インフレ懸念に動揺するグローバル株式市場
要旨
インフレ懸念が米株市場を揺るがす
米国株式市場がインフレ懸念に動揺しています。5月12日に公表された米CPI統計が上振れたことで、金融市場ではFRB(米連邦準備理事会)がこれまで想定されているよりも早期に量的緩和政策の縮小(テーパリング)や政策金利の引き上げに動くのではないかという懸念が強まりました。
米国のインフレ上振れはやはり「一時的」
4月のCPI統計のコア部分を詳しくみると、自動車価格、航空運賃、宿泊費が高い伸びを示しました。これらの項目の価格上昇は確かに一時的と言えそうです。もっとも、消費者物価レベルでの上昇に勢いがついてきたことは、本来、マージンの拡大を通じて企業収益に対してプラスに作用するはずです。インフレ率の上昇が一時的なものにとどまる限り、株価は景気回復や継続的な金融緩和政策によって支えられ続けるとみられます。
日本株はワクチン接種の遅れが短期的な悪材料に
日本の株式市場については、直近数日間での株価下落幅が米国市場を上回っています。これは、米国市場の動きを反映しているだけではなく、ワクチン接種率が低迷していることで景気の下振れリスクが強まっていることによるものでしょう。
インフレ指標のさらなる上振れや国際商品市況の上昇がリスク
今後については、グローバル株式市場を見通すうえで、数カ月間は、①「一時的」なインフレ率の上振れが今後数カ月間続くリスク、➁国際商品市況の上昇が続き、「2008年半ば型」のインフレが生じるリスク―に注意が必要です。これらのリスクの存在を考慮すると、今後の株式市場はこれまでよりもボラティリティーが高まる公算が大きいと考えられます。
インフレ懸念が米株市場を揺るがす
米国株式市場がインフレ懸念に動揺しています。S&P500種指数は5月7日に終値ベースでの最高値を更新した後、今週に入ってから下落に転じ、5月12日までの3日間で4.0%と比較的大幅に下落しました。米金融市場が注目していたのは5月12日朝方に公表された4月分消費者物価指数(CPI)であり、ヘッドラインの上昇率が3月の2.6%から4.2%へと市場予想(3.6%、ブルームバーグ調べ)を大きく超えて上昇したことが投資家の懸念を呼びました。CPI上昇率が跳ね上がったのは前年同期のCPI水準が低めであったこともありますが、前月比でみてもコアCPI(食品・エネルギーを除くCPI)上昇率が0.9%と、前月の0.3%を大きく上回りました。金融市場ではFRB(米連邦準備理事会)がこれまで想定されているよりも早期に量的緩和政策の縮小(テーパリング)や政策金利の引き上げに動くのではないかという懸念が強まりました。10年のブレークイーブン・インフレ率(市場が織り込む期待インフレ率)も5月12日に2.56%と、先週前半と比べると10ベーシスポイント以上上昇してコロナ危機以降で最も高い水準を更新し、10年国債利回りは1.69%に達しました。
金融政策の当事者であるFRBからは、インフレ率の高まりは一時的であるというメッセージが断続的に発せられており、5月12日のCPI公表後も、クラリダFRB副議長は「前年⽐ベースのインフレ数値はこのところ上昇しており、これはしばらく続いた後、年末に向けて落ち着く可能性が⾼い。インフレ率は2022年と23年に、われわれがより⻑期的に⽬指す2%に戻るか、おそらくそれを幾分か上回ると考えられる」と発言しています。これは従来のFRBの見方を踏襲した発言です。
米国のインフレ上振れはやはり「一時的」
4月のCPI統計のコア部分を詳しくみると、自動車価格、航空運賃、宿泊費が高い伸びを示しました。これらの項目の価格上昇は確かに一時的と言えそうです。自動車価格は半導体不足の影響で自動車生産が一時的に滞りがちになっていることを反映したものでしょうし、航空運賃や宿泊費についても、これまで大きく減退していた需要が経済再開に伴って回復してきたものであり、いずれは従来の伸びに戻るとみられます。その他のコアCPI項目が比較的広範囲に上昇したのは労働力供給が不足していることによる面もあります。4月の雇用統計は想定に比べて雇用者数の伸びが大幅に低い結果となりましたが、これは、①託児所や公共交通サービスが本来の水準に戻っていないことや、➁経済対策に伴う失業手当がかなり手厚い点が労働者の就職意欲を低下させていること―などの問題を背景としたものであり、やはり一時的であると言えるでしょう。
その一方、消費者物価レベルでの上昇に勢いがついてきたことは、本来、マージンの拡大を通じて企業収益に対してプラスに作用するはずです。1-3月期の段階でも米国企業の収益は着実に改善しており、リフィニティブによる5月7日時点での調べによれば、S&P500種指数構成銘柄のなかで決算結果を公表した439社のうち、87.2%の企業収益がアナリストによる事前予想を上回っていたとのことです。米国の失業率は4月時点で6.1%とまだまだ高い水準にあることから、米国は今後も中長期的に景気回復軌道をたどると考えられます。インフレ率の上昇が一時的なものにとどまる限り、株価は景気回復や継続的な金融緩和政策によって支えられ続けるとみられます。個別企業の業績回復の動きが引き続き株価をけん引する展開が予想されます。
日本株はワクチン接種の遅れが短期的な悪材料に
一方、日本の株式市場については、直近数日間での株価下落幅が米国市場を上回っています。これは、米国市場の動きを反映しているだけではなく、ワクチン接種率が低迷していることで景気の下振れリスクが強まっていることによるものでしょう。欧米において景気の上振れリスクが意識されやすい点と対照的であることが、内外投資家による日本株への選好を弱めているとみられます。それでも、たとえ欧米に比べて数カ月遅れるとしても、日本でワクチンが広範囲に接種されるのは時間の問題であり、その意味では、日本株が出遅れる状況は数カ月以内に修正されると考えられます。
インフレ指標のさらなる上振れや国際商品市況の上昇がリスク
今後については、グローバル株式市場を見通すうえで、数カ月間は以下の2つのリスクに注意が必要です。第1のリスクは、「一時的」なインフレ率の上振れが今後数カ月間続く可能性がある点です。米国では、今後数カ月にわたって、大規模なミュージックフェスティバルの再開など、サービス分野での経済再開が加速的に進むと考えられます。これが一時的なインフレ率の上昇につながる可能性は否定的できません。今後公表されるインフレ指標が市場予想を上回る場合には、株式市場での懸念が強まる可能性があります。例えば、5月13日に公表される米国生産者物価指数(PPI)にも注意が必要です。
第2のリスクは、国際商品市況の上昇が続く場合、「2008年半ば型」のインフレが生じる可能性があります。2008年前半においては原油などの国際商品市況が大きく上昇し、コストプッシュによる世界的なモノのインフレをもたらしました。モノのインフレですから、コアインフレ率の上昇は先進国では限定的であったものの、あまりにも速いペースで商品価格が上昇したことから短期的な価格転嫁が難しい企業はマージンの縮小懸念に直面しました。ロイター/ジェフリーズCRB商品指数は「巣ごもり需要」の増加を受けて過去数カ月で急上昇してきました。私は、巣ごもり需要の剥落や中国経済の減速によって国際商品市況は年末ごろには落ち着いていくと考えていますが、それまでの間にさらに大きく上昇する場合には、市中のインフレ期待が高まるリスクがあります。これらのリスクの存在を考慮すると、今後の株式市場はこれまでよりもボラティリティーが高まる公算が大きいと考えられます。
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