IGSAMS 2024
インベスコ グローバル・ソブリン・アセット・マネジメント・スタディ 2024

テーマ3 AIの目覚め: 未来の機会をとらえるソブリン投資家

私たちが2019年に実施したテクノロジー導入に関する調査からは、社内でのテクノロジーの導入に関してソブリン投資家は他の機関投資家よりも遅れを取っていると感じていることが明らかになりました。

こうした傾向とは対照的に、そして興味深いことに、ソブリン・ウェルス・ファンドはしばしばテクノロジーをテーマとした投資には積極的です。多くのソブリン・ウェルス・ファンドがテクノロジー分野への投資を優先し、その投資がもたらす魅力的なリターンの可能性を認識しています。

今年の調査では、人工知能(AI)の急速な進歩、特に生成AIの台頭によって促進されて、テクノロジーに対する態度が変化していることが明らかになっています。こうしたAIをめぐる動向を背景に、ソブリン・ウェルス・ファンドと中央銀行は内部プロセスと意思決定アプローチの見直しを余儀なくされ、多くのソブリン・ウェルス・ファンドと中央銀行がAIという革新的テクノロジーを活用し始め、AIが投資環境全体に及ぼす影響について検討しています。

導入機運は高まり、関心は広がっている

今年の調査からは、ソブリン・ウェルス・ファンドと中央銀行の3分の1がすでに投資プロセスでAIを活用しており、6%がAIを広範囲に活用していることが明らかになりました(図3.1)。生成AIの台頭を背景に組織が現在の戦略を見直し、このテクノロジーの新しい用途を模索するようになったため、AIの導入は加速するとみられます(図3.2)。 

欧米の中央銀行の3分の2が次のように回答しています。「私たちは文献調査を行い、資産運用会社によるウェビナーに参加しています。AIがどのような分野で役立つかを理解するため、コンサルタントとの会議も行いました。」

 

図3.1 投資プロセスにおけるAI導入度合い(% 引用、中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンド)
図3.2 生成AIの台頭によるスタンスの変化(% 引用、中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンド)

今ではほぼ全てのソブリン投資家が、やがてAIが投資プロセスに欠かせないツールになると考えています(図3.3)。2019年の調査では、組織内でAIは何ら役割を果たしていない考えていると回答した人の割合が中央銀行は37%、ソブリン・ウェルス・ファンドは32%だったのに対し、今回の調査結果では顕著な変化がみられます。

図 3.3 組織における将来のAIの役割(% 引用、中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンド)
AIを活用する投資家

多くのソブリン・ウェルス・ファンドでは、チャットGPTなどの生成AIツールのサービス開始を受けてAI導入に向けたボトムアップの取り組みが立ち上がっており、生成AIツールが日常業務をどのようにサポートできるかを理解しようと、利用可能なツールの個人レベルでの試用が始まっています。新興国に本拠を置くあるソブリン・ウェルス・ファンドは、「私たちの全員が、管理面で物事を迅速化するためにAIツールを使用しています」と述べています。別のソブリン・ウェルス・ファンドはより組織的で慎重な戦略を採用しており、意思決定者はAIテクノロジーの組織のプロセスへの組み込みを注意深く計画し、監督しています。取り組みが個人レベルであれ、組織レベルであれ、ソブリン・ウェルス・ファンドと中央銀行はAIの幅広い用途を見出しており、最も一般的な使用事例としてデータ処理、リスク管理、予測に着目しています(図3.4)

一例を挙げると、ある欧米の中央銀行は、市場動向に関する洞察を得るためにAIを活用しています。「ポートフォリオ運用担当者の判断を支援するためにAIを導入しています。私たちのAIシステムは、市場と私たち独自の調査から得たデータを分析し、関連するトピックやセンチメントに関する洞察を提供することで、情報分析に基づく投資先の選定を支えています。」

別の中東のソブリン・ウェルス・ファンドは、トレーディングのアイデアを出し、投資における意思決定プロセスを改善するためにAIを活用しています。「私たちは、AIにトレーディングのアイデアを出させ、私たちがそのアイデアを評価できるようにするため、投資フレームワークの構築に時間をかけてきました。」

こうした事例は、AIが既存の投資プロセスに対応するだけでなく、新たな洞察を生み、戦略を進化させる可能性があることを浮き彫りにしています。

図  3.4 投資プロセスにおけるAIの使用(% 引用、AIを使用している中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンド)

大量の非構造化データを処理する能力はAIの重要な優位性と考えられており、ファンドが投資機会とリスクをより包括的に理解することを可能にします。ある欧米のソブリン・ウェルス・ファンドは次のように述べています。「私たちはリスク管理と気候シミュレーションの実行にAIソフトウェアを使用しています。私たちのリサーチ業務担当者はAIソフトウェアによってデューデリジェンス調査を実行できるかどうかも試しています。」

プライベート・マーケットは、入手可能なデータが不足していることが多いため、ファンドがAIを導入することによるメリットが大きいとみているもう一つの領域です。ある中東のソブリン・ウェルス・ファンドは次のような自らの経験を共有してくれました。「アーリーステージの企業に関する豊富なデータを蓄積していますが、こうしたデータを分析するのは困難です。AIツールを活用してデータを分析することにより、貴重な洞察を得ることができます。」

すでにAIを導入しているファンドは、リスク管理の改善、データ分析能力の強化、プロセスの効率化などのメリットが大きいと報告しています(図3.5)。ある欧米の中央銀行は次のような所見を述べています。「AIを導入したことでレポーティングが効率化され、ポートフォリオの状況をより的確に確認できるようになり、ひいてはエクスポージャーをより適切に把握できるようになりました。」このコメントは、AIが投資成果を向上させるだけでなく、リスク管理からレポーティングおよびコミュニケーションに至るまで、投資運用プロセスのさまざまな側面を合理化し、強化する可能性があることを示しています。

図 3.5 投資プロセスでAIを使用するメリット(% 引用、AIを使用している中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンド)
アルファ創出の可能性

ソブリン・ウェルス・ファンドの大多数はAIがアルファを創出してリターンを高められると考えているのに対し、ほとんどの中央銀行はAIのメリットを判断するのは時期尚早と考えています(図3.6)

投資プロセスにAIを広い範囲で導入しているいくつかの組織は、リスク調整後リターンにおいて、すでにプラスの影響が現れていると報告しています。

リスク管理の改善はアルファの重要な源泉であり、AIはファンドがさまざまなリスクをより効果的に特定して軽減するのに役立ち、ポートフォリオをより回復力のあるものにするとみなされています。ある欧米のソブリン・ウェルス・ファンドは、「より詳細なデータに着目して、より適切な意思決定を行うのにAIは役立ちます」と述べています。

図3.6 AIはアルファを創出できるという考えについての所見(% 引用、中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンド)

大規模なデータセットから傾向と関係性を見出すのは、人間のアナリストにとって困難な作業ですが、AIアルゴリズムはこうした作業をスピーディーに行ううえでも役に立ち、ファンドが新たな投資機会に乗じたり、落とし穴を回避したりできるようにする可能性があると考えられています。ある中東のソブリン・ウェルス・ファンドは、「特にプライベート・マーケットやスタートアップ企業を調査すると、AIが間違いなくアルファを創出できることがわかります。初期段階のデータと情報の収集がこれまでよりはるかに容易になるからです。」と述べています。

ただし、AIが持続可能なアルファを創出できるかどうかは、導入のペースとファンドが独自のAI戦略を開発できるかどうかによって決まるかもしれません。ある欧米の中央銀行は、「より多くの人が特定のテクノロジーを採用すると、アルファを生み出す能力が消滅する可能性があります」と指摘しています。そのため、時代を先取りし、AIを独自の革新的な方法で活用するためのリソースと専門知識を持つファンドは、こうしたAIの優位性を捉えるのに最も適した立場にあるかもしれません。ただし、組織の中にAIを適応させることに失敗したファンドは遅れを取る可能性があります。

課題と懸念点

AI導入意欲が高まっているにもかかわらず、ソブリン・ウェルス・ファンドと中央銀行はそれぞれの組織内にAIを導入するうえでいくつかの課題があることに気づきました。ソブリン・ウェルス・ファンドにとっての最大の障壁が専門知識の不足である一方、中央銀行が最も懸念しているのはAIモデルの説明可能性です(図3.7)。ある欧米の中央銀行はこう指摘します。「説明可能性はより詳細な調査が必要な領域ですが、私たちはAIモデルの解釈能力を改善する技法を積極的に模索しています。」

図 3.7 投資プロセスにAIを使用する上での課題(% 引用、中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンド)

中央銀行の間には、AI が人間の意思決定に取って代われるほどの完全な自動化を実現できるかどうかについて、懐疑的な見方もあります(図3.8)。ある欧米の中央銀行は、「中央銀行の政策を自動化するのは容易ではありません。政策を決定する委員会で最高幹部がAIに語りかける様を想像することはできません」と述べています。別の中央銀行もこの意見に同調し、「中央銀行の仕事がAIに置き換えられることはありません。説明責任を持たないコンピューターがこうした決定を下すことに人々は不安を感じるでしょう」と述べています。

図 3.8 AIは組織における人間の意思決定を5年以内に凌駕するようになる可能性があるか?(% 引用、中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンド)

複数のソブリン・ウェルス・ファンドから専門知識の不足が最大の課題だという回答が寄せられました。さまざまな業界でAIスキルへの需要が高いことを理由に、多くのファンドにとってAI人材の獲得とつなぎとめが大きな障壁になっていると認識されています。
いくつかのファンドは、既存のスタッフのスキルアップを目的とした社内研修・開発プログラムに投資することで、この問題に対処しています(図3.9)
ある欧米のソブリン・ウェルス・ファンドは、「AIがもたらす機会を理解し、社内でAIの利用事例を開発するのに役立つ人材を見出す必要があります」と指摘しています。

図 3.9 人的資本戦略に対するAIの影響(% 引用、中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンド)

特殊なAI専門知識と能力を利用するため、外部のベンダーやコンサルタントと提携する企業もあります。ある新興国のソブリン・ウェルス・ファンドはつぎのように述べています。「ポートフォリオに関するシナリオ分析を実行するため、外部のコンサルタントと提携しています。AIを活用してより優れた最適化戦略を模索したいと考えています。」

特に市場環境が急速に変化していることを踏まえると、データの品質と可用性も重要な懸念事項です。ある欧米の中央銀行は、「現時点では、データの出所や品質についてはよくわかっていません」と指摘しています。別の中央銀行は、既存のシステムにAIを統合するうえでの課題を指摘し、次のように述べています。「私たちのITチームは、データを施設の外部に移動することに非常に不安を感じています。
AIツールを使用する場合、しばしば外部のサーバーを使用し、データをクラウドに移します。これまでのところ、私たちのITチームはデータをクラウドに移すことに反対しています。」

AIの力を最大限に活用したいと考えているファンドにとって、こうしたデータとインフラストラクチャーに関する課題に対処することは非常に重要です。その場合、データ管理とガバナンスへの多大な投資と、AIアプリケーションをサポートするための安全でスケーラブルなクラウドベースのプラットフォームの開発が必要になる可能性があります。

AIエコシステムに投資する

ソブリン・ウェルス・ファンドは投資プロセスでAIを活用しているだけでなく、AIを魅力的な投資機会と捉え、AI全体に投資して、この技術革新の最前線に立とうとしています。ある欧米のソブリン・ウェルス・ファンドは次のように説明しています。「私たちは5年前に、大きな変化をもたらす素晴らしい技術は存在しないと言いました。それは間違いでした。AIはそうした技術の1つであり、私たちはAIに投資したいと考えています。」

AI投資のテーマには以下のようなものがあります。

  • データセンター・インフラ
    AIとその他のコンピューティング集約的なアプリケーションの処理を担うホストサーバーに場所、冷却、電力を提供するデータセンターへの投資
  • AI向け半導体開発
    AI向け半導体の分野で実績のある既存の企業と競争可能な新興のAI向け半導体開発企業と提携し、その企業に投資して、成長と生産拡大を支援する
  • 大規模言語モデル(LLM)の地域バージョン
    特定の地域と言語に最適化した既存のLLMのカスタマイズと適応
  • 垂直的なAIプラットフォーム
    ヘルスケア、地理空間インテリジェンス、消費者向けアプリケーションなど、特定の業界や分野に合わせて最適化されたAIプラットフォームとソリューションの開発

こうした戦略的投資はしばしばソブリン・ウェルス・ファンドの複数の目的にかないます。ファンドは、こうした戦略的投資を行うことにより、AI業界をより包括的に理解できるようになるだけでなく、AIエコシステムの主要プレーヤーとの戦略的パートナーシップを構築することが可能になります。こうした戦略的パートナーシップは、ソブリン・ウェルス・ファンドであれば自らの組織の内部で活用でき、開発アジェンダを持つファンドであれば地域経済におけるイノベーションと変革の推進に役立てることができます。ソブリン・ウェルス・ファンドはAI全体に投資することで自らをAI革命の最前線に置き、この革新的テクノロジーの恩恵を享受しようとしています。

AIのデフレ効果

ほとんどの回答者は、AIがデフレ効果をもたらすと考えており、ヘルスケアやテクノロジーなど特定のセクターと、より柔軟な規制が敷かれている市場が特に大きな影響を受けると予想しています(図3.10)。AIによる生産性向上は、多くの先進国市場が直面している人口動態の課題を解決するための潜在的な方策であり、さまざまな分野に大きな影響を与えるとみられています。新興国に本拠を置くあるソブリン・ウェルス・ファンドは、「AIの恩恵が全ての企業にいつ、どのように波及し、非テクノロジー企業の損益計算書に反映されるようになるのかに着目しています」と述べています。

図3.10 AIはデフレ効果をもたらす(% 引用、中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンド)

ある新興国の中央銀行は、「新しいテクノロジーは生産性向上やコスト削減、ひいては物価下落の要因となるため、デフレ効果をもたらします」と指摘しています。この指摘は、AIが経済のさまざまな分野で大幅な生産性向上とコスト削減をもたらし、最終的には消費者物価の下落を引き起こす可能性があることを示しています。加えて、ある欧米のソブリン・ウェルス・ファンドは次のように指摘しています。「ヘルスケア・セクターのコストは急激に低下するでしょう。他のセクターでもそうなると予想しています。」別のソブリン・ウェルス・ファンドは次のようにみています。「自動化によってコストの高い労働力は置き換えられるでしょう。自動化により、ヘルスケアにおけるコストも引き下げられる可能性があります。」

AIによるデフレ効果は中長期的には定着すると予想されています。AIがデフレを引き起こすと考える中央銀行の回答者の約62%、ソブリン・ウェルス・ファンドの回答者の61%は、デフレ効果が現れ始めるのは5年後以降になると考えています(図3.11)。一方、一部の回答者は、AI導入のペースとそれが経済に与える影響は、国・地域レベルの市場の柔軟性と、企業がこの新しい技術に適応する能力によって異なると警告しています。ある欧米の中央銀行は、「特に米国のような相対的にダイナミックな経済ではデフレ効果が大きいと思われます。AIによるコスト低下がより速いペースで進む可能性があるからです」と指摘しています。

ある中東のソブリン・ウェルス・ファンドもこの話題を取り上げて次のように述べています。「AIは働き方を変えると確信していますが、その考えには若干の修正が必要です。問題は、経済はAIの進化のペースに適応できるほど柔軟になれるのか、です。」

中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンドの両方の回答者が指摘しているのは、AIがもたらす潜在的な課題と機会に積極的に対処し、この技術のメリットが広く共有されて長期的に持続するようにするための戦略を策定するには、政策対応が必要だ、ということです。

図3.11 デフレ効果が現れるまでの期間(% 引用、AIがデフレ効果をもたらすと考える中央銀行とソブリン・ウェルス・ファンド)
まとめ

AI、特に生成AIの台頭は、ソブリン投資家の態度に大きな変化を引き起こしています。多くのソブリン・ウェルス・ファンドと中央銀行はすでに投資プロセスにAIを活用しており、データ処理、リスク管理、予測に利用しています。ソブリン・ウェルス・ファンドは、AIという革新的テクノロジーの成長の可能性に乗じるため、AI全体に戦略的に投資しています。

しかし、AI導入までの道のりを歩むうえでは、人材不足、データ品質、AIモデルの説明可能性などの課題を避けて通ることはできません。各ファンドは、人的資本への投資や外部の専門家との提携を通じてこれらの問題に取り組んでいます。

AIが進化し続けるにつれて、特にヘルスケアなどのセクターや、AIに適応する柔軟性を備えた国々で、経済に対するデフレ効果がもたらされると予想されます。長期的な視野と豊富なリソースを備えたソブリン投資家は、こうした変化する環境にうまく対処し、AIの力を活用して運用実績を向上させ、グローバル経済の未来を形作るための好位置につけています。

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