Risk & Reward

マルチアセット運用<アセット・アロケーション戦略> SAAとTAAがポートフォリオインシュアランスに与える影響

Risk & Reward

マーティン・コレップ博士

インベスコ・クオンツ・ストラテジー
ポートフォリオ・マネジャー

ハラルド・ローレ博士

インベスコ・クオンツ・ストラテジー
シニア・リサーチ・アナリスト

ランカスター大学客員研究員

エルハルト・ラダッツ

インベスコ・クオンツ・ストラテジー
ポートフォリオ・マネジャー

カーステン・ローザー

インベスコ・クオンツ・ストラテジー
リサーチ・アナリスト

要旨

ポートフォリオ・インシュアランス(以下、PI)は、設定されたフロアを確保するための有効な手段となり得ますが、リスクバジェットを定めるための変数(parameters)をベースとなる投資戦略に合わせて調整する必要があります。ここでの主要な変数とは、戦略的資産配分(以下、SAA)、および戦術的資産配分(以下、TAA)の予測精度と許容される変動のレンジです。インベスコ・クオンツ・ストラテジー(IQS)(以下、弊社)ではブロック・ブートストラップ・シミュレーションと呼ばれる手法を用いて膨大な数のシナリオを生成し、マルチアセットのアロケーション戦略のシミュレーションを行っています。本稿では、シミュレーションされたTAAモデルを使って、ダイナミック・ポートフォリオ・インシュアランスのフレームワークにおいて、TAAの予測精度と変動レンジが最終的なポートフォリオのリターン分布にどのような影響を与えるかを計測しています。

近年投資家は、低金利が持続する環境下で目標リターンを達成するため、さらにリスクを積み増す姿勢を強めています。しかし、典型的な投資家のリスクに対する耐性は変わっていないことから、これまで以上にリスクバジェットを厳格かつ適切に管理するニーズが高まっています。そこでPIの登場です。

弊社ではこれまでにもPI戦略を投資家毎のリスク選好度に応じて評価し、調整する手法をご紹介してきました。そこでの結論は、ポートフォリオのリターン分布が大きく変わる可能性があることから、ダイナミック・ポートフォリオ・インシュランス戦略の評価においては、ベースとなる投資戦略をベンチマークとして単純にリターンを比較すべきではないというものでした。PI戦略における重要な変数を調整するには、ポートフォリオのリターン分布を視覚化し、リターンとリスク(特にダウンサイド)の特性を評価することが重要です。

本稿では、DPPI(Dynamic Proportion Portfolio Insurance)戦略におけるベースとなる投資戦略の重要な変数について考察します。マルチアセット投資戦略の主な決定要因は、SAAの選択、TAAの予測精度と変動レンジです。究極的には、これらはリスク・リターン特性を変化させてダウンサイドリスクを抑制することを目的としており、ポートフォリオのリターン分布の形状を有意に変化させることが可能となります。

DPPI戦略におけるベースとなる投資戦略の変数の重要性を検証します。

DPPI戦略のメカニズム

DPPI戦略は、伝統的なCPPI(constant proportion portfolio insurance)をベースに、リスク資産への投資を行いながら、市場の下落時に資産の保全に努める戦略です。PI戦略はWで示される投資額と、NPV(FT)で示されるフロアの現在価値との差と定義されるクッション( Ct )の変化に依存しています。

(1) Ct = Wt - NPV(FT)

投資エクスポージャーをetとすると、リスク資産への投資額EtはEt = et×Wtと表され、一定の投資期間内で設定されたフロアに抵触しないように決定されます。

(2) Ct ≥et × Wt × MaxLoss(risky asset) ⇔ Et ≤ Ct / MaxLoss(risky asset)  =  m ×Ct

上記の式において、乗数mは、最大損失額の想定を遵守しながら、フロアを下回ることなく、所定のクッション相当の金額をリスク資産に投資できる頻度を示しています。

従来の CPPIでは、乗数mは定数であり、あらかじめ定められた最悪シナリオを反映したものであることから、戦略名に「定数(constant)」が使用されています。

一方で、DPPIは、期待ショートフォール等を用いて各時点での最大損失を予測し、ダイナミックに投資エクスポージャーを調整するという考えに基づいています。こうしたダイナミックな調整を行うことで、時間とともに変動する投資対象資産のボラティリティに対応することが可能となります。その結果、低リスク環境が予想される期間では投資対象資産への投資を増やし、高ボラティリティが予想される場合には投資エクスポージャーを低下させることとなります。

 

 

DPPIの効果は、リスク予測の精度、そして投資家の選好に応じてリスクバジェットの変数をいかに適切に調整するかによって決まります。

資産配分とDPPI

DPPIの効果がリスク予測の精度と、投資家の選好に応じたリスクバジェットの変数の適切な調整に依存することは明らかです。しかし、ベースとなる投資戦略の内容も、PIの有効性とポートフォリオのリターン分布の形状を決定する重要な要素となります。アセットアロケーションのフレームワークは、一般的には次の2つの手法により構成されます。

まず中核となるフレームワークはSAAです。SAAではあらかじめポートフォリオの目標リターンを設定しますが、これは資産のリスク・リターンの長期予測によって決まります。SAAは長期の投資期間(一般的に5年から10年)での投資対象資産の戦略的なポジションを取ることを目指します。ここでは簡便的に、長期の株式リスクプレミアムを捉える広範な株式市場指数(S&P 500を使用して測定)に投資する単一資産のアロケーション戦略を想定します。

アセットアロケーションにおける第2の構成要素はTAAです。一般に3〜6ヶ月間の中期の投資期間で追加的なリターンの獲得を狙います。TAAでは、異なる市場環境下におけるリスク資産が生む超過リターンの予測を考慮し、SAAによる投資比率からダイナミックに配分を変化させます。

ここでは、TAAにおいて2つの重要な変数である、予測精度と変動レンジについて考察します。DPPIの枠組みの中で、これらの変数のパフォーマンスへの影響を評価します。DPPI戦略のパフォーマンスは、その設計上、逃れられない経路依存性があります。

例えば、1987年の市場暴落や、2008年の世界金融危機時に経験したような、急速な日中の市場の下落に対しては、相応のポートフォリオのクッションがあっても、投資比率の引き下げ、あるいはリスク資産への配分がゼロになり、キャッシュのみの運用になる可能性もあります。そこで弊社では、バックテストのように戦略のパフォーマンス評価を過去の1つの経路のみに基づいて行うのではなく、S&P 500指数と短期商品の経路をシミュレーションによって生成し、DPPI戦略を適用します。リスクとリターンを1つだけの組み合わせからではなく、1,000回のブロック・ブートストラップ・シミュレーションから予想リターン分布を導出します。DPPI 戦略により確保を目指すフロアの水準をは85%に設定し、可変的な乗数を計測するために必要なリスク推定値はGARCH-(1,1)モデルに基づいて推計しています。このモデルにより、時間の経過とともに変化するボラティリティ(time-varying volatility)、ファットテール、ボラティリティ・クラスタリングといった株式市場で観察されるリターンの時系列の主な経験的特徴を捉えることが可能です。

TAAの変動レンジとDPPI

まず、弊社では投資マネージャーが将来の期待リターンを予測する上で十分なスキルを持っていると仮定し、ここでの期待リターンに基づきTAAが決定されます。TAA決定の能力は、ヒット率(マネージャーが市場のリターンの方向性を正しく予測する回数の割合)で測定できます。このシンプルな方法は市場の将来の方向性だけを予測しようとするものですが、株式市場におけるリターンの分布が非対称であるとの経験的証拠を考慮すると、予測スキルとしては不十分といえます。これはマネージャーが将来の小幅なプラスのリターンの方向性を正しく予測できたとしても、非常に大きなマイナスのリターンを予測できない場合、非常に高いヒット率であってもポートフォリオのパフォーマンスに付加価値を提供できない可能性があるためです。そこで、弊社ではヒット率を計る尺度として、市場の方向性だけでなく、将来の実現リターンの大きさを予測する能力も考慮に入れています。まず最初に、60%のヒット率を有するマネージャーのシミュレーションを行います。投資期間のうち60%の期間で上昇もしくは下落の兆候を予測できる予測能力に優れたマネージャーです。

加えて、マネージャーは個別顧客の特定のリスク選好度に応じて、TAAにおける資産配分の変動レンジを変更できると仮定しています。株式に対する見通しを相対的なオーバーウェイト/アンダーウェイトにより5段階で評価し、TAAの決定が行われることを前提としています。例えば、中程度のリスク選好度を持つ投資家は、リスク・リターンの特性を高めるために、ある程度ポートフォリオにレバレッジを加えることを進んで受け入れるかもしれません。この場合、資産配分の変動レンジを[0.8、0.9、1.0、1.1、1.2]と設定し、中立の場合は投資対象資産へ100%投資、強気見通しによるオーバーウェイトの場合は120%、弱気見通しでアンダーウェイトとする場合は80%の投資とします。

標準的なTAAの変動レンジのケース

上記のようなフレームワークでシミュレーションを行ったポートフォリオのリターン分布は、表1の通りとなります。年率換算の平均リターンは13.22%、ボラティリティは16.06%です。株式インデックスへのSAAに対してTAAを追加することで全体的にリスク・リターンの特性が改善しています。SAAのみの場合と比べて、年率換算ベースで1.14%の追加リターンを獲得する一方、シャープレシオ(0.58対0.52)を若干高め、ダウンサイドリスクもわずかながら低下させています。インフォメーション・レシオは0.51です。SAAにDPPIを適用すると、期待ショートフォールが45.29%から15.69%に減少している通り、テールリスクの引き下げに大きく貢献します。一方で、当然ながらダウンサイドリスクの引き下げには保険プレミアムの代償が伴い、平均年換算リターンは1.50%(=12.08%‐10.58%)分低下しています。TAAの効果はDPPIを適用する場合でも確認されました。SAAのみのDPPI戦略と比較して、年換算リターンとシャープレシオが(11.29% 対10.58%、0.52対0.48)高まると同時に、期待ショートフォールも44.37%から15.30%に減少させ、テールリスクを低下させています。インフォメーション・レシオは0.34です。

TAAの変動レンジを広くとったケース

次に、TAAによる変動レンジをより広く[0.50, 0.75, 1.00, 1.25, 1.50]としたケースを検証します。現在のような低金利またはマイナス金利環境下では、投資家は追加の利回りを求めてより高いリスクを受け入れ、TAAによるより高いアクティブリスクを許容するかもしれません。

 

表 1  各条件によるアロケーション戦略のパフォーマンス
図 1  ポートフォリオのリターン分布: TAAのヒット率60%

ここでは、最大レバレッジ率を150%、投資対象資産の最小アンダーウェイト比率を50%としたケースを考えます。表1が示すように、より積極的な資産配分の変動レンジをとった戦略は、SAAのみのケースや、標準的なTAAの変動レンジのケースと比較して、それぞれ年率換算のポートフォリオの平均リターンを2.86%、1.72%分向上させ、14.94%となります。当然ながらこうしたレバレッジの追加はポートフォリオのボラティリティも増加させます(16.75% 対15.99%と16.06%)。シャープレシオで示される全体的なリスク・リターンの数値は改善しており(0.66、標準的なTAAの変動レンジ:0.58、SAAのみ:0.52)、期待ショートフォールもわずかながら低くなっています。

しかし、TAAによる変動レンジを広くとった上でDPPIを適用すると結果は大きく変わります。TAAの変動レンジを広くとった場合、非常に高いリターンが低頻度で発生することから、右にロングテールのリターン分布となります(図1)。その一方、一段と積極的な資産配分を行うことは、ポートフォリオの想定リスクを引き上げることとなり、結果としてリスク資産に投資を行わない頻度が増加します。このため、平均参加率はSAA+DPPI、標準的なTAAの変動レンジ+DPPIと比較して、それぞれ5.6%、5.4%低下します。平均リターンは、標準的なTAAの変動レンジのケースより低下して11.10%となり、SAAにDPPIを追加した戦略との比較では0.52%(=11.10%-10.58%) のアウトパフォームとなります。インフォメーション・レシオは0.1で、標準的なTAAの変動レンジにDPPIを追加したケース(0.34)と比較して大幅に低下します。

図 2  ポートフォリオのリターン分布: 標準的なTAAの変動レンジでヒット率を変化させた場合
表 2  各条件によるアロケーション戦略のパフォーマンス: ヒット率が変化した場合

予測の精度とDPPI

これまでは分析ではマネージャーが優れた市場リターンの予測スキルを持っていると仮定していました(ヒット率60%)。次に予測精度を変化させたケースについて検証します。ヒット率が50%の場合、マネージャーはコインを投げるのと区別しづらい程度のスキルしか持たないケースを意味します。

標準的なTAAの変動レンジのケース

当然ながらヒット率がこれまで分析で前提としていた60%から低下していくにつれて、平均リターンは徐々に減少します(図2参照)。例えばヒット率が50%の場合、標準的なTAAの変動レンジのケースでは、ポートフォリオのリターン分布は左にシフトし、平均ポートフォリオリターンは低下します(12.24% 対13.22%) 。また、シャープレシオも低下します(0.52対0.58) 。同様のパターンはヒット率が45%に低下したケースや、各パターンにDPPIを追加したケースでも観察されます。DPPIを追加したケースでは、ヒット率を50%と仮定すると、平均ポートフォリオリターンは0.82%減少し(=11.29%-10.47%)、シャープレシオも0.52から0.47に低下します。ヒット率がさらに低下し、45%となると、平均リターンはさらに0.42%低下する(10.05%)ことがになります。予測精度は主にポートフォリオのリターン分布における一次モーメントに影響を与えますが、最大ドローダウンと期待ショートフォールに対する影響はわずかです。すなわち、 DPPIによるダウンサイドリスクの抑制効果と比較して、TAAのヒット率が50%であったとしても、予測精度低下によるパフォーマンス悪化の影響は大きいといえます。

TAA資産配分レンジを広くとったケース

TAA資産配分のレンジを広くとった場合で検証すると、結果はさらに顕著なものとなります。例えば、ヒット率55%でDPPIを追加したケースでは、平均参加率が82.4%低下しました。予測精度が60%から55%に低下したことにより、全体のポートフォリオリターンは11.10%から10.18%へと0.92%低下し、インフォメーション・レシオもマイナスに転じました。図3の通り、ポートフォリオのリターン分布も大きく変化し、より低リターンとなる頻度が高くなります。TAAの予測精度が低い場合、TAAによる資産配分の変更が増えたとしても、もはやSAAに対するポートフォリオの追加的なリターンで報われることはないといえます。

DPPIの効果はTAAの予測精度とそのレンジに対して高い感応度を示します。
図 3  ポートフォリオのリターン分布: TAAの変動レンジを広く取り、ヒット率を変化させた場合

結論

SAAは、長期的な資産クラスのリスクプレミアを捉えることを目的としています。一方で、意味のあるTAAは中期的な市場変動から収益を獲得することを目指しています。弊社では、これらのアセットアロケーションの効果をDPPI戦略によるリスクバジェットのフレームワークの中で検証しました。このフレームワークではダウンサイドリスク抑制のためリターン分布の形状を変化させます。ブロック・ブートストラップ・シナリオのシミュレーションに基づいて、TAAは元となるSAAのリスク・リターン特性を高める上で有用なツールであることを示しました。しかし、DPPIの効果はTAAの予測精度とそのレンジに対して高い感応度を示します。どちらも最終的なリスク・リターン特性に影響を与えます。

 

Note

1 “Theory and practice of portfolio insurance”, Risk & Reward #2/2017; “Evaluating risk  mitigation strategies”, Risk & Reward #2/2018; “The use of equity factor investing for  portfolio insurance”, Risk & Reward #3/2018.

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C2020-05-189

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