中国市場・経済が変調する兆しが強まる
要旨
規制強化への懸念が中国株の調整を惹起
先週末からの教育分野と不動産分野等における規制強化の動きは、今週前半の中国株の大幅な調整につながりました。
今後の不動産規制強化策とその影響に注目
中国政府は、住宅価格抑制問題について地方政府の責任を厳しく問う姿勢を明らかにしました。今後、上海市に続いて各地方政府がどのような不動産投機抑制策を実施するかが注目されます。その政策次第では、不動産貸出や不動産開発事業の消極化を通じて、中国景気に比較的大きな悪影響が及ぶ可能性があります。
グローバル市場への潜在的インパクト
不動産投機抑制策は、今年後半に中国経済が緩やかに減速する可能性を高めたと言えるでしょう。地方政府の今後の政策次第では、グローバル金融市場において中国景気減速リスクがより強く意識され、中国へのエクスポージャーが大きい企業や素材などの企業の株価に悪影響が及ぶリスクが強まります。もっとも、相応の政策対応が想定されることから、中国景気が大きく減速する可能性は引き続き低いと考えられます。
規制強化への懸念が中国株の調整を惹起
当レポートでは2月以降、今年の中国経済が減速する見通しである点にフォーカスを当てるとともに(「中国景気のモメンタムは今後減速へ」2月24日号をご参照下さい)、今後のグローバル金融市場を見通すうえでの4つの注目点の一つとして、中国経済の減速を挙げてきました(6月24日号)。現時点でもこの見方には変更はありません。今週に入り、中国を代表する株価指数の一つであるCSI300指数が月曜日(7月26日)、火曜日(7月27日)にそれぞれ3%を超えて下落したことは、中国景気の減速を示唆する材料に対して、中国の金融市場が本格的に懸念を強め始めたことを示していると考えられます。
今週に入ってからの株価調整は、①7月26日に学習塾の非営利団体化を柱とした規制強化を発表したことで、教育関連企業の株価が大きく下落したこと、➁7月23~24日にかけて、不動産価格抑制を狙いとした複数の政策が発表され、不動産・金融業への悪影響が懸念されたこと、➂一部の市場参加者の間で米国が中国や香港への投資を制限する可能性があるとの未確認のうわさが広がったこと(7月27日付けのブルームバーグの記事による)―という複数の材料を背景にして生じたとみられます。
教育産業への規制強化の動き(①)は、受験競争が激化する中で親による教育費負担が増加し、少子化がさらに進行しかねないことを懸念した当局が実施したものと考えられます。これが突然の発表であったことで、当局による規制が前触れなく強化され、企業の収益が損なわれてしまいかねないとの警戒感を呼び、ITなど他産業での規制強化への懸念も強まりました。中国では、国全体がイノベーションを加速させることによって経済発展をサポートするという方針が、今年から開始された第14次五カ年計画において示されました。中国当局は、大手IT企業による寡占的なビジネスモデルが社会全体のイノベーションを抑制することがないようにとの観点から、独占禁止政策の運用を強化しています。今後についても、当面は、独占禁止の観点から企業への規制が強化される可能性があります。これは経済成長を促進する政策であると判断できるものの、規制される立場の企業にとってはマイナス材料であり、その意味では株式市場で懸念材料視される公算が大きいと言えます。
今後の不動産規制強化策とその影響に注目
一方、不動産投機抑制策(➁)については、実際の政策がどのように運用されるか次第では、今後も中国経済や金融市場に対して大きなインパクトを及ぼす可能性があります。中国当局はこれまで長期にわたって、「住宅は住むもので投機の対象ではない」という考え方を打ち出し、投機の抑制を目指してきました。住宅を巡る投機の動きには地域差が大きいことから、中央政府は実際の住宅価格抑制策を地方政府におおむね委ねてきました。しかし、インフラなどのプロジェクトを遂行するうえで土地の使用権売却に伴う収入に大きく依存する地方政府にとっては、厳しい住宅バブル抑制策を実施するインセンティブは大きくなく、実際には少なからぬ都市において住宅価格の上昇が続いてきました。厳しい住宅バブル抑制策を実施すると景気への悪影響が出ると考えた中央政府は、こうした地方政府のスタンスをある程度容認してきたとみられます。この結果、負担が大き過ぎて住宅を購入できないとの不満が中低所得者層を中心に強まっているほか、住宅ローン返済負担の高まりによる民間消費への悪影響が出始めている模様です。中央政府レベルにとって、住宅分野の過熱の問題は看過できないレベルに拡大してきたと言えるでしょう。
このような状況下、7月23日に新華社が公表した国務院の決定においては、住宅価格をコントロールする政策における都市の責任を「断固問う」とともに、省レベルの政府の監督指導責任を強化することが盛り込まれました。中国の場合は、不動産政策で大きな権限を有し、実際に実行する主体は地方政府であることから、今後は多くの都市や省において不動産価格抑制のためにこれまで以上に強い効果を有する政策を実施する動きが強まるとみられます。実際、その第一弾として、上海市において抑制策が実施されはじめました。中国証券報は、中国人民銀行が上海の銀行に対し、7月24日以降、初回住宅購入者への住宅ローン金利を4.65%から5.00%に引き上げるよう命じたと報道しています。
今後は他の大都市でも追加的な不動産投機抑制策が実施されるとみられます。全国レベルの政策として、2020年に不動産企業に対する財務規制の強化措置が発表されたほか、今年からは商業銀行による不動産関連融資を抑制する政策が導入されていますが、今後上海以外の都市でも追加的な抑制策が実施されるとみられます。導入されるのは住宅ローン金利の引き上げだけとは限らず、地域によっては、第14次5カ年計画で導入の方向性が示された固定資産税(不動産保有に対する税金)が導入される可能性もあります。これらの政策によって地価の上昇が抑制されれば、不動産開発事業の抑制や金融機関による不動産貸出の消極化を通じて、中国における今後の経済成長率を抑制する要素になるとみられます。
グローバル市場への潜在的インパクト
不動産の過熱抑制策が今後多くの都市で導入される場合、不動産セクターや銀行など金融セクターの企業の業績への一定の悪影響が出るとみられるほか、建設セクター、素材セクター、耐久消費財セクターに悪影響が及ぶ可能性があります。先週末からの一連の不動産投機抑制策によって中国の株式市場がネガティブに反応したのはこの意味で当然であったと言えます。
コロナ禍によるベース効果を調整するために、中国における居住用不動産投資額の伸び率を前々年比(年率換算値、単月ベース)でみると、6月は8.9%と、9%台を記録した1-3月期の強い勢いを保ったままです。居住用不動産投資は輸出や製造業関連投資とともに足元での中国経済をけん引していると判断できます。しかし、新たな諸規制の導入によって、居住用不動産投資は年末までに減速局面に入る公算が大きいと見込まれます。その場合、今年後半の中国経済は、①居住用不動産投資の減速に加えて、➁先進国でのモノ需要の剥落による輸出の減速や、➂輸出減速に伴う製造業投資の減速、④財政政策の正常化に伴うインフラ投資の減速―に直面するとみられます。民間消費は、ワクチンの普及によって加速が見込めるものの、これら4つの減速要因による悪影響を相殺することは難しいでしょう。不動産投機抑制策は、今年後半に中国経済が緩やかに減速する可能性を高めたと言えるでしょう。その意味で、今後の中国の地方政府による不動産投機抑制策によっては、グローバル金融市場において中国景気減速リスクがより強く意識され、中国へのエクスポージャーが大きい企業や素材などの企業の株価に悪影響が及ぶリスクが強まります。この際、国際商品市況に下押し圧力が働く可能性も強まるでしょう。また、これは、債券市場においては主要国の長期国債利回りを押し下げる動きにつながるはずです。
ただし、中国景気が大きく減速する可能性は引き続き低いと考えられます。中国人民銀行は7月9日に法定預金準備率を0.5%ポイント引き下げると発表しており、財政政策による景気刺激効果が限定される中、金融政策を緩和方向に調整することによって景気へのサポート力を強めています。不動産分野の投機抑制に対して当局が強い姿勢で臨んでいることを踏まえると、今後実施される不動産投機抑制策の内容や市場への影響によっては、当局がより緩和的な金融政策を実施する可能性が高まるでしょう。来年秋に次期指導部を決めるイベントが開催される見通しであることを踏まえると、景気に対する大きなダウンサイドリスクが強まるような場合には、当局は財政政策を積極化させることをためらわないでしょう。
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