ユーロ圏:一時的な景気減速局面に

要旨
ユーロ圏景気は緩やかに減速
足元でのユーロ圏の景気は緩やかな減速局面にあると考えられます。4-6月期の成長率は、前期に米国向けの駆け込み輸出が大きく増えた反動もあり、前期比で若干のマイナスに陥った可能性が高いと考えられます。7-9月期についても、トランプ関税の悪影響からゼロ%近辺の成長率にとどまると見込まれます。
景気は年末には底打ちへ。インフレ安定とユーロ高が金融緩和を後押し
しかし、10-12月期に入ると、①金融緩和によるプラス効果、②ドイツの財政政策の積極化、➂トランプ関税による悪影響が弱まること、からユーロ圏景気に底打ちの兆候が出てくると予想されます。
ユーロ圏株:財政積極化と「米国離れ」の恩恵を享受。米追加関税がリスク
年初来のユーロ圏株の好パフォーマンスには、①「米国離れ」による、ユーロ圏投資家の域内回帰、②ドイツにおける財政政策の積極化、➂EU(欧州連合)全体による財政規律の緩和、があったとみられます。ユーロ圏株への追い風は7-9月期まで継続するとみられますが、その後も一定の資金流入の継続が予想されます。
ユーロ圏景気は緩やかに減速
ユーロ圏の景気は緩やかな減速局面にあると考えられます。トランプ政権の関税政策に伴う影響が、景気の減速をもたらしています。1‐3月期におけるユーロ圏の実質GDP成長率は前期比年率で2.5%と、2024年10-12月期の1.2%から大きく加速しました(図表1)。しかし、1-3月期のGDP成長率のうち、1.1%ポイント分はトランプ政権による輸入関税前の米国への輸出をねらった薬品等の駆け込み輸出によるものであり、民間消費の寄与度は0.5%ポイントに過ぎませんでした。

一方、4-6月期のユーロ圏の成長率は前期比で若干のマイナスに陥った可能性が高いと考えられます。これは、前期における駆け込み輸出の反動によって、輸出が急減速したとみられるためです。4-6月期においては、ユーロ圏におけるサービス業PMIが1-3月期よりも低下する(図表2)など、ユーロ圏の内需も減速したとみられます。設備投資は1-3月期には大方の予想を上回って堅調でしたが、トランプ関税で景気の先行きについての不透明感が強まった4-6月期には減速したと考えられます。

続く7-9月期の経済成長は、トランプ政権がEUに課す追加関税の水準に大きく依存するとみられます。相互関税率がベースレートの10%で合意されたとしても、自動車や銅製品、医薬品、電子部品などに対する関税率がそれを大きく上回ると予想されることから、ユーロ圏経済への悪影響が続き、7-9月期のユーロ圏経済の成長率はゼロ%程度に低迷する公算が大きいとみられます。
景気は年末には底打ちへ。インフレ安定とユーロ高が金融緩和を後押し
その後、10-12月期に入ると、次の3つの理由から、ユーロ圏景気に底打ちの兆候が出てくると予想されます。
第1は、金融緩和によるプラス効果が強まるとみられる点です。ECB(欧州中央銀行)による積極的な利下げにより、代表的な政策金利である中銀預金金利は、2024年6月の4.0%から、2025年6月には中立金利に近い2.0%にまで引き下げられました。金融政策の効果が一定のラグをおいて顕在化することが多いことを踏まえると、利下げの実体経済への効果は今後も続くとみられます。ECBによる積極的な利下げを可能にしたのが、インフレ率の想定以上の低下です。2025年6月時点で、前年同月比でみたヘッドライン消費者物価上昇率は2.0%に、コア(食料・エネルギーを除く)消費者物価上昇率は2.3%に低下しました(図表3)。今後のECB政策については、OIS市場では2025年末までに0.94回の追加利下げが想定されていますが、私は利下げ回数が今後のユーロ相場に大きく左右されると考えています。メインシナリオとしては2025年末までに1回の追加利下げを見込みますが、ユーロの対ドルレートが今後大幅に増価する場合には、ユーロ高によるインフレ押し下げ効果が顕在化してしまい、ECBによる中期的なインフレ率見通しが2%を有意に割ってしまうリスクが高まります。このため、大幅なユーロ高が進行する場合には、年内に追加利下げが2回実施されると見込まれます。

第2は、ドイツの財政政策が積極化することによる効果です。ドイツでは、今年に入って政権が交代したことで、憲法上の厳しい財政ルールが修正され、防衛・インフラ支出を増加させる方向が定まりました。しかし、2025年の国家予算は現時点ではまだ成立していません。現在のところ、その成立は9月ごろになるとみられることから、積極的財政政策への転換による景気刺激効果は10-12月期に顕在化すると予想されます。
第3はトランプ関税による前期比成長率への悪影響が、7-9月期のピークをつけた後、10-12月期には和らぐとみられる点です。米EU双方の関税政策が確定することによって10-12月期には企業の設備投資が回復に向かうと見込まれます。
以上の景気シナリオに対するリスクとしては、トランプ政権がEUに課す相互関税率が、トランプ政権が当レポート執筆時点(7月16日)で主張する30%に設定されるリスクが挙げられます。追加関税の製造業への悪影響が深刻化することで、7-9月期の成長率は4-6月期に続いてマイナス圏となり、ユーロ圏経済は景気後退に陥るとみられます。いったん景気後退に陥る場合には、製造業の供給過剰問題が景気全体に悪影響を及ぼすリスクが強まります。ユーロ圏主要国では、中国向け輸出需要の低下などを背景に製造業の設備稼働率が低下してきました(図表4)。景気後退によって短期的な需要が落ち込む場合には、製造業におけるリストラなどの動きが広まり、景気全体に下押し圧力を及ぼすリスクがあります。

ユーロ圏株:財政積極化と「米国離れ」の恩恵を享受。米追加関税がリスク
ユーロ圏株は年初来、日米株を上回るパフォーマンスを記録してきており、ユーロ高もあってドル建てでのパフォーマンスは日米株を大きく上回っています(図表5) 。この背景にあると考えられるのが、トランプ政権の誕生をきっかけとして、①ユーロ圏投資家が米国株への投資に慎重になったこと、②ドイツではメルツ政権が主導する形で防衛・インフラ支出の増額を可能にするような憲法改正が実施され、財政政策の積極化が図られたこと、➂EU(欧州連合)全体としても、財政規律の緩和によって「欧州再軍備計画」による防衛費の増額に乗り出したこと、でした。

①については、1-3月期の国際収支統計をみると、ユーロ圏から海外に向けてのクロスボーダーの株式投資が大きく減少していました(図表6)。これは、グローバル投資における「米国離れ」の動きの進展とともに、ユーロ圏の投資家が米国向けの投資を控え、域内の株式投資にフォーカスしたことを示唆しています。海外からユーロ圏への株式投資資金が直前の3四半期と同様に高水準で維持されたことと合わせて、ユーロ圏の株価上昇に寄与したと考えられます。私は、「米国離れ」に伴ってユーロ圏に証券投資資金が流入しやすい状況が7-9月期中は続くと考えており(当レポートの6月12日号、「米国資産を再評価する動きが年末までに顕在化?」をご参照ください)、その間はユーロ圏株には追い風が吹くとみています。その後、10-12月期には米国株やドルを再評価する動きが強まるとはみているものの、2025年初めまでのようなグローバル投資の米国一極集中のトレンドに回帰する可能性は低いとみており、10-12月期に「米国離れ」の動きが止まった後には、米国だけではなく、欧州や日本、その他の市場にバランスよく新規資金が流入すると予想しています。

ユーロ圏株にとってのダウンサイドリスクとしては、前述のように米国がEUに対して30%の高率関税を課すリスクが重要です。一方、アップサイドリスクとしては、トランプ政権の働きかけによってロシア・ウクライナ間の戦争が早期に終結するケースを挙げたいと思います。この場合には、ユーロ圏経済がウクライナにおける復興需要の恩恵を享受すると考えられます。
MC2025-077