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セイレーンの歌:AI、インフレそしてFRBの次の一手

セイレーンの歌:AI、インフレそしてFRBの次の一手
〔要旨〕
  • FOMC議事要旨は、ケビン・ウォーシュ議長の下でのFRBの政策論議の全体像を初めて詳細に垣間見させてくれるものとなった
  • AIは単なるテクノロジーのテーマではない。生産性の向上をもたらす前にインフレ要因となり得るインフラサイクルである
  • ホルムズ海峡を巡る問題は、依然としてエネルギー価格、貿易、インフレ期待、リスク選好に影響を及ぼす可能性がある
FRBの政策論議に関する洞察

AIインフラ投資によるインフレ圧力

イラン紛争の問題

英国経済のリスクと底堅さ

規律ある楽観主義

注目の日程
 

ギリシャ神話において、オデュッセウスがセイレーンの歌声から生還することができたのは、注意を逸らされることの危険性を理解していたからでした。セイレーンたちは知識と確実性を約束しましたが、その真の力は切迫感にありました。船乗りたちが岩礁に向かったのは、彼らが愚かだったからではなく、その歌声を無視することが難しかったからです。

投資もこれとよく似た感覚を伴うことがあります。どの「歌」に耳を傾け、どれを無視すべきかを見極めることは、投資家を岩礁から遠ざける助けとなるかもしれません。毎週のように、中央銀行の声明、原油価格の変動、地政学的緊張の高まり、人工知能(AI)関連の見出し、関税を巡る報道といった、新たな「セイレーンの歌」が聞こえてきます。それらはどれも重要に感じられます。実際に重要なものもありますが、多くは進路を変える理由にはなりません。危険なのは歌を聞くことではなく、計画もなくあらゆる歌に振り回されてしまうことです。

 

FRBの政策論議に関する洞察

先週公表された米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨は、ケビン・ウォーシュ議長の下で行われた米連邦準備理事会(FRB)の金融政策論議に関して、初めて政策論議の全体像をより明確に示した点で重要でした。またこの議事要旨は、市場が織り込む政策金利や米国債利回りが最近上昇している理由を説明する手がかりとなる可能性もあります。多くの会合参加者は依然として、エネルギー価格の低下や一時的な関税の影響の剥落に伴い、インフレも落ち着いていくだろうと予想しました。また多くの参加者は概ね、インフレは依然として高い水準にあり、物価安定に対する上振れリスクは引き続き重要だと認識していました。数名の参加者がより広範な物価圧力を指摘した一方で、多くの参加者は、AI関連需要がテクノロジー製品や電力価格の上昇圧力の潜在的な要因となり得ると指摘しました。私にとってこれは、議事要旨の中でも最も興味深い部分でした。テクノロジーは本質的に、かつ即座にディスインフレ要因となるとの考え方に一石を投じるものだったからです。

AIインフラ投資によるインフレ圧力

長期的には、AIは生産性を高め、効率を改善し、コストを削減する可能性があります。私はそうなるだろうと考えています。しかしデータセンターには電力が、半導体には生産能力が必要となり、送電網の増強も必要となります。冷却、銅、熟練労働力、資金調達、許認可のいずれもが重要です。だからこそ、私はAIを単なるテクノロジーのテーマとは見ていません。私にとってAIはインフラサイクルであり、インフラサイクルは生産性の向上をもたらす前に、インフレ要因となり得ます。

私の見るところ、AI開発は引き続き、企業の業績見通し、設備投資、株式市場をけん引するテーマを支え得るものです。FOMC議事要旨は、会合と会合の合間に米国の株価がテクノロジー株主導で上昇し、その上昇の大部分が業績予想の上方修正によるものだったと指摘しています1。しかしこの同じブームが、中央銀行が無視できない分野で価格圧力を高める可能性があります。

だからこそ、FRBの任務は依然として難しいと私は考えています。労働市場は弱くはなく、私の見るところ、利下げを正当化する状況にはありません。一方でインフレも、楽観視できるほど落ち着いているわけではありません。そしてAI投資は、技術進歩が短期的には自動的にインフレ低下につながるだろうとの想定を複雑にしています。

イラン紛争の問題

もう1つのセイレーンの歌は、イランとホルムズ海峡をめぐる問題です。同海峡でのイランによるタンカー攻撃を受けて米国がイランを攻撃したことで、停戦は崩れたように見えます。これにより、エネルギー価格の上昇が懸念され、貿易が再び混乱し、インフレ期待の上昇とリスク選好の後退につながる可能性が生じました。もっともこれまでのところ、市場の反応は混乱というよりは抑制されているように見えます。タンカーの航行は止まっておらず、原油価格は若干上昇しているものの2、私の見解では、リスク資産全般は完全な局面転換を価格に織り込んではいないようです。局面転換が起こるにはおそらく、エネルギー供給の持続的な停止、インフレによる価格再評価の継続、金融環境のより広範なタイト化といった証拠が必要になるでしょう。

3月以降の教訓は、紛争が限定的な範囲にとどまるか、外交交渉が再開されれば、供給は多くの人の予想以上に確保され得るということでした。同時に、これはある種の疲労感を反映している可能性もあると私は考えます。投資家は、戦争、インフレ、エネルギー供給の混乱、貿易摩擦、政治的不確実性、金利上昇といった度重なるショックを消化してきました。どこかの段階で、リスク資産全般がショックに対して鈍感になる可能性があります。

英国経済のリスクと底堅さ

同様の緊張感は、イングランド銀行(BOE)の7月の金融安定報告書にも表れています。リスク資産のバリュエーション、ソブリン債、リスクの高いクレジット資産における脆弱性は依然として残っており、一部では拡大しています。株式市場におけるレバレッジは急速に高まっています。それでも、英国の金融システムは耐久力を維持し、実体経済を支え続けています3

BOEのコア指標も、民間非金融部門向け信用供与の伸び率が、それまでの4.1%から2025年第4四半期には6.5%に上昇したことを示しました3。英国の金融環境は良好とは言えないものの、国内の信用チャネルは緩やかな改善の兆しを見せています。

BOEはまた、AIがマクロ金融面に及ぼす影響-バリュエーションの過熱、AI関連銘柄への集中、資金調達ニーズの高まり、サイバーおよびオペレーショナル・レジリエンス(業務の耐性)に関するリスク―についても強調しました。だからといって、AIのストーリーが誤った方向に向かっているというわけではありません。これは、AIがテクノロジーセクターにとどまらず、ポートフォリオ全体に影響を及ぼすほど大きな存在になっていることを意味すると私は考えています。

規律ある楽観主義

私にとってより大きなメッセージは、依然として「安全」ではなく「回復力」です。経済や市場は、多くの人の予想以上に持ちこたえ続けています。金利上昇は経済活動を減速させましたが、景気拡大に終止符を打つには至っていません。エネルギーショックは、懸念されたよりもうまく吸収されたように見えます。多くの企業や消費者は、屈服するのではなく適応してきました。このことは、私の見解では、規律ある楽観主義を裏付けるものです。すなわち投資の継続を目指しつつ、バリュエーションやバランスシートの健全性、収益の持続性、そしてインフレに敏感なショックへのエクスポージャーなどについて、より厳選した選択を行うようになるということです。

見出しに過剰に反応することだけがリスクではありません。緩やかな構造的変化に対する反応が鈍すぎることも、リスクとなります。FOMC議事要旨は、市場が望むよりもインフレが発生しやすい環境を示唆しています。AIは強力ですが、コストがかからないわけではありません。地政学的リスクの多くは吸収されただけで、無くなったわけではありません。金融安定への懸念が深刻な警戒水準に達しているわけではありませんが、まったく的外れでもありません。

オデュッセウスが生き延びたのは、歌を聞く前に計画を立てていたからです。船乗りたちは耳をふさいだだけでしたが、彼自身はマストに身体を縛り付けました。投資家にとってのマストは、バリュエーション面での規律、分散投資、リスク制限といったプロセスです。従って「市場」のセイレーンが歌っているときは、耳を傾けつつも、マストに身体を縛り付けたままでいることが肝要です。

注目の日程

公表日

国・地域

指標等

内容

7月14日

米国

消費者物価指数(CPI)(6月)

インフレ圧力を測る主要指標

7月15日

中国

国内総生産(GDP)(第2四半期)

経済成長を広く測る指標

7月15日

中国

鉱工業生産(6月)

工場の生産量の変動を追跡

7月15日

中国

小売売上高(6月)

消費者支出を測る指標

7月16日

米国

生産者物価指数(PPI)(6月)

川上のインフレ圧力を測定

7月16日

米国

小売売上高(6月)

消費者需要を測る主要指標

7月17日

欧州

ユーロ圏消費者物価指数(CPI)(確報値、6月)

域内のインフレ動向を確認

7月17日

日本

消費者物価指数(CPI)(6月)

インフレおよび政策見通しに関する重要指標

  • 1.

    出所:ブルームバーグL.P.、2026年6月9日、S&P500種指数のリターンに基づく。指数に直接投資することはできません。過去の実績は将来の成果を保証するものではありません

  • 2.

    出所:ブルームバーグL.P.、2026年6月9日時点のブレント原油価格に基づく。ブレント原油は北海で産出され、原油価格の世界的なベンチマークとなっている

  • 3.

    出所:イングランド銀行金融安定報告書、2026年7月

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