底堅い米国景気―今後のカギは?
要旨
2026年もAI関連支出が景気を下支えする見通し
イラン戦争によるエネルギー価格の高騰にもかかわらず、米国景気は底堅く推移してきました。その背景の一つはAI関連支出の活発化であり、2025年における実質GDP成長率への寄与度は0.8%ポイントに達しました。2026年もAI関連支出がGDP成長率をかなり押し上げると見込まれます。
労働市場のタイトさが景気の堅調さに直結するわけではない
足元の労働市場のタイトさが必ずしも景気の堅調さに直結するものではないことには注意が必要です。イラン戦争によるエネルギー価格の高騰でインフレ率が上昇したことで、米国の労働者の平均賃金の伸びは減速し、それに合わせてマクロ的な賃金の伸びも2026年3月以降は前年比で0%台に減速してしまいました。これによって、イラン戦争開始後は消費者によるサービスへの支出の伸びが鈍化しました。それでも消費が底堅い動きになったのは、株高による資産効果もあって消費者による財への支出が加速したためです。
今後の民間消費の減速は利下げの余地を生む
問題は米国のインフレ率が今後どのような経路をたどるかです。5月の米国のインフレ率はPCEデフレーターでみて前年同月比で4.1%でしたが、これが今後ゆっくりと低下しても、サービス消費が比較的弱い状況が続く可能性が高いとみられます。財消費も減速し、民間消費全体としては弱めの動きになると見込まれます。こうした環境になると、FRBは利下げを検討する可能性が出てくると思われます。
※筆者の夏休みにより、次号の発行は7月23日を予定しています。
2026年もAI関連支出が景気を下支えする見通し
イラン戦争によるエネルギー価格の高騰にもかかわらず、米国景気は底堅く推移してきました。6月17日におけるFOMC(米連邦公開市場委員会)による声明文では、「経済活動は堅調なペースで拡大している」との見方が示されましたが、現在の金融市場でもその見方が大勢です。米国の労働市場では、トランプ政権下で移民制限措置が強化されたことから、2025年に入ってから労働者の増加率が大きく低下しましたが、それにもかかわらず実質GDP成長率は比較的高い水準で推移してきました。その背景として重要なポイントが、企業のAI関連支出が景気を強力にサポートしたことでした。
現在入手可能な米国の統計でAI関連支出を正確に把握することは困難です。それでも、GDP統計等を用いてその実像に近づくことは可能です。私は、GDP統計中の「ソフトウエア投資」、「データセンター建設投資」、「情報処理装置投資」、「研究開発(R&D)投資」の4項目の各四半期における増加分をAI関連投資の増加分とみなすとともに、そこから半導体・コンピューター関連機器の輸入増加額を差し引いたものをAI関連支出(ネットベース)の増加分とみなし、それらのGDP増加分に対する比率を算出してみました(半導体やコンピューター関連機器は米国内で付加価値がつけられたものはないため)(図表1)。これによって、AI関連支出のGDP成長率への寄与度をみると、2025年では0.8%ポイントに達していました(実質ベース、以下同様)。2026年1-3月期については、前期比年率ベースで1.3%ポイントを記録しましたが、これは同期のGDP成長率の6割以上を占めるものでした(図表2)。
2026年はAI関連各社がデータセンター向け投資を2025年よりも大幅に積み増すと発表していることをふまえますと、2026年も企業によるAI関連支出がGDP成長率をかなり押し上げ続けると見込まれます。2027年については、AI関連支出がさらに増加する見込みですが、2026年にみられるような前年比での増額幅が維持されてはじめて、GDP成長率への同じ水準の押し上げ効果が達成されます。この点がどのような展開になるかが2027年の景気をみるうえで重要となります。
労働市場のタイトさが景気の堅調さに直結するわけではない
米国の6月分雇用統計は、労働市場が比較的タイトであることを示す結果となりました。非農業部門の雇用者増加数が5.7万人にとどまり、事前の市場予想(11.3万人、ブルームバーグ調べ)を下回ったものの、過去3カ月間の平均雇用増加数は11.1万人という比較的高い水準を維持しました。また、失業率は5月の4.3%からやや低下して4.2%を記録しました。足元の労働市場のタイトさは、「最大雇用」を「物価安定」に並ぶ2大目標とするFRB(米連邦準備理事会)にとっては満足できる内容であると推察されます。しかし、労働市場のタイトさが必ずしも景気の堅調さに直結するものではないことには注意が必要です。というのは、米国の民間・非農業部門の雇用者数の前年比伸び率は6月に0.5%であったものの、2024年までと比べるとかなり低い水準にとどまっているためです(図表3)。トランプ政権下で実施された移民制限政策は、雇用者の伸び率の大幅な低下をもたらしてきました。2026年2月までは、インフレが比較的落ち着いていたことから民間部門全体の実質総賃金の伸び率はコロナ後に2%程度の水準を維持し、それが米国の民間消費の強さにつながってきました。しかし、イラン戦争によるエネルギー価格の高騰でインフレ率が上昇したことで、米国の労働者の平均賃金の伸びは減速し、それに合わせてマクロ的な賃金の伸びも2026年3月以降は前年比で0%台に減速してしまいました(図表4)。
所得環境の悪化が民間消費に悪影響を及ぼすのは必然でした。イラン戦争開始後は消費者によるサービスへの支出(実質ベース、以下同様)の伸びは鈍化しました(図表5)。それでも消費が底堅い動きになったのは、消費者による財への支出が加速したためです。財支出を後押ししたのは株価の上昇による資産効果であったとみられます。S&P500種指数の6カ月前からの伸び率は、財支出(実質ベース、以下同様)の3カ月平均値とその直前の3カ月平均値からの増加率とかなりの連動性を有します(図表5)。イラン戦争後、4月から株価が大幅に上昇したことが財支出を加速させ、サービス支出の減速にもかかわらず消費の底堅い動きにつながったと考えられます。
今後の民間消費の減速は利下げの余地を生む
問題は米国のインフレ率が今後どのような経路をたどるかです。5月の米国のインフレ率はPCEデフレーターでみて前年同月比で4.1%でした。私は、これが今後ゆっくりと低下するとの見方をメインシナリオと考えていますが、この場合、実質総賃金の伸びが短期的に抑制され、その結果、サービス消費が比較的弱い状況が続く可能性が高いとみられます。足元のように、財消費がサービス消費の弱さをカバーするような力強さを保つには、株価が大幅に上昇を続ける必要があります。私はS&P500種指数が、2026年末に7800ポイントに達すると予想していますが、株価がこの予想通りになるとすると、S&P500種指数の年末における6カ月前比での騰落率は4%となり、財消費は現在の勢いを失い、民間消費全体としては弱めの動きになると見込まれます。
もちろん、民間消費がある程度弱くとも、先にふれたAI投資が成長率を下支えするとみられることから米国の実質GDP成長率はゆっくりと減速するだけで済むとみられます。しかし、金融市場では、民間消費の弱さがその後の労働市場の弱さにつながるというリスクが金融市場で意識されるとみられ、それに合わせて、利下げへの期待感が醸成されると見込まれます。こうした環境下では、FRBが利下げを検討する可能性が出てくると思われます。
最後に、米国のインフレ率が2026年末にかけて高止まりする場合を考えてみたいと思います。この場合、サービス消費が弱めの状況が続くとともに、財消費も減速するとみられ、民間消費は全体として弱めとなるでしょう。AI関連投資が想定以上に加速する場合は、実質GDP成長率も上振れることになりますが、AI関連投資による刺激効果は米国経済の中の限られた分野でプラス効果を発揮するとみられることから、金融政策への影響は限定的だとみられます。こうした状況下では、インフレ期待の行方が金融政策を左右するでしょう。期待インフレ率が有意に上昇して、それ自体がさらなるインフレをもたらすような状況となれば、利上げが実施される可能性が高まるでしょう。一方、期待インフレ率が落ち着いたままであれば、景気のダウンサイドリスクを懸念して利下げを検討すべきという見方と、期待インフレ率がその後上昇するリスクを懸念して政策金利を変更すべきではないとの見方が出てきて、FOMCの場での議論を通じて政策が決定されるとみられます。
MC2026-082