政府閉鎖下の米国金融市場

要旨
米国政府の閉鎖が米国景気や景気判断に不確実性をもたらす
10月1日に米国政府の閉鎖が開始されてから2週間が経過しました。政府閉鎖下にある現在の米国金融市場をみるうえで、以下の4点に注目したいと思います。第1は、政府統計が公表されないなかでの景気判断の困難さです。第2は、政府閉鎖による米国景気への悪影響です。これらの点は、10月28~29日に予定されているFOMC(米連邦公開市場委員会)での利下げの可能性を高めると考えられます。
企業決算がこれまで以上に注目される
第3は、7-9月期の企業決算がいつも以上に重視されることです。マクロ統計の発表が限定される状況下で、金融市場、特に株式市場では個別企業の業績の結果や見通しを判断材料にする動きが強まるとみられます。
米中貿易摩擦によるリスクにも注意
第4は、米中貿易摩擦の激化です。中国商務省は10月9日にレアアースについての新たな管理規制を公表しました。今回の規制は、レアアースのサプライチェーンの末端にまで中国政府によるコントロールを効かせるものです。米中両国がこの問題を巡ってどのような対応をすすめるかとともに、この規制が主要先進国・新興国における企業活動やマクロ景気にどのように影響するかに注目したいと思います。
※次回のグローバル・ビューの発行は、都合により、10月30日を予定しています。
米国政府の閉鎖が米国景気や景気判断に不確実性をもたらす
10月1日に米国政府の閉鎖が開始されてから2週間が経過しました。米国では共和党の大統領の下で、共和党が上下両院で多数派を占めています。それにもかかわらず、上院で野党の民主党が議事妨害を続けていることから、2026財政年度が始まったにもかかわらず予算が成立しない状態が続いています。上院での議事妨害を止めるには、100名の上院議員のうち、60名の議員の賛成が必要になりますが、共和党の上院での議席数は53名であり、議事妨害を止めることができないでいます。政府閉鎖下にある現在の米国金融市場をみるうえで、以下の4点に注目したいと思います。
第1は、景気判断の困難さです。10月1日以降、米国金融市場で非常に注目度が高い、雇用統計や消費者物価統計、生産者物価統計が公表されなくなったことで、景気の現状を把握することがこれまで以上に困難になっています。公式統計の発表が停止されていることから民間機関による統計に注目が集まります。これまでに公表された主要統計をみると、8月分の統計では金融市場による予測値と比較して強い指標と弱い指標が共存していたのに対し、9月分の統計は弱さを示す指標が多めでした(図表1)。それはこれまで公表された10月分の統計についても同様です。

こうした状況で、FRB(米連邦準備理事会)の金融政策は手さぐりの運営を迫られています。パウエルFRB議長は、これまでのFOMC(連邦公開市場委員会)後の記者会見において、利下げなどの金融政策の変更はデータをみながら判断するという姿勢を繰り返し強調してきました。しかし、十分なデータが公表されない状況下での意思決定は困難と言わざるをえません。ただ、9月のFOMCにおいて雇用のダウンサイドリスクが強調されていたことを踏まえると、そのリスクの和らぎを示す経済指標が出てきていない状況下、10月28~29日に予定されているFOMCでは、利下げが実施される公算が大きいと考えられます。
第2は、政府閉鎖による米国景気への悪影響です。トランプ大統領・共和党サイドは現時点でも強硬路線を崩していないことから、政府閉鎖が長期化することで米国の景気に無視できない悪影響が及ぶリスクがあります。2024年の米国の名目GDPは29.3兆ドルでしたが、そのうち、連邦政府の支出は6.5%を占めました。国家の運営上欠かせない国防・国土安全保障などの分野では政府が職員に業務の遂行を命じることができますが、予算がつくまでは、原則として給与は支払われません。政府の閉鎖が長引く場合には、直近で実施された連邦政府職員の解雇と合わせて、10-12月期の景気を一時的に冷やしてしまう可能性が出てきます。米国の金融市場では、政府閉鎖をほとんど気にとめていないかのような動きとなっていますが、リスクがないわけではないことには留意すべきと思われます。
企業決算がこれまで以上に注目される
第3は、7-9月期の企業決算がいつも以上に重視されることです。政府閉鎖によってマクロ指標が限定的にしか入手可能ではないため、金融市場、特に株式市場では個別企業の業績の結果や見通しを判断材料にする動きが強まるとみられます。LSEG I/B/E/Sの集計によると、S&P500種指数構成銘柄の前年同期比でみたEPS成長率は2025年1-3月期の11.5%、4-6月期の10.4%から、7-9月期には6.4%まで低下する見通しです(7-9月期はアナリスト予想を集計した計数)。7-9月期は、8月にトランプ政権による相互関税措置が本格的に発動されたことによって輸入品に関連するコストが上昇しました。8月までの消費者物価の動きを見る限り、そのコストはまだ十分には消費者に転嫁されておらず、企業サイドがコストを負担しているとみられます。消費財メーカーや小売り企業への悪影響が想定を上回らないかどうかに特に注目したいと思います。
米中貿易摩擦によるリスクにも注意
第4は、米中貿易摩擦の激化です。米中政府が通商交渉を進める中、中国商務省は10月9日にレアアースについての新たな管理規制を公表しました。今回の規制は、レアアースのサプライチェーンの末端にまで中国政府によるコントロールを効かせるものとなりました。具体的には、中国当局がレアアースやその関連技術の輸出を許可制にするとともに、海外の工場で生産された、中国産のレアアース0.1%以上を含む財についても許可制が採用されました。また、レアアースの軍事利用も禁止されました。その影響が大きいとみたトランプ大統領は、今回の中国当局の措置を受けて、その直後に中国からの輸入品に対する100%の追加関税を課す意思を表明したことから、米中貿易摩擦が激化したとの受け止めが広がり、10月10日の米国金融市場では、S&P500種指数が2.7%下落するとともに、10年国債金利が前日の4.14%から一気に4.03%へと下落しました。トランプ大統領によるその後のSNSでのメッセージが融和的なトーンであったこともあり、今週に入ってからの株価は再び上昇したものの、10月14日時点でのS&P500種指数は急落前(10月9日)の水準を回復するには至っていません。
米中摩擦激化による株式市場へのインパクトを探るために10月10日におけるS&P500種指数のセクター別騰落率をみると、情報技術セクター、一般消費財・サービスセクターの下落率がとりわけ大きかったほか、生活必需品セクターを除く全ての主要セクターで株価が下落したことがわかります(図表2)。これらのセクターには、レアアースへの依存が大きい自動車メーカーなどの企業や、中国からの輸出品へのエクスポージャーが大きい企業が含まれています。今後、米中貿易摩擦が激化する場合には、米国株式市場は同様に反応することが見込まれます。

一方、中国当局によるレアアース輸出規制は、米国だけではなく、日本やヨーロッパ、他のアジア諸国など主要国に対し、サプライチェーンの分断という形での大きな影響を潜在的にもたらすものです。レアアースの問題は各国企業や各国経済の成長を潜在的に制約しかねないリスク要因として注意していくべきだと思われます。また、中国によるこの新規制は、経済安全保障政策の重要性にスポットライトを当てるものと言えるでしょう。自民党の新総裁に選出された高市氏はこの問題について専門的な知見を有していることから、高市氏が10月21日に首相に選出される場合には、中国による新規制に対してどのように政策的に対応していくかが注目されます。
MC2025-112