グローバル・ビュー
事実上のYCC政策に足を踏み入れたFRB
要旨
FRBの総資産は6兆ドルの大台に
コロナウイルス問題に伴うグローバル金融市場の動揺はやや落ち着きを取り戻しつつありますが、 FRB(米連邦準備理事会)をはじめとする各国の政策当局による積極的な対応が大きな役割を果たしていることは言うまでもありません。 FRBは無制限の量的緩和策を導入、大規模な債券購入を連日続けており、その総資産は2月下旬時点の4.1兆ドル台から、今週前半には6兆ドルを超える水準に達する見通しです(図表1)。
気が付けば、FRBが長期金利を事実上決める事態に
量的な指針を放棄した現在のFRBに求められているのは、中長期の財務省証券利回りを、当面の景気をサポートできるような比較的低い水準に維持するような政策です。これは事実上のイールドカーブ・コントロール(YCC)政策にほかなりません。FRBは、今後、金融市場が正常化する段階で、市場メカニズムがイ-ルドカーブを決めるレジームへの移行を目指すとみられます。しかし、コロナウイルス終息後の経済環境次第では、資産購入ペースを決めた量的緩和策の再導入やYCC政策の本格実施にかじを切る可能性があることから、今後の債券市場を左右する材料として注目していく必要があるでしょう。
FRBによる危機対応で、総資産の増加はかつてない規模に
FRBの総資産は6兆ドルの大台に
グローバル金融市場は3月下旬以降、徐々に落ち着きを取り戻しつつあります。現時点で感染者数が世界最大となった米国での外出禁止令対象者が4月に入って住民の9割を超えたことで、感染地域におけるこれ以上の拡大の余地が狭まってきました。また、米ニューヨーク州ではコロナウイルス感染による死者数がピークアウトする可能性が出てきたことも金融市場安定化に向けての材料となりました。金融市場が落ち着きを見せている背景としては、各国・経済における金融・財政政策対応が強化されていることも重要です。特に、FRB(米連邦準備理事会)による緩和措置は、グローバル金融市場の安定に大きく寄与していると言えるでしょう。本稿では、FRBによるコロナウイルス問題への政策対応を、バランスシート全体の動きを軸に振り返るとともに、今後の金融政策の方向性を考えてみたいと思います。
コロナウイルス問題への対応により、FRBの総資産は2月下旬時点の4.1兆ドル台から、今週前半には6兆ドルを超える水準に膨張する見通しです(図表1)。これはリーマン・ショック時の総資産の増加額(2018年中に1.4兆ドル弱増加)を上回るものである、かつてない大規模なバランスシート拡張政策です。FRBのバランスシートが大きく増加し始めたのは、3月12日にパウエルFRB議長が指示という形で長期国債を積極的に買い入れる政策を打ち出してからのことです(図表2)。そのきっかけになったのが、3月9日における原油価格の急落後に高まった信用リスク回避・現金のポジション引き上げの動きです(より具体的な金融市場の動きについては当レポート3月25日号「『激動の1カ月』を検証」をご参照ください)。長期債利回りが上昇に転じる事態が生じましたが、上昇が続けば、コロナウイルス問題によって悪化が見込まれる景気に対してさらに下押し圧力がかかってしまいます。FRBは15日の日曜日に緊急FOMC会合を開催し、事実上のゼロ金利政策に、今後数カ月で7,000億ドルの財務省証券・MBS(モーゲージ担保証券)を購入する量的緩和(QE)政策を合わせた思い切った対策を決めました。しかし、金融市場の動揺がさらに強まる中、長期金利を安定化させるため、FRBは3月20日までの6営業日で3,700億ドル超の財務省証券・MBSを購入する必要に迫られました。7,000億ドル規模の購入額では不十分であると認識したFRBは、3月23日にQE政策を規模の制限を設けずに実施することを決定しました。これを受けてFRBによる債券購入は23日以降、4月1日までの間に毎日ほぼ1,000億ドル規模で、4月2日以降も700~800億ドル程度の規模で実施されています。3月13日以降、4月7日までの債券購入額は1.5兆ドル程度に達しました。
その一方、週次で公表されるFRBのバランスシート統計を見ると、財務省証券・MBS以外にも、①貸出、➁レポ、➂海外中央銀行とのスワップ取引―を通じた資産が急増してきたことが読み取れます(図表3)。FRBによる貸出(①)が増加したのは、3月16日に、FRBを含む連邦金融規制当局が、金融機関に対してFRBから窓口貸出を通じた借り入れを奨励する声明を共同で出したことが背景です。これまで米国では、FRBから直接借り入れる金融機関は、「他の民間機関から資金を借り入れられない、問題のある金融機関」とみられることが多く、多くの金融機関は窓口貸出の制度を利用して資金調達を行うことに消極的でした。しかし、連邦規制当局がFRBからの借入れを奨励したことで、流動性の調達に問題をきたした金融機関によるFRBからの直接借入れが増加しました。
レポによる資金供給(➁)は、3月第3週に急増しましたが、これも金融機関の流動性に対する需要が急激に増加したことを反映しています。もっとも、FRBが大量に購入した債券の代金が市中に放出されたことで、3月第4週には金融機関の流動性に対する需要はおおむね満たされ、レポ残高は減少に転じました。これは短期金融市場における流動のひっ迫が改善したことを反映しています。FRBは、自らが放出した流動性をリバースレポや金融機関からの預け金という形で吸収し始めました。海外中央銀行とのスワップ取引(➂)が増加したのは、3月15日に海外中銀との協調で市場にドル資金を供給するプログラムが強化され、大量のドル資金が海外の主要中銀を通じて供給されたことによります。4月3日時点では、このプログラムによってECB(欧州中央銀行)や日本銀行等に3,941億ドルのドル資金が供給されています。
気が付けば、FRBが長期金利を事実上決める事態に
4月2日以降にFRBによる日次の債券購入額が減額されたのは、ある程度減らしても長期国債利回りが上昇しないという見方に基づくものであったと考えられます。FRBによる大規模な債券購入により、財務省証券市場における直近のイールドカーブはそれほどスティープではない、順イールドの形状に落ち着いてきました(図表4)。それでは今後、FRBは何を指針(Guiding Principle)として金融政策を遂行していくのでしょうか。リーマン・ショック後にQE政策を遂行した際、FRBを自らが定めた債券の購入ペースを指針とした、つまり量をベースにした政策を遂行しました。今回の危機にあたっても、3月22日までは、今後数カ月で7,000億ドルの債券を購入するという量的な指針がありました。しかし、コロナウイルスのショックによる金融市場の動きは激しく、今後の動きが予想できない中、短期的には量的な指針を再導入することは困難でしょう。現在FRBに求められているのは、中長期の財務省証券利回りを、当面の景気をサポートできるような比較的低い水準に維持するような政策です。これは事実上のイールドカーブ・コントロール(YCC)政策にほかなりません。YCC政策は日本銀行が2016年9月に世界に先駆けて導入した政策ですが、景気に対して中立的なイールドカーブに対して、現実のイールドカーブを低い水準にコントロールすることで景気に対する刺激効果をもたらし、その結果としてインフレ率を目標水準に近づけるという基本的な考え方に基づいています。
私は日本銀行が実際にYCC政策を実施する1年程度前からその導入を主張していましたが、それは資産購入のペースを決めて政策を行うことに限界が見えてきたためです。現在の米国のケースでは、かつてない金融市場の動揺が従来型のQE政策に限界をもたらし、事実上のYCC政策につながってきたという意味で日本のケースとは異なります。FRBはいわば緊急避難的な手段として事実上のYCC政策を遂行している状況です。もともとYCC政策が望まれていたわけではない以上、今後、コロナウイルス問題の終息が視野に入り、金融市場が正常化する段階では、FRBは市場メカニズムがイ-ルドカーブを決めるレジームに再び移行することを目指すと考えられ、投資家はその方向性をメインシナリオとして考えるべきでしょう。
ただし、大規模な景気対策で米国の財政赤字が膨らむことが想定される中、市場メカニズムだけでイールドカーブが決定されるようになると長期国債利回りが上昇してしまうリスクがあります。特に、コロナウイルス問題が「履歴効果」等を通じて米国の今後の潜在成長率を低下させてしまうような場合には、長期国債利回りの上昇が景気に大きなマイナス効果を及ぼしかねません。こうした場合、FRBがイールドカーブ・コントロール政策を本格的に導入したり、資産購入ペースを決めた量的緩和政策を再び採用する可能性が出てくるでしょう。今後の金融市場を見通す上では、FRBの資産購入の動きだけではなく、コロナウイルス問題終息後の政策の枠組みについての議論にも注目していく必要があるでしょう。
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