インベスコ グローバル・ソブリン・アセット・マネジメント・スタディ 2026

テーマ5 分散投資を模索する中央銀行

IGSAMS 2026
従来の外貨準備運用の枠組みは、少数の主要通貨建ての高格付け国債を中心としたものでしたが、現在では複数の要因によってその前提が揺らぎつつあります。具体的には、インフレの長期化、資産間相関の変化、米国の財政状況に対する懸念、そして地政学的な不確実性の高まりです。
これに対する対応として、中央銀行はより強靭な外貨準備を構築するため、複数の方向から取り組みを進めています。すなわち、資産クラスの拡大、ドルへの集中の抑制、米国外での運用インフラの整備、そして金の保有拡大といった施策です。
調査全体を通じて見ると、これらの動きは単なる調整ではなく、中央銀行が外貨準備に求める役割そのものに対する考え方が変化しつつあることを示しています。
ポートフォリオ構築の再考

これらの圧力を受け、中央銀行は従来ほとんど活用してこなかった資産クラスへの投資を徐々に拡大しています(図表5.1)。株式、インフレ連動債、社債はいずれも、今後2年間において純増の配分意向が示されており、とりわけ株式への関心の高さが際立っています。
ラテンアメリカのある中央銀行は、インフレ耐性の向上を目的として株式を組み入れる可能性を検討していると述べています。

また、中東のある中央銀行は、本年初めて株式投資に踏み出し、グローバル株式指数をベンチマークとした5~10%の配分を設定しました。
さらに、欧州のある中央銀行は、外貨準備ポートフォリオが従来の限られた主要経済圏を超えて拡大する中で、株式はグローバル市場へのエクスポージャーを効率的に取得する手段であると評価しています。

図5.1 各年における向こう2年間での非伝統的資産への純資産配分意向  (増加意向-減少意向、%、中央銀行のみ)

株式を保有するための承認を得ることは、中央銀行にとって大きな制度的取り組みとなり得ます。複数の回答者は、実際に配分を開始するまでに、内部ガバナンス手続き、理事会のマンデート、さらには場合によっては法的制約への対応を進める必要があったと述べています。
ラテンアメリカのある中央銀行は、「債券およびマネーマーケットだけではリターン追求に限界がある」とした上で、外貨準備ポートフォリオ全体の高度化に向けた取り組みを説明しています。具体的には、運用委託先の拡大、有価証券貸出の導入、信用格付け制約の緩和、デュレーションの延長などを進めつつ、株式投資の必要性について内部での理解を深め、実現に向けた法改正も模索しているとしています。
また、中東のある中央銀行は、マンデート拡大を正当化するだけの十分なリスク・リターンの裏付けをマネジメントに納得させることが不可欠であり、初回の株式配分に際しては正式な理事会承認が必要であったと述べています。
特に内部リソースが限られる中小規模の中央銀行にとっては、こうした制度面やガバナンス面のハードルが、投資の合理性が十分に理解されている場合であっても、実際の変化のスピードを大きく制約する要因となっています。

ドル:懸念と制約

米ドルに対する懸念は広く共有されており、大多数の中央銀行が、米国の債務水準の上昇が準備通貨としてのドルの地位にマイナスの影響を与えていると認識しています(図表5.2)。また、今後5年間でドルの基軸通貨としての地位が弱まると見る回答は3割弱に達しており、2022年時点の12%から大きく増加しています(図表5.3)。ドルの世界の外貨準備に占める比率は、2000年頃の
約70%から現在は約57%まで低下しており、直近3年間でも約2%ポイント縮小しています。このシフトは主にユーロや複数の小規模通貨によって吸収されています(図表5.4)。

図 5.2 米ドルが準備資産としての地位において、米国の債務水準による負の影響を受けているとの認識(%、中央銀行のみ)
図 5.3 米ドルが世界の基軸通貨としての地位において、向こう5年で弱まるとする見方(%、中央銀行のみ)
図5.4 IMF:世界の外貨準備総額とその通貨別比率の推移(10億米ドル)

APACのある中央銀行はこの動きを、「米国中心のボラティリティ拡大を背景としたリスク管理の観点から分散が進んでいる。米国債務の増加も議論の一部となっている」と説明しています。また、ラテンアメリカのある中央銀行は、二国間貿易におけるドルの構造的役割への懸念を示し、「米国の内向き志向が強まる中で、各国が二国間取引でドルを迂回する動きが広がる可能性がある」と指摘しています。

欧州のある中央銀行は、この変化を実務的な機会として捉え、「歴史的にドルへの配分が過大であったが、欧州の金利がもはやゼロやマイナスではなくなったことで、ドルからユーロへのシフトを進めている」と述べています。

もっとも、こうした分散がどこまで、どの程度のスピードで進むかについては大きな制約があります。それは、十分な規模と流動性を備えた代替通貨が存在しない点です。多くのソブリン債の市場は規模が小さく、流動性にも制約があるため、大規模な外貨準備運用には実質的な選択肢が限られています。欧州のある中央銀行が指摘するように、「数値上ではまだ大きな変化は見えていない」状況です。実際、ドルへの懸念が高まるなかでも、米国株式市場への資金流入は続いており、中央銀行が流動性の高い大規模なソブリン市場に依存する構造自体は変わっていません。ドルの課題は現実のものであるものの、それが直ちに大規模かつ急速な資産再配分につながるわけではありません。

人民元の準備通貨としての可能性についても議論はありますが、短期的な実現は見込まれていません。資本規制、市場アクセスの制約、ガバナンス上の課題が、人民元が真のグローバル準備通貨となる上での障害となっています。現在、外貨準備に占める人民元の比率は約2%にとどまっており、これらの構造的課題が解消されない限り、大きな変化は見込まれていません。全体としては、ドルの基軸通貨としての地位が引き続き根強い一方、不確実性の高まりを背景に金などの実物資産へのシフトが進むという構図が見られます。

ポートフォリオを超えた分散

本年の調査で特に注目すべき点の一つは、分散化の対象がポートフォリオ構成にとどまらず、外貨準備運用を支える運用面および制度面のインフラにまで広がっていることです。複数の中央銀行が、米国のカストディアン、カウンターパーティ、決済インフラへの依存度を見直しており、現在の地政学的な環境を踏まえると、米国の金融機関への依存が適切かどうかを改めて検証しています。
ラテンアメリカのある中央銀行は、「最悪のシナリオに備えるため」として、米国外の新たなカストディアンとの関係構築を進めており、「分散は単なる資産配分を超えたものになりつつある」と述べています。
また、欧州のある中央銀行は、地政学的緊張の高まりを受けて、すでにカストディ銀行を米国外へ変更したとしています。別のラテンアメリカの中央銀行は、スイスへのカストディ分散を検討しているものの、「その行動自体が米国に対して敵対的と受け取られる可能性がある」といった難しさも指摘しています。

こうした懸念は一部のソブリン投資家にも広がっています。欧州のある債務ソブリンは、カウンターパーティ、清算ブローカー、カストディアン、さらには非流動性資産のエクスポージャーについても、米国以外への分散を段階的に進めるべきかを検討していると述べています。「米国のサービス提供者を完全に排除したわけではないが、直近では欧州の清算ブローカーを追加し、欧州のカウンターパーティの活用を拡大している」としています。
このようなオペレーション面での有事対応(コンティンジェンシー)を前提とした分散は、リスク管理の考え方に大きな変化をもたらしています。わずか5年前には、「資産をどこで保管するか」は戦略的な論点としてほとんど考慮されていませんでしたが、現在では重要な意思決定領域の一つとなっています。

金:セーフヘイブンおよびインフレヘッジ

過去3年間で、中央銀行全体において金の配分は増加しており、さらに3分の1以上が今後3年間で一段の積み増しを見込んでいます(図表5.5)。現在、最も多く挙げられている要因は世界的なボラティリティへの懸念であり、これに金融不安時におけるセーフヘイブンとしての金の役割が続きます(図表5.6)。
また、マクロ環境の変化を反映し、昨年以降はインフレヘッジとしての重要性が顕著に高まっています。複数の中央銀行は、インフレが高止まりする環境への備えとして、金保有を増やしていると説明しています。
通貨分散や政治リスクも重要な要因として挙げられています。アフリカのある中央銀行は、金の役割の変化について次のように述べています。

図5.5 金へのエクスポージャーの変化(%、中央銀行のみ)
図 5.6 金の継続的な購入において重要な要因(回答比率、中央銀行のみ)

「通貨の集中、地政学リスク、既存の金融インフラに対する混乱の可能性に対する防御として、金の重要性は時間とともに高まってきた。金融資産が政治的制約を受け得る世界において、金は、国家の財務を支える安全資産として、その構造的重要性を増している。」
また、APACのある中央銀行は、「世界情勢の予測可能性が低下する中で、金の重要性はさらに高まっている。金は極端なテールリスクを防御する」と述べています。
さらに、「どのように金を保有するか」についても関心が高まっています。現物金は依然として中央銀行の外貨準備ポートフォリオの基盤ですが、より柔軟にエクスポージャーを取得できる手段として、金ETFの活用や検討が進んでいます。

一部の中央銀行では、現物金の保管場所に関する議論も新たな段階に入っています。欧州のある中央銀行は、現在のところイングランド銀行での金保管を維持しており、本国への移管は議論されていないとしていますが、米連邦準備銀行に金を保有する中央銀行などでは状況が異なる可能性があると認めています。2022年のロシア中央銀行資産の凍結は、海外に保有される準備資産が政治的制約の対象となり得ることを示しました。この出来事は、一部の中央銀行において、金の「規模」だけでなく「保管場所」という地理的側面に対する考え方にも変化をもたらしています。

分散が新たな優先課題に

中央銀行の外貨準備運用は、現在大きな転換期にあります。従来の枠組みである、格付けの高い国債を中心に、限られた主要準備通貨へ集中する運用は、いくつかの相互に関連する要因によって見直しを迫られています。具体的には、構造的に高いインフレ、資産間相関の低下、米国の財政および政治の安定性に対する懸念、そして外貨準備資産の安全性そのものが問われるようになった地政学的環境の変化です。
これに対応する形で、各中央銀行は徐々に株式、社債、インフレ連動債といった新たな資産クラスの組み入れを進めています。ただし多くの場合、こうした投資を実現するには、ガバナンス体制の整備や法制度の変更が必要であり、なおその過程にあります。
ドルからの分散も進んでいますが、ドルが依然として持つ市場規模と流動性の優位性により、その進展には制約があります。一方で金の配分は増加しており、金がどのようなリスクに対する防御となるかについての認識が広がっていることが背景にあります。
また、分散化の対象はポートフォリオの中身にとどまらず、近年では運用を支えるオペレーションやインフラにも及んでいます。こうした動きは、数年前であれば例外的と見なされていたものです。
これら一連の変化の根底には、外貨準備に求められる役割の再定義があります。すなわち、価値の維持、十分な流動性の確保、そして従来の枠組みでは想定されていなかったような幅広いシナリオにおいても機能し続けることが、より厳格に求められるようになっています。

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