には、関税総額がGDP比で2.8%まで上昇するとみられますが、この場合には米国経済が景気後退に陥るリスクが高まります。相互関税が実施される予定の8月1日までの動きが注目されます。

ディール締結を受けた日本市場・日銀政策の行方

7月22日に日米ディールが大枠で成立しました。一定の前提を置いて計算すると、相互関税率が15%の場合に、日本から米国向けの輸出品に課される追加関税総額は日本のGDPの0.6%と試算されました。これは決して低い水準ではなく、その意味で日本経済への悪影響は相応に顕在化しはするものの、日本経済を景気後退に陥れるほどのマグニチュードではありません。他方、参院選で与党が過半数を獲得できなかったことで、今後の財政政策がより積極的な方向に転換する可能性が高まっています。日米ディールと参院選の結果は、日本の景気見通しを改善させる効果を有するという点で日本銀行の利上げのハードルを下げるものです。私は、これまで2026年1月における日銀の利上げを想定してきましたが、直近での変化を受けて、2025年12月の会合で日銀が利上げを実施するとの見方に変更したいと思います。

 

今のところは追加関税による米景気への悪影響は軽微

 トランプ政権が相互関税の発動開始時期としている8月1日が迫ってきました。追加関税が米国の景気にとって重要なのは、それが米国のインフレ率を押し上げ、家計の実質購買力の低下を通じて景気を悪化させると考えられているためです。ただ、これまでのところ、米国景気にはやや減速感は出始めているものの、おおむね堅調さを保っています。これは、トランプ政権の追加関税策によるインフレ押上げ効果が現段階では十分に出ていないことによります。コアCPI(食料・エネルギーを除く消費者物価)の前月比上昇率は3月、4月、5月、6月に、それぞれ、0.1%、0.2%、0.1%、0.2%にとどまりました(図表1)。消費者物価の詳細をみると、6月になって追加関税の影響が少し出始めたことがうかがわれます。前月比でみたコアの財価格上昇率は6月に0.20%を記録し、4月の0.06%、5月のー0.04%から加速しました。

 米国は4月初旬より、全ての国からの輸入品に原則として10%の相互関税を課す(分野別関税該当品目は除く)一方、一部重要産業分野の輸入品に課税するなどしてきました(自動車・自動車部品への追加関税率は25%でした)。米国の関税収入を米国のGDP比でみると、追加関税発動前の2月までは0.3%でほぼ安定していましたが、その後急上昇し、6月には1.1%に達しました(図表2)。2月から6月までの関税徴収額の増額分(1.1%-0.3%=0.8%分)が米国企業全体の税引き前利益の7.0%に相当する額でした。6月時点で関税によるコストが消費者物価にあまり転嫁されていないのは、関税引き上げ前に駆け込み的に輸入を増やしたことや、輸入品が生産・流通プロセスを通って最終的に消費者の手にわたるまでにある程度時間がかかることが背景であったと思われます。しかし、追加関税による企業のコスト増分のかなりの部分を消費者に転嫁するのは時間の問題と思われます

(図表1)米国:コアCPI上昇率(前月比)の推移/(図表2)米国:関税徴収額の対GDP比

米景気の今後の減速度合いは「ディール」の進捗次第

 今後、米国による相互関税率の引き上げや銅への50%の追加関税が8月1日に予定されるうえ、半導体などの電子製品や医薬品への追加関税が近い将来実施されることで、企業による追加関税の消費者への転嫁は着実に進んでいくと見込まれます。7月23日時点でトランプ政権が発表している主要国向けの相互関税率や分野別関税率を基に、一定の前提を置いて追加関税総額を試算したところ、GDP比で2.5%となりました(図表3)。試算にあたっては、半導体などのエレクトロニクス製品・部品への追加関税率を25%とするとともに、医薬品についての追加関税率についてはトランプ大統領が、「低い水準から始める」と述べていることを踏まえて25%と仮定しました。

 これとは別に、8月1日までの通商交渉によって米国と主要国・地域との交渉が「ディール」という形で妥結する場合に想定される相互関税率を前提に、関税総額のGDP比を計算したところ、2.1%と試算されました。私は、GDP比でみた追加関税総額は、最終的にはこの2.1%(主要国・地域とのディールが締結されるケース)~2.5%(主要国・地域とのディールが奏功しないケース)の範囲に入る可能性が高いと考えています。

 ちなみに、全ての国に対する相互関税を10%と仮定した時の関税総額(分野別関税も含む)のGDP比は1.9%でした。グローバル金融市場では、TACO(Trump Always Chickens Out:トランプ氏はいつもびびってやめる)との見方が勢いを増し、追加関税についての現在市場に織り込まれているメインシナリオは、10%の相互関税率であるように思えます。しかし、現在の実際の交渉状況で最終的に行き着く関税総額のGDP比は1.9%というよりは2.4~2.8%の範囲であると考えられることから、今後の米国経済が減速に向かうという従前からの見方を維持したいと思います。

(図表3)米国の追加関税措置についての各種指標(2024年の米国側貿易データに基づく)

 米国のGDP比でみた関税総額は6月段階で1.1%でしたが、これが秋ごろまでには2.4~2.8%に上昇する公算が大きいと考えられます(図表4)。企業側が、追加関税によるコストの一部を負担するなどの一定の前提を置いたうえで、年末ごろにおける米国の前年同月比でみたPCEデフレーター上昇率を見通すと、主要国・地域とのディールが締結されるケースで3.5%程度、日英中以外の主要国・地域とのディールが奏功しないケースで4.0%程度にまで上昇すると見込まれます。ディールがうまくいくケース(3.5%ケース)は、私が従前から想定していたメインシナリオであり、その下では、米国経済は減速しはするものの、景気後退(リセッション)は回避できると考えられます。一方、ディールがうまくいかないケース(4.0%ケース)では、米国経済が景気後退局面に陥るリスクが高まります(リスクシナリオ)。トランプ政権が今回の日本とのディール締結を急いだのは、「ディールを成功させないと景気悪化のリスクが高まってしまう」という判断があったものと推察されます。

(図表4)米国:関税徴収額の対GDP比

 今後、米国の他国・地域との交渉期限である8月1日に向けて、主要国・地域とのディールがうまくいけばグローバル金融市場の不透明感が和らぐことで、グローバル株高・米債券高・ドル安の力が働くと考えられます。一方、主要国・地域との新たなディールが成立しない場合には、米国景気の減速への懸念に加えて、高めの関税を課される主要国・経済の減速への警戒感が強まる形で、グローバル株安・米債券安・ドル高の動きが強まることが予想されます

 ところで、私は、従前より、追加関税によって米国景気への悪影響が最も強まるタイミングが7-9月期になるとの見方をしてきました。しかし、追加関税のインフレへの転嫁が想定よりも後ずれているという現状を踏まえると、米景気が最も落ち込むタイミングが7-9月期ではなく、10-12月期になる可能性が出てきています。今後、追加関税についてのディール状況を見極めたうえで、米国景気の見通しについて再評価し、当レポートを通じてご報告したいと思います。

ディール締結を受けた日本市場・日銀政策の行方

 7月22日に日米ディールが大枠で成立し、日本への相互関税率が15%、自動車・自動車部品への追加関税率が12.5%に設定されたことで、日本株が大幅に上昇しました。執筆時点(7月23日)ではディールの詳細がまだ判明してはいないものの、分野別の関税について一定の前提を置いて計算すると、相互関税率が15%の場合に、日本から米国向けの輸出品に課される追加関税総額は日本のGDPの0.6%と試算されましたこれは決して低い水準ではなく、その意味で日本経済への悪影響は相応に顕在化しはするものの、日本経済を景気後退に陥れるほどのマグニチュードではありません

 他方、参院選で与党が過半数を獲得できなかったことで、今後の財政政策がより積極的な方向に転換する可能性が高まっています日米ディールと参院選の結果は、日本の景気見通しを改善させる効果を有するという点で日本銀行の利上げのハードルを下げるものです私は、これまで2026年1月における日銀の利上げを想定してきましたが、直近での変化を受けて、2025年12月の会合で日銀が利上げを実施するとの見方に変更したいと思います。ただ、石破総裁が辞任する場合、次期首相として誰が選出されるかによって日銀の金融政策が影響を受ける可能性がある点には要注意です。仮に、自民党の次期総裁選で高市氏が選出され、首相に就任する場合には、利上げに否定的な発言で知られる高市氏が日銀の利上げに対して何らかの影響力を行使する可能性があると考えておくべきでしょう。

 

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MC2025-078