グローバル・ビュー

FRBがQT(量的引き締め)を前倒す理由

Invesco Global View
要旨
FRBは将来的な逆イールドの回避を意図

FRB(米連邦準備理事会)は、直近でQT(Quantitative Tightening; 量的引き締め)政策の早期実施に前向きのスタンスに舵を切りました。QTの前倒し実施を推進する背景には、インフレの上振れや景気・労働市場の改善だけではなく、FFレートをFOMC(米連邦公開市場委員会)参加者の直近の見通し通りに引き上げると、逆イールドが比較的長い期間にわたって続く可能性が出てきたことがあると考えています。

QTの長期金利押し上げ効果についてのFRBの推計

QTが実際にどの程度の長期金利押し上げ効果をもたらすかについて、過去のFOMCで示されたFRBによる分析を基にすると、FRBがその証券保有額をGDP比で1%圧縮することで、米10年債利回りは6.5ベーシスポイント(=0.065%)押し上げられます。実施開始時期としては、今年6月のFOMC会合での決定後、7月から実施される可能性が高いと判断しています。

 

FRBは将来的な逆イールドの回避を意図

 昨年12月15日のFOMC (米連邦公開市場委員会)後の記者会見以来、ずっと私の心に引っ掛かっていたものがありました。パウエルFRB(米連邦準備理事会)議長はFOMC後の記者会見において、FRBのバランスシートを縮小させる政策について会合でしっかりとした議論を始めたことに言及したのです。この会合ではFRBによる資産購入のペースをさらに落とすこと(テーパリングの加速)が決定され、FOMC参加者が2022年の政策金利引き上げ見通し(参加者の中央値)を3回にまで引き上げました。これは、景気や労働市場の改善が続く中、インフレ懸念が強まってきたことを受けての対応として納得がいくものと言えますが、バランスシート縮小となると話は別です。私の頭の中ではバランスシートの縮小はまだかなり先のことになるとの思いがありました。金融市場の見方も同様であり、12月のFOMC会合前に実施されたニューヨーク連銀のプライマリーディーラー向けサーベイ結果をみると、FRBが保有する証券の再投資を部分的にストップしてFRBのバランスシートを縮小させるQT(Quantitative Tightening; 量的引き締め)政策を開始する時期は2023年7-9月期とみられていました。ニューヨーク連銀による同様の投資家向けサーベイでは、QTの開始時期は2024年4-6月期とされていました。FRB自身は、これまで、金融引き締め政策を遂行する上での主要な政策ツールはFFレートであり、バランスシート政策ではないとの考え方を示してきたことから、私は、インフレ圧力を静めるにはFFレートの引き上げで十分であり、QTの議論を開始するのは時期尚早であると考えていました。

 この私の疑問に手がかりを与えてくれたのが、1月5日に公表されたFOMCの議事要旨(2021年12月分)です。この議事要旨によると、FOMC参加者はQTについてのかなりしっかりした議論をしたことがわかりました。私自身が特に重要だと感じたのが、以下の部分です。

2021年12月のFOMC議事録(1月5日公表)からの抜粋:
Some participants commented that removing policy accommodation by relying more on balance sheet reduction and less on increases in the policy rate could help limit yield curve flattening during policy normalization. A few of these participants raised concerns that a relatively flat yield curve could adversely affect interest margins for some financial intermediaries, which may raise financial stability risks. (筆者による日本語訳:数人の参加者は、バランスシートの縮小への依存を引き上げ、かつ、政策金利の引き上げへの依存を引き下げる形での金融緩和の縮小が、政策の正常化におけるイールドカーブのフラット化を限定する可能性について言及した。その中で2~3名の参加者は、相対的にフラットなイールドカーブによって金融仲介機関の金利マージンに悪影響が及び、金融安定リスクを上昇させる可能性があることについて懸念を表明した。)

 これは、イールドカーブがフラット化する場合に金融機関の収益に悪影響を及ぼすことで、金融仲介機能が損なわれ、景気への悪影響が出てしまうことを懸念する議論です。現在のイールドカーブ(図表1をご参照ください)は右上がりの順イールドですので、金融機関経営にとっては問題ない形です。しかし、FOMC参加者の見通しでは、イールドカーブの左端にあたるFFレート(下限)は2022年末に0.75%、2023年末に1.5%、2024年末には2.0%へと引き上げられることになります。一方、代表的な長期金利指標である10年債利回りは、1月11日現在で1.75%(昨年末は1.51%でしたが、議事要旨の公表でQT政策の実施がある程度織り込まれたことを主因として上昇しました)でしたから、10年金利が現在の水準をキープすれば、2024年末にはイールドカーブがフラット化するどころか、逆イールドになります。FRBとしては、逆イールドの状況はごく短期間であれば許容できますが、金融機関収益への悪影響が大きいことから、長期間続けることは避けたいはずです。実際、過去20年間の主要金利の動きをみると、FFレートが一定期間において10年債利回りを上回る局面があったものの、大きく超えることはありませんでした。しかも、FRBは逆イールドが長い期間続く事態を避けてきたことがわかります(図表2)。

(図表1)米国における主要金利の推移
(図表2)米国のイールドカーブと直近(21年12月)のFOMCでの参加者見通し(中央値)

 こうして、FFレートをFOMC参加者の直近の見通し通りに引き上げると逆イールドが比較的長い期間にわたって続く可能性が出てきます。FFレートの引き上げに合わせて長期金利も上昇してくれればFRBの懸念は晴れますが、そうなるとは限りません。パウエル議長が昨年12月のFOMC後の記者会見で述べたようにユーロ圏や日本の長期金利水準が米国より大幅に低く、為替ヘッジを行ったとしても、日欧から米国への長期債投資にはうま味があります。FRBがFFレートを引き上げても、米国の長期金利がそれほど上がらない可能性があります。こうした潜在的な問題に直面したFRBが採用できる解決方法は、QTによって長期金利の上昇を促進することであり、FRBがQTに対して急に前向きになったのは、インフレ抑制だけではなく、金融正常化に伴う金融機関収益への悪影響を和らげるためであったと考えられます。ただし、今後の市場とのコミュニケーションにおいて、FRBがQTの必要性についてのこのロジックを前面に出すとは考えない方が良いでしょう。多くの国民がコロナ問題で困難な状況にある中で、FRBとしては、「金融機関を優遇する」との印象を与えないように政治的に配慮しながら市場と対話を続けていくと思われます

QTの長期金利押し上げ効果についてのFRBの推計

 それではQTは実際にどの程度の長期金利押し上げ効果をもたらすのでしょうか。ここで私は、新たな手掛かりを探るため、FRB自身が何か試算していないかどうかを調べてみました。みつかりました。FOMCでの全ての議論を記録した議事録は2015年12月分まで公表されていますが、その中に、FRBのスタッフがFOMCで発表した資料をみることができます。2015年12月のFOMC会合と言えば、リーマンショック後にFRBが初回の利上げを決めた会合です。Tealbookと名付けられた資料(注*)をみると、FRBスタッフが、QTについての前提を設け、その際にFRBのバランスシート政策が10年債利回りのタームプレミアムにどのような影響を及ぼすかについて推計していることがわかりました。その推計によると(図表3)、その会合から半年後にQTを始めて、5年以上をかけて2兆ドルの資産を圧縮する場合、10年債利回りを72ベーシスポイント(=0.72%)押し上げることがわかりました。圧縮額を当時のGDPに換算して計算をすると、FRBがその証券保有額をGDP比で1%圧縮することに伴う10年債利回り押し上げ効果は6.5ベーシスポイントとなりました

(注*)https://www.federalreserve.gov/monetarypolicy/files/FOMC20151216tealbookb20151210.pdf

(図表3)量的引き締め(QT)の10年金利押し上げ効果についてのFRBスタッフの推計(2015年12月時点)

 これは私の想像ですが、昨年12月のFOMC会合においても、FRBスタッフが同様の推計を行い、FOMC参加者に対して最新のTealbookを使って同様の説明を披露したのではないでしょうか。QTについての前回FOMCでの議論は自然発生的に起こった議論ではなく、FRBスタッフによるしっかりとしたお膳立てがなされた上での議論であったと思われます。昨年12月の議事要旨によれば、前回QT実施時(2017年10月~)と比べて、今回の引き締め局面では、①景気がより強い、➁インフレ圧力が強い、➂FRBの資産がより大きく積みあがっている―ことがFOMC参加者から指摘され、数人の参加者は、前回QT時よりも、①初回利上げ後からより早期にQT開始、➁より大きな規模で開始—する可能性に触れたとのことです。パウエル議長は、1月11日に開催された自身の指名承認公聴会において、「バランスシートの規模がかなり大きくなっているため、バランスシート縮小も速いペースとなる可能性がある。早く開始し、速いペースで実行するだろう」と述べました。パウエル議長はQTを年内に実施する可能性が大きいと述べましたが、私は、以上の議論を踏まえると今年6月のFOMC会合での決定後、7月から実施される可能性が高いと判断しています。当レポートの来週号では、QTの実施を前提に米国の長短金利環境について議論する予定です。

 

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